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第六話

「どう? 似合うでしょ」

 黒いローブを身にまとったクーは、目の位置までフードを深く被ってポーズを取ってみせた。

「どっから見ても魔女だな。これならバレなさそうだ」

 ハドはクーがその場でクルクル回ってローブの裾をひるがえすのを見つつも、何度も手元の地図を確認していた。

「だしょ。どう? ヴィクター」

「耳が邪魔だな」

 ヴィクターの指摘はフードを咎らせる、クーの長く伸びた耳だった。ダークエルフなのでしょうがないのだが、人間ばかりの魔女の中でこの膨らみは目立つのは間違いない。

「この男達は……褒めるってことをしないんだから」

 これ見よがしにため息をつくクーに、ヴィクターが強い口調で反論した。

「失礼なことを言うな。これが普通の女だったなら、手放しで褒めている。オレもハドも知ってるんだぞ。クーを調子に乗らせると、面倒に巻き込まれるとな」

「それでも褒めるのが男ってものだと思うけど? ね、リット」

 クーは緊張の面持ちで遠くを見つめているリットの頬を指で突いた。

「あのなぁ……そんなこと言ってられる状況じゃねぇだろ」

 リットはいつもと変わらない雰囲気の三人を見て、感じていた不安が更に大きくなっていた。

 今リット達がいるのは、生い茂る草むらに伸びている濃い木の影だった。

 隠れている理由は、ウィッチーズ・マーケットに向かうの途中の魔女を攫って招待状を奪うためだ。そうして、その魔女に成り代わって潜入する。

 本来ならば息を殺してじっと待つ状況なのだが、まるで待ち合わせをするかのようにのんびりしているので、リットは不安に駆られているわけだ。

「じゃあなにさ。山賊みたいに息を殺してじっとして、馬車が来たら斧を持って襲い掛かればいいわけ? 私たちは冒険者だよ。賊の類じゃないの」

「そうだろうな。賊の方がもっと慎重で色々考えて動いてる」

「あらま、経験豊富なご様子で。でも、実際。気を張ってても、だらだらしてても流れる時間は同じだよ。やるべき時間に、やるべき行動が取れるか。これが冒険者の鉄則」

 クーが講釈を垂れると、ヴィクターが不満そうな表情で口を開いた。

「おい、クー! それはオレが教えたかったことだぞ」

「早い者勝ちだよー。皆教えたいんだから。ね? ハド」

「オレは教えたくない。せっかく培ってきた知識や技術を、ただで教えるほどお人好しじゃねぇんでな」

「それが普通だ。ハド……安心するよ、普通で」

 リットは褒めたつもりだったのだが、ハドはおちょくられたように受け取っていた。

「リット……偉そうにしてるけどな。オマエは一番下っ端なんだぞ。つまり、先輩のオレの命令は絶対だ。だから命じる。オマエの仕事はクーのおもりだ」

 ハドは黒のローブをリットに投げ渡した。

「三人いるんだから、交互に面倒見ればいいだろ」

 リットは真面目に言ったのだが、ヴィクタはガハハと笑い飛ばした。そして、遠くに馬車の音を聞くと、一人飛び出していった。

「オレとヴィクターは中に入らないぞ。一度でもクーの弟子になってみろ。この先ずっと弟子にされる」

 その通りだと思ったリットだったが、今更聞いたところで、もう遅いこともわかっていた。

「そう言うのはもっと早く……十何年後に言ってくれ」

「なに言ってんだ……おかしな奴だな……」

 ハドは首を傾げるが、ヴィクターに呼ばれたのでいなくなってしまった。

「二人とも失礼しちゃうよ。私をどんな女だろうと思ってるんだろうね」

「向こうみずで、好奇心旺盛。周りに敵を作りながら生きてく、自分勝手な女だろ」

 リットが言い切るのとほぼ同時に、両頬はクーによって強くつねられた。

「言っとくけどね。下っ端ってことは、私の命令も絶対ってことだよ。私が宝探しに行くよと言えば付き従い。私と夫婦のフリをしろと言われれば旦那にならないといけないわけ。わかるかね? ん?」

「そりゃ、もう身にしみてな……」

 リットは既に経験済みだと諦めの表情を浮かべたのだが、それが従順の表情に見えたクーはご満悦だった。

「そうそう、素直な子が一番。ほら、行くよ。ついておいで」

 ハドから招待状を受け取った、クーはリットの肩を組んで歩き出した。



「エリー・ダルダルドン様ですね」

 入り口で受付をさせられている男魔女は、クーの顔を見て眉をひそめたが、クーがあまりに堂々としているせいか、疲れて注意力が散漫になっているのか、あっさり中へと通してくれた。

