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第四話

「これは本当に土鳥の卵か? ただの石にしか見えねぇな……どう思う?」

 ハドは土鳥の卵だと思われるものを手に取って繁々と眺めるが、見れば見るほどただの石にしか思えなかった。

「どう思うもなにも、小便石にしか見えねぇよ……」

 開き直って石を鷲掴むハドにリットは引いていたが、その隣ではヴィクターが大笑いしていた。

「そりゃいい! 随分どでかい結石だな。こんなのが体の中にあったら、口も悪くなるってもんだ」

「口の中に突っ込まれたくなけりゃ、少しは頭を使って考えろよ、ヴィクター」

 ハドは今すぐにでも投げつけてやると言わんばかりに、石を手元で遊ばせた。

「つーかよ、依頼主にそれを渡してみればいいだろ。合ってりゃ仕事は終わり、違ってたらもう一回探す。それだけのことだろ?」

 リットは手短に答えを出したつもりだったのだが、他の三人はバカを見る目でリット見てため息をついた。

「勘違いしてるようだから言っておくが、依頼主なんかいないぞ。オレ達は噂を聞いて探してたんだからな」

 ヴィクターの言葉にハドはうんうんと頷いた。

「その通りだ。だから、リットの荷物を探しに来たんだろう。冒険を続けるのに金がないのは困るからな。まあ、結局なかったみたいだがな」

「待てよ……なんだってそんな。ヒハキトカゲを追ってた方がよっぽど利口じゃねぇか」

「わかってないねぇ」クーはリットの背中を叩くと、屈んで低くなった頭の上に肘を置いた。「皆が追いかけるものを追いかけてどうするのさ。出涸らしを集めて稼ぐのが冒険者だとでも思った? これにはちゃんと話の続きがあるの」

 昔々、フェニックスが初めて生まれた時。誕生の涙が地面に落ちた。まだこの世の憂いを知らない純粋な涙は、風に飛ばされることもなく、土に弾けることなく、火に蒸発することもなく、水に混じることもなかった。

 誕生の喜びだけを持って落ちた涙は、不幸を知らぬまま殻を作った。

 その殻の中には幸福が詰まっており、孵化した鳥を追いかけると幸せが手に入るという。

「バカが信じそうな話をまぁ……」

 リットはやはりヒハキトカゲを追ってたほうが良かったとため息をついた。

「でも、こうして見つかったぞ」

 ヴィクターは宝を目の前にしてご満悦だった。

「小便をかけて出てきた石だぞ。割るにはクソでもしろってのか?」

「なるほど……運が良くなるかもな。良い手じゃないか!」

 ヴィクターはガハハと笑った後、急に真面目な顔でクーの肩に手を置いた。

「私は絶対やらない。ダークエルフは森を捨てたの。羞恥心を捨てたわけじゃない」

「一旦街に戻るか。これを洗いたいし、元々ここへはリットの荷物を探しに来ただけだしな。それで、土鳥の卵が見つかったらなら儲けもんだ。宿で今後をのことを話し合おう」

 そう言うとハドは一人で勝手に歩き出した。

 クーは少し森を見てくると言い、ヴィクターは昼寝をすると言った。

 そのことに文句を言うわけでもなく、ハドはリットにも好きにしてろと言った。ただ集合は宿ということだけ。

 なんとも自分勝手な行動ばかりだが、三人にとってはこれが普通だった。

 三人顔を付き合わせたとしても良い案が浮かんでくるわけでもなく、各々好きに動き回って何か思いついたらそれについて皆で話し合う。これがいつもの流れだった。

 リットはこのままハドについていくのも、考えなしの鴨の子供のような気がして恥ずかしくなり、少し遅めの足取りで街へと戻ることにした。



 リットが一人で歩きながら考えたことは、土鳥の卵のことではない。グリザベルの言葉だ。なんとかしろと言われても、なにが起こっているのかわからないので、どうすることも出来ない。

 いっそ精霊が現れてどうにかしてくれと、袖を捲って腕を見たが、紋章は薄く残るだけで何も起こらない。この土地の精霊が姿を現すようなこともなかった。

 ヴィクター達を酒場まで起こしに行ったので、今日は朝から何も食べていないことに気付いたリットだが、お金がないのでどうしようもない。

 冒険者の真似事でもして、どうにかしてお金を稼げないかと考えたが、そもそも自分は冒険者ではないので、どういった冒険者が依頼主から仕組みで依頼を受けているのかさえわからなかった。

