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第二十三話

 空高く筋を引くような巻雲がいくつも伸びている。夕日に赤く染められた雲は、濃艶な青の空によく合っていた。

 そんな目を奪うような空が広がっているにもかかわらず、その下ではハドとクーが言い争っていた。

「邪魔だ!」

「邪魔だってば!」

「もっと詰められるだろうが」

「詰めたら、壁が邪魔で見えないの。ちょっと考えたらわかるでしょう」

 ハドとクーは一番良く見える場所で土鳥の卵の変化を確認しようとしているので、崩れた床ギリギリにつま先立ちして、一人分の狭い空間をなんとか二人で使っているのだ。

「なにやってんだか……」

 リットはそんな