「余裕だね」

 クーは笑顔で言うと、土鳥の卵のことをなど忘れてしまったかのように、ウィッチーズ・マーケットの中を歩き回った。

 魔女の情報というのは仲間内だけで共有し、なかなか世に出てこないものなので、クーにとってもここはおもちゃ箱のような存在だった。

 一方リットにとっては奇妙な懐かしさを感じる場所だ。

 場所は変わっているとはいえ、過去(未来で)に行ったことのあるウィッチーズ・マーケットと同じ雰囲気なのだ。それだけでも、魔女の世界が閉鎖的なのかがわかる。

 だが、クーはお構いなしに魔女が開くテントに入り込み、面白そうなものを見つけては子供のように瞳を輝かせていた。

「いやー、魔女ってのは凄いね」

「やっぱりダークエルフだと、魔女が作るようなものに対して感じ方が違うのか?」

「まぁ、人間とは違うだろうけどね。私が言ってるのは、考えなしにあれこれ魔力ってものを弄ってること。魔法陣って言っても万能じゃないのに、皆どこから自信が溢れてくるんだろうね。魔力も過ぎれば、人間じゃなくなっちゃうのにね」

 クーは過ぎたる力を求め、またそれに頼り過ぎなのではないかと言うが、それは魔女を心配しているからではない。行き着くはては希望か絶望か、他人事で楽しんでいるだけだった。

 その表情は嫌というほど見覚えのあるリットは、項垂れるようにため息をついた。

「だから、変なものに興味を持つんだよ。神の産物なんかに手を出すなよな」

「神の産物? 魔女の話でしょ」

「……同じようなものだろ」

「いーや全然違う。……ところで『あっちの世界』ってなに?」

 クーはリットが逃げ出さないようにしっかり腕に抱きつくと、前にリットが口走ったあっちの世界について言及した。

 リットはしばらく適当に説明していたのだが、どれだけ煙に巻こうとしてもクーには見破られてしまうので、仕方なく神の産物について話すことにした。

「へー、そんなものがあるんだね。あっちの世界ね……。ねね? もしかしてリットもあっちの世界から来たの?」

 相変わらずクーは勘がいいと思ったリットだが、自分がどこから来てどこへ帰るかというのはわからない。こっちがあっちの世界なのか、向こうがあっちの世界なのかさえ説明がつかない。

 なのでリットの否定に、クーは嘘をついていないと納得した。

「やるべきことは魔女の世界だろ」

「まね。でも、そんな道具があるなら、私は文字通り世界中を飛び回るよ。実はまだ神の産物って見たことないんだよね。土鳥の卵が神の産物ってことないかな?」

「それを調べる為に、ここに来たんじゃないのか?」

「あら、私はデートだと思ったよ」

「こんな腕を折られそうなデートがあるかよ……」

 リットが言うと、ようやくクーは腕から体を離した。

「それじゃあ……デートの続きはまたにして、仕事を始めますか」

 クーは両手を高く上げて伸びをすると、目星はついているとリットをあるテントへと引っ張っていた。

 遊んでいるように見えて、クーは魔女がどういう研究をしているのかしっかりチェックをしていたのだ。

 一度足を踏み入れただけでは興味の有無はわからないが、二度目足を踏み入れたのなら何かを買いに来たと言う証拠。研究成果を売るために、魔女の口も多少軽くなる。それをわかっていて、クーは先にテントを見て回ったのだった。

 そして、行き着いた場所は魔宝石が専門の魔女ではなく、岩石学が専門魔女でもない。なにを専門にしているのかまったくわからない。胡散臭さの塊のような魔女が開くテントだ。

「土鳥の卵ね……おとぎ話でしか聞かないようなものだよ。本物かい?」

 魔女は訝しく土鳥の卵を見ていた。形のいい石にしか見えないからだ。

「それはこっちが聞いてるの。どう? 魔力とか感じない?」

「調べては見るけど。お金はかかるよ。この道具を作るのもタダじゃないんだ」

 魔女が取り出したのは魔力計だ。

 丸型のガラスケースの中に水が貼られており、そこへ石を沈めて変化を見る。変化の仕方によって、どういった魔力があるのかわかると言うわけだ。

 魔女のやることは今も昔も変わらないなだと思ったリットだったが、余計な口を挟むのはやめて、クーと魔女の会話を黙って聞いていた。

「これグリム水晶でしょ。高そー」

「ひと目でわかるなんて、どうやら目利きの出来る魔女のようだね」

「だしょ? だからこのテントを選んだってわけ」

「今はのせられておこうかね。この魔力計を有用にするために、もっと精度を上げたいものだよ」

「えー半端ものなの? これ」

「もっと分析出来るようにしたいってことさ。そのためには精霊の力が必要になるからね。ウンディーネの水とか、ノームが触れた土。シルフが起こした風。サラマンダーが起こした火。そういったものが使えれば、魔女はもっと進化するよ」

「精霊を呼び出す儀式でもすれば? 困った時に、精霊や神に頼るのは人間の特権」

 クーがあまりに軽い調子で言うので、リットは少し強い口調で話に割って入った。

「やめとけよ。『精霊に深く関わるとろくなことにならない』。直接関わらず、利用するのが魔女の特権だろ?」

 リットの忠告に魔女は、まずため息で返した。

「生意気言うんじゃないよ、男魔女風情が。アンタになにがわかるって言うんだい」

「その石に魔力はないってことくらいだな」

 リットはなにも変わらない石を見ていた。前に見たことのある魔力計と同じようなものなら、シルフの力が強ければ石が浮かんだり、色が変わったりするのだが、石は沈めたきりでなにも変わらなかった。

