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第三話

「ほら、こっちだよ。早く早く」

 クーは歩くのが遅いリットの手を取って引っ張った。

 酒場で盛り上がっていたのはつい先程のこと。ヴィクターとハドはまだ飲んでいるが、リットはクーに外へと連れ出されていた。

「酔っ払いを走らせるとどうなるか、自分が一番わかってんだろうよ……」

「悩み事を解決してあげようとしてるんだよ。これから連れていくのは、知り合いの魔女のところ。すごく有能な占い師なんだから、黙ってついてきなさいな」

 どうせクーには抗えないので、リット黙って観念すると「こらぁ、返事は?」と怒られた。

「おい……黙れって言っただろ」

「返事をするなとは言ってない。まったく……これから教育が大変そうだよ」

 リットが何の教育だと聞く暇もなく、クーは力強く引っ張ってリットの歩みを早くさせた。

 人にはぶつからずにすり抜けていくが、そのスピードは加速していくばかり。それも、楽しんでわざと揺さぶったりするのでダンスでも踊っているかのようだった。

「ほら、こうだよ。右足を早く。それじゃあ腰がついてこないよ。ほら、いち……にぃ。いち……にぃ」

 クーのからかいにリットが反応することはなかった。何か喋れば舌を噛みそうなほど、上下左右に動かされているからだ。

 そうして連れてこられた場所は、野良猫くらいしか通りそうにもない路地裏だった。

「さぁ、なんでも相談してごらん。ここは欲望を曝け出す場所だよ。男だったら富と名声か……はたまたエッチなことか……」

 クーは勢いよくドアを開けると、中へどうぞと暗闇へと手を伸ばした。

 リットは中に入ると「魔女に欲望を叶えてもらうと、ろくなことにならねぇよ」と嘆いた。

「知ったようなことを言うもんだ……だが間違ってはない。それでも欲望が捨てられないから魔女はいるし、人間はここにくるのさ」

 黒色ローブのフードをすっぽり頭まで被っているので顔は見えないが、声からしてかなり歳を取っているのがわかる。

 リットはため息をつくと、ダメもとで「元いた場所に返してくれ」と言った。

「おや、迷子だね。恥じることはないよ。子供より大人の方が迷うものさ。どれ……ちょっと腕を見せてごらん」

 魔女が手を伸ばしたのはリットの腕。それも紋章が入れられている方の腕だった。

 腕に触れた途端。魔女は気絶したように空を見上げて動かなくなった。そして寒さに震えるように歯をカタカタぶつけ合わせたのだ。

 カサカサの唇から紡ぎ出された言葉は、リットを送り出す時にグリザベルが言っていた言葉だ。

『お主がそうなった原因があるはずだ。それを解決してこい。そうすればお主はこの世界へ戻ってこられるはず』

 魔女は言い終わると、わけがわからないと周囲を見渡した。自分の身に何が起きたのかも、何を喋ったのかも覚えていない。

「私は何を言っていたんだ?」

「こっちの時間で問題を解決しろとよ」

「こんなことは生まれて初めてだ……。何が起こったのか全くわからない」

「こっちはよくわかったから心配すんな」リットは店から出ると「魔女か精霊か……はたまた別のものか……とりあえず一緒にいた方が良さそうなのは確かだ」と、魔女との話を立ち聞きしていたクーの顔を見た。

「照れちゃってまぁ。ついてきたいなら素直にそう言いなよ。私は大歓迎だよ。ヴィクターじゃないけど勘ね。リットがいると何か起こりそうな気がするもん」

「そりゃこっちのセリフだ……あちこちに敵を作りやがって」

「あらま、見てきたように言ってくれちゃって。やりたいことがあるならともかく、ないならしばらく一緒にいるのも面白いよ。なぜなら私達は今、土鳥の卵というお宝を追いかけてる最中なのだ」

 クーは自慢するように腰に手を当てた。

「なんなんだよ、その土鳥の卵ってのは」

「名前の通り土の中にある鳥の卵だよ」

「そんな鳥の卵の話なんて聞いたことねぇよ」

「そう、だからお宝なの。見た目はそっくり泥の塊。ある一定の温度で孵るって聞いて、はるばるここまでやって来たってわけ」

「それがヒハキトカゲの山火事だと思ったわけか。まぁ、ヒハキトカゲが原因の火事は定期的に起こるし、関連性がない生物がいないとも限らねぇわな」

「わかってんじゃん。いいよ、その受け口が広い考え方は冒険者向きだね」

 クーはやるねとリットの背中を叩いて褒めた。

「だろ? なんせ師匠がいいからな」

 どうせ伝わらないだろうと、リットはニヤリと笑って返してやった。

「一度見てみたいもんだねリットの師匠に」

「鏡でも見てみたらどうだ?」

「それって――師匠は私みたいに美人ってこと? なるほど……それじゃあリットも修行を頑張っちゃうわけだ」

 リットはやられたと頭を抱えた。自分のことを知っていようがいまいがクーはクーだ。自分が口で叶うはずもない。

「よく我の強い三人が集まって冒険者なんてやってられんな……。普通は争い事多発で冒険なんかしてる暇ないだろ」

「んー? 喧嘩なんかしょっちゅうだよ。ヴィクターは女を好きになったら向こう見ずだし、ハドも真面目な割には口が悪いからしょっちゅう他の冒険者と揉め事を起こすし、私は自由気ままにうろちょろするから足並みは乱れるしね」