「その顔は女だ? ん? 当たりだろう」

 昼寝をすると言っていたヴィクターだが、気付けばリットの隣に立っていた。

「帰り道にどれだけの物語があったと思ってんだよ……金の心配だ」

「なんだ……つまらん。男女の仲というのは、手を差し出したらそれでもう物語なんだぞ」

「そりゃもう……身に染みてるよ」

 将来何人も妻を持って国王になってるのなど微塵も知らないヴィクターを、リットはこの上なくお気楽で能天気に見えていた。

「やってみるか?」

「アンタが好きなのは女だろ?」

「違う。冒険者の仕事だ。そういう顔をしてたぞ」ヴィクターは返事も聞かないまま、リットの手を握って歩き出した。「冒険者といっても色々あるけどな。第一ステップは街の便利屋になれだ。わかるか? つまり、困ってることはないですか? と聞いて回るわけだ」

 ヴィクターは目敏く困っている青年を見つけると話しかけた。

 その馴れ馴れしさに嫌な顔一つされないのはヴィクターの人徳だろう。

 話を聞くと、ヒハキトカゲの騒動の裏で家畜の鶏が盗まれているらしい。どうにか犯人を見つけてほしいとのことだ。

 ヴィクターはリットの肩を抱いて「オレ達に任せろ」と二つ返事引き受けたのだった。

 家畜小屋の前でリットはため息を落とした。

「せめて報酬くらい聞けよ……犯人を見つけてもタダ働きってことは考えねぇのかよ」

「すっかり忘れてたな。でも、まぁいいだろう。報酬がもらえればラッキーだ。もらえなくても人助けが出来れば、それは良いことだろう?」

「世間一般の言い分ではな」

 リットはタダ働きになる可能性が高いと思ったが、やることもないので暇潰しには良いだろうと、前向きに捉えることにした。



「さすがヴィクターだな……。こんな作戦オレは思いもしなかった」

「そうだろう。コツはいつでも原点回帰だ」

 リットの冷たい視線と皮肉など物ともせず、ヴィクターはがははと上機嫌に笑った。

 ヴィクターの考えた作戦というのは、家畜小屋を見張って犯人を捕まえようという単純なものだった。

「これが冒険者のやることかよ」

 こんなこと誰にでも出来ることだろうとリットは呆れていたのだが、ヴィクターは自信に満ちた笑みを浮かべたままだった。

 物陰に隠れてひたすら待つが、犯人は現れずに時間だけがただ過ぎる。だが、ヴィクターは余裕の態度を崩さずに呑気に鼻歌を歌っていた。日は陰り、風の温度が変わり、夜の匂いが押し寄せてきてもその態度は変わらない。

 あまりに待ちすぎたせいで、リットはいつの間にか寝てしまっていた。それはヴィクターも同じで、二人が目を覚ましたのは、夜に冷えた頬を太陽に温められるような時間になってからだった。

「実に清々しい朝だ。そう思わんか?」

 ヴィクターは両手を高く上げてぐっと伸びをすると、目覚めの大あくびをして涙をにじませた。

「思うぞ。なんせ鶏小屋の横で寝てるってのに、鶏の声が聞こえねぇんだからな。朝なのによ」

 リットは柵を乗り越えて家畜小屋を覗くが、中には鶏どころか卵の一つもなかった。

「こりゃまいったな」ヴィクターはリットの肩に手を置いて、どうしたもんかと悩むと「取り敢えず追いかけるか?」と小屋から伸びる線を指した。

「なんだ? なにかを引きずった跡か?」

「それを突き止めるのが冒険者だろう? 証拠を残すってことは、計画的犯行ではないということだ。人間の線は薄いな」

「動物なら、鶏も卵も今頃食われてんだろうよ」

「それは困るだろう。昨日依頼を受けたばかりで、翌朝全て食べられてました。そんなバカな話があるか」

 ヴィクターは調子よくリットの背中を叩くと、跡を追いかけるぞと無理やり歩かせた。

 線は近くの森に向かって続き、辺りが土ではなく草むらに変わると跡が消えてしまった。草に跡がつかないということは、体重はそう重くない。

 リットは蛇にでも狙われたのだろうと思っていたが、ヴィクターは違うと言い切った。

 小屋にいた鶏と卵を全て食べるには二、三匹では足りないほどの数だ。そんな数の蛇が一同に小屋を襲うなどありえない。

 もっと別の何かが鶏と卵を奪い去ったのだ。

「あのよ……答えが出てるなら、さっさと言えよ」

 リットはヴィクターがなにか知っているのに気付いていた。探しているというのに足は止めることなく、待ち合わせ場所にでも行くような軽い足取りで森の中を歩いているからだ。