 魔女は不機嫌に鼻を鳴らすと「それか、全ての魔力が均等にあるかだ」と言うと「こんなに出しゃばる男魔女がいるなんて、あの世でディアドレが知ったらなんて言うか……」と嘆いた。

「感謝されると思うぞ、オレはな。太陽とか月の光とかに当てても変わんねぇのか。そういう石ってのは何個か存在してるだろ」

「そう言うのは魔力に満ちた土地でこそ。効果があるんだよ、わかるかい?」

「それは魔力満ちた土地でなんかすりゃ、変化が起こるってことか? それとも変化を起こせるのか?」

 リットの言葉に魔女は驚きの表情を見せた。男魔女がここまで話についてくると思っていなかったからだ。

「それは魔力の形態変化のことを言っているのかい?」

「それも含めてだ。卵が孵ってヒナになり、幼鳥になって成鳥になるように、この石もそう言う段階を踏んでくことはありえるか?」

「うむ……仮定の話だが、この石が均等に魔力が入ったものだった場合だ。特別な力が必要になるのは間違いないだろう。乾いた土にあったものは、水で潤し、火で温め、冷たい風にさらす。それに必要なのが精霊の力なのかどうかはわからないがな。どういった経緯で出てきたものだ?」

「小便をかけたら顔を出した。水で潤したってことか?」

「そんなわけないだろう……。出現条件と孵化する条件は違うと言うことだ。土鳥の卵がアイテムなのか生物なのかわからないが、魔法生物に詳しい魔女に話を聞いてみた方がいいだろう。紹介状を書いてやる」

「悪いな婆さん」

「まったく……言いふらすんじゃないよ。他の魔女になにを言われるか……。男魔女にしては、一端の魔女のような意見を出しおってからに……。ほら、紹介状だ。門前払いされたら、アチェットの名前を出せばいい」

「手間を取らせたな」

 リットは紹介状を受け取るとさっさとテントを出て行った。

 土鳥の卵を返してもらってから出てきたクーは、リットの横にピタッと寄り添って顔をまじまじと見つめた。

「なんだよ」

「見直してるところ。やるじゃん。男なのに魔女を説き伏せるなんて」

「たまたま向こうが理解ある魔女だったってだけだ。クーがちんたら余計な話をするから、口を挟んだまでだ」

「いやいや、謙遜することないよ。気難しい相手でもぽぽんと話をまとめるところなんて、まるでヴィクターみたいだったよ」

「嫌味か?」

「頼りになるって言ってるの。まぁ、ヴィクターはあんな乱暴な交渉はしないけどね。情報を引き出す上手さは同じくらい」

 クーが素直に褒めるもので、リットはなんとも言えない居心地の悪さを感じていた。決して悪い気分だけではなく、お尻がむず痒くなるような気恥ずかしさもある。

 そんな表情を悟ったクーは「もっと素直になったら、右腕として考えてあげる」と笑ってからかった。

「ダークエルフならまだ介護が必要な年じゃねぇだろ」

「前言撤回。生意気言う子は一生新入り扱いだね」

 クーはリットの手を引っ張ると、再びテントを連れ回した。

「おい、情報は聞き出したし、テントは全部一回まわっただろ」

「だから、今度はただの買い物。せっかく来たのにもったいないじゃん。行くよ!」

 クーが勢いよく拳を掲げると、腕に引っかかりフードが取れてしまった。

「ダークエルフよ!」と一人の魔女が叫ぶと、次々に魔女が集まってきた。

「あーらら……バレちったね」

「バレちったねで済む問題ならいいんだけどな」

 あっちの世界へ行けないクーにこの場を切り抜ける手段はないと思っていたリットだが、クーは「大丈夫だよ」とにっこり笑った。

 その場で数回足踏みすると、リットを軽々持ち上げて高く飛び上がったのだ。

 しかし着地点は真下。つまり全く同じ場所に降りてきたのだ。全員があっけに取られる中、クーはニヤリと笑ってリットの手を握って走り出した。

 魔女の隙間に入ってはリットを振り回して道をこじ開ける。まるで作法もなにもない乱暴なワルツだった。

 そんなことを数回繰り返すうちに、クーは入り口へ到達。命令された男魔女達が壁を作るが、クーはお構いなしに走った。

 その時魔女が売りに出している杖を数本かっぱらい、男魔女に投げつけた。

 狙ったのは顔面――ではなく、足元。

 クーは杖の先を思い切り踏みつけることによって、その勢いで杖の反対の先が持ち上がり、男魔女の股間を強打したのだ。

「ごめんね。でも、それで男魔女からただの魔女になったなら、感謝してよね」

 クーが笑いながら去っていくと、ウィッチーズ・マーケットからは怒号が響いたが、リットにはそんなもの聞こえていなかった。クーの笑い声と、自分の笑い声しか耳に聞こえなかったからだ。






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