「そりゃまた個人プレーが好きなチームなもんだな」

「そう思うなら、リットがまとめてくれてもいいんだよ」

 クーは出来るものならねと笑った。

 リットは笑い返すことなど出来なかった。クー一人でも手に余り過ぎるのに、ヴィクターとハドをどうにかしようなど考える気も起きなかった。

 二人が話しながら宿に戻ったのだが、ヴィクターとハドはまだ飲みっぱなしで酒場にいた。



 翌朝になっても戻ってくる気配がないので迎えにいくと、二人は床に寝転んで二日酔いに苦しんでいた。

 特にヴィクターが辛そうに唸る姿は、まるで自分を見ているようにそっくりなので、リットは見ていられなかった。

「おい……さっさと起きろよ……」

 リットはヴィクターを起こすと、誰のかわからない水の入ったコップを渡した。

「ありがとう。優しいんだな」

「色々思うことがあんだよ。しゃきっとしてくれ……こっちは金がないんだ。土鳥の卵とやらを探して売り払っちまおう。当然わけ前はオレにもあるんだろうな」

 この世界で過ごすには、ヴィクター達と行動をしてもしなくてもお金が必要だった。何をすればいいのかわからない状況なら尚更だ。リットは手っ取り早く一稼ぎ出来るならしてしまいたかった。

 しかし、ヴィクターはそれは大変だと、まずはリットの記憶が残ってるところを探そうと言い出した。そこにお金や荷物が落ちているかもしれない。土鳥の卵より、やるべきことだと。

「だからよ……それはどうでもいいんだよ。必要なものがあるのかどうかもわからねぇんだから」

 リットはなんとか言ってやってくれとハドを見るが、ハドはヴィクターの意見に賛成していた。

「盗賊でもない限り必要になるだろう。盗んで捨ててきたわけじゃないんだろう?」

「それすらもわからねぇな」

 リットが頭を悩ませていると、ハドは二つの意味で痛む頭を手で押さえた。

「あのなぁ……マヌケになりたくなけりゃしっかりしろ。そんな都合のいい記憶喪失なんかあるか」

「なんと驚き。ここにあんだよ」

「まぁまぁ」とクーが間に入り、とりあえずリットが目覚めたという場所に行こうという話になった。

 目覚めたらあの森の端っこにいたとだけ三人に説明していたので、森まで歩く間は勝手に色々な憶測を立てられからかわれていた。

 女に手を出したら夫が帰ってきたので慌てて窓から逃げ出したや、ハーピーに攫われ色々やられた後に捨てられたや、ろくな話がない。

「あんたらと一緒にすんなよ。こっちは――まぁ……まともには生きてきてはないな」

 リットがため息をつくと、ヴィクターがガハハと笑いながら肩を組んだ。

「それが普通だ。それでこそ冒険者だ。世界の謎を解き、世界を愛す。こんなに楽しいことはないぞ。まともなんかじゃとてもやっていられん」

「オレも同意見だ。まともなんか誰かの物差しの範疇の小さな出来事だ。だが不真面目になる必要はない」

 ハドが何かを言うたびに、リットは違和感に襲われた。

 ハドという男は、不真面目で不誠実。というのがリットの印象だったからだ。

 作業どころか接客なんかもしないので、修行時代のリットは今からは想像がつかないほどに真面目に物事に取り組んでいた。

 というのも金もない状態だったので、リットが働かなければ今日食べるものない状態になるからだ。

 そこでリットがやったことはまともな依頼から、誰も出来ない依頼に切り替えることだった。ランプの修理の腕はついてこないので、変わったオイルを扱おうというのはこの時の経験から培ったものだ。