「なんだ……わかってしまったか」

 ヴィクターは心底残念そうにため息をついた。

「そんだけ笑みを浮かべてりゃな」

「オレの悪い癖だな。楽しみはすぐ顔に出るんだ。人生は喜びに満ちているからな」

「その喜びってのは、オレに分ける気はねぇのか?」

「欲張りな奴め」

 ヴィクターは茶化すように肘でリットの脇腹をつつくと、知っていることを話し始めた。

 ことの発端は土鳥の卵の情報を収集している時だ。

 この街の周辺には托卵する生物がいるということを聞いた。他の生物の卵を盗み温めると、その玉子からはコカトリスやグリフォンのような魔法生物が生まれてくるという。

「魔法生物ってのは、そんな簡単には生まれてこねぇだろうよ……」

「夢のない男だな。まぁ、だが正解だ。この話は真実と嘘に分かれている。真実というのは托卵する生物がいるということだ。それがなんと!」ヴィクターは急に声を大きくして、リットが驚くのを見ると満足そうにがははと笑いを挟んだ。「それがヒハキトカゲだ」

「びっくりすんだろうが……もっと普通に話せよ。大声でびっくりして、答えのほうが霞んじまったよ……」

「それは失敗だな」

 言葉とは裏腹にヴィクターは気にした様子もなく、ニコニコと笑顔を浮かべていた。

「トカゲに目をつけられたなら、食われてるのが確定だろうよ。探しに行くだけ無駄だ。依頼主に難癖つけられる前に、逃げたほうがいいと思うぞ」

 ヴィクターが引き受けたのは犯人を見つけて欲しいというだけ。家畜を守れとも、連れて帰れとも言われていない。だが、後付で色々注文という名の文句をつけてくるのが人の常だ。

 ヒハキトカゲが犯人だったとしても、はいそうでしたかで終わるような話とは思えなかった。

「ヒハキトカゲは植物食だ」

「おいおい……昆虫食ですらないのかよ……。それなら何のために鶏をさらったってんだよ」

「卵の殻を食べる為だ。殻を砕いて飲み込み、火袋の中の油を掃除して吐き出すんだ。托卵するって言っただろ? 本来は親鳥が育児放棄した巣を狙うんだがな。家畜小屋なんて野生の生き物からしてみれば、放棄されたようなものだろう。なんせ人間が面倒を見てるんだからな。鶏は卵を盗まれたのに気付いてついて行ったんだろう。ヒハキトカゲの動きは鈍いからな。それで、失敬してきた卵を火で温めて孵化させるんだ。凄いだろう。そして、その殻を食べて火袋を掃除して、汚れた油を吐き出すってわけだ。この時の粗悪な油こそ山火事が起こる原因だ」

 ヴィクターが喋っているヒハキトカゲの情報は、リットの知っている情報とは少し違っていた。

 だが、リットは人から聞いただけで、実際にヒハキトカゲの行動を見ているわけでもない。

 今の話を聞いて、ヒハキトカゲのオイルの入れ替わり時期というのは、卵の殻を食べさせれば自由に調整できるのではないかと思った。

 そう考えると、リットの時代ヒハキトカゲのオイルが流通しやすくなっているのも納得がいく。

 リットはヴィクターの意見に納得はしつつも、なぜそんなに自信を持って断言するのかわからなかった。

「まるで見てきたように言うんだな」

 リットの訝しい視線に、ヴィクターはいつもの気持ちのいい笑顔で返した。

「見てきたぞ」

「あ?」

「見てきたと言ったんだ。昨日大型のヒハキトカゲを捕まえた時にな。土鳥の卵の為に集めた情報は無駄じゃなかったってことだな」

「なにが冒険者の仕事を教えるだよ……」

「教えてるだろう? 物事を繋ぎ合わせる柔軟さ。これぞ冒険者の思考だ。ガハハ! 昨日見つけた分は簡易的な柵に放り込んでおいたが、今日連れ去られた分はこれから探すんだ。丁度いいな。ついでにヒハキトカゲの捕まえ方も教えてやろう。いいか? 動きが鈍い生き物にはそれなりのわけがある。それは他にはない武器を持っているからだ。逃げるより、追い払うタイプということだな。だが万能な武器などない。大抵は一本槍だ。そこでだ――」

 ヒハキトカゲの生態と捕獲方法について嬉々として話すヴィクターは、まるで子供のような瞳をしていた。

 最初は適当に聞き流していたリットだったが、あまりに楽しく話しかけてくるせいか、いつしかヴィクターと同じような笑顔を浮かべて会話していた。






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