「なんだよ……そうやって人の顔をじっと見るなよ。惚れても無駄だぞ。オレには帰ったら結婚する相手がいるんだからな」

 ずっと視線を浴びせられて居心地が悪くなり、ハドは意味もなくシャツの襟を直しながら言った。

「もしかして……その女に逃げられたせいか?」

 リットはハドが荒れた原因はそれかもと手を打ったが、それとほぼ同時にハドのゲンコツが頭に落ちてきた。

「結婚するって言ってんだろ! 耳くそが詰まってるなら、立てた中指を突っ込んで取ってやるぞ」

 リットは頭を殴られて俯いたまま顔を上げることが出来なかった。ハドからのゲンコツも久しぶりで、懐かしさに襲われて笑みが浮かび上がってきたからだ。

 なんとか表情を戻してしばらく歩くと、見覚えがあるような場所まで来たのだが、森などどこも似たようなものなので確信は持てなかった。

「わからないなら、わかるところを見ればいい。どの景色に目を奪われた? その景色に合わせるように歩けばいい。惑わされるな。見るべきは近くではなく、遠くの景色だ」

 その的確なアドバイスにリットは「本当に冒険者だったんだな」と感心した。

「最初から冒険者だと言っているだろう。まぁ、色男と呼んでもいいがな」

「ヴィクターは色が多すぎ。少しは落ち着いたら? 真の愛とか見つけてさ」

 クーが肩をすくめると、ヴィクターはそっくりそのままの仕草を返した。

「真の愛はとっくに見つけているぞ。真は一つということではない。わかるだろ? オレは本気で愛した女しか抱かない」

「苦労するよ。そんなんじゃ。ね?」

 クーはリットに言うが、なんだかんだ上手くやっている未来のヴィクターを知ってる身としては、何も言うことが出来なかった。

 代わりに出てきた言葉は「ここだ。オレが立ちションをした場所は」というものだった。

「あのなぁ……オマエは犬か……誰がマーキングポイントを教えろと言った」

 ハドは仲間にバカが増えたとでも言いたげに額を押さえるが、リットからしてみればここが始まりの場所だった。

 念のために周囲を見渡してみるが、荷物は何にもなし。いつも持っているランプすら落ちていなかった。

 そん中。ヴィクターだけが、何か思う顔で「リット……これはどういうことだ」と木を睨みつけていた。

「なにって小便をかけた木だよ。アンタはエルフか妖精か? じゃないなら、立ちションくらいで文句言うなよ」

「いささか低くないか? オレならもっと高い位置に小便の跡がつくぞ」

「オレは木に欲情する変態じゃないからな」

「その歳で勢いもなくしたか……。無理もない」

「なんだよ。無理もないって」

「腰抜けだということだ。どうせオレの挑戦を受ける勇気もないんだろう?」

 そういうとヴィクターは股間を出して笑って見せた。

「言っとくけどな。オレの故郷は雪が積もる場所だぞ。そこで小便飛ばしチャンピオンは誰だと思う?」

「わからんな……腰が抜けて小便ができるものなのか?」

 ヴィクターの煽りにあっさり乗っかったリットは、股間を出して隣に立った。

「言っとくけどよ。飲み過ぎたのは言い訳に出来ねぇぞ。店で済ませた小便でも拾ってくるか?」

 連れションをする二人の背中を見て、クーは「あーもう……男のこういうところって本当にバカみたい」と呆れ返った。



「いやー……さすがチャンピオンだ」

 ヴィクターは敗北を認めて、リットの勝利を褒め称えた。

「だろ?」

「今度、リットの故郷の村にでも立ち寄ってみるか」

「ヴィクターのお目当ての女はいねぇぞ。別のとこで出会ってそこに引っ越したからな」

「なんの話だ?」

「あー……なんでもね。つーかなんだよさっきから」

 リットは肩を叩き続けるハドに用事があるのか聞くと、ハドは勇ましい顔で股間を出した。

「言っておくが、このゲームは勝ち抜き戦だぞ。まだオレに勝ってない」

「あーもう……」クーはやってられないと空を見上げた。「私にそれがついてたら、それで三人の顔をぶん殴ってるね……」

 ハドがため息をついて木に放尿していると、不思議なことが起こった。

 根本の土が捲れ上がり始めたのだ。呼吸をするお腹のように動く地面は、土の中の小石を吐き出し続け、やがては産むようにして卵型の土の塊を露出させた。

 突然のことにハドは小便を止めることができずにいると、まるで命の水を浴びたかのように、土は光沢を持ち完全な卵となった。

「うそぉ……土鳥の卵が手に入る条件の適切な温度っておしっこと同じなわけ」

 クーは絶対に触りたくないとハドに押し付けた。

「待て待て、オレの小便ならまだしも。他二人のもこの土には混ざってるんだぞ。そうだ! リット! 新入りだろ?」

「勘弁しろよ。ハド……アンタが最後だ。一番濃いのが残ってんだろ。責任持てよ」

「同意見だ……オレはそこに手を伸ばす勇気はない。もしそれで笑われるなら、オレは一生臆病者でいい」

 二人が拒否したので、ハドは舌打ちを一つ響かせると卵を寄せるための枝を探し始めたのだった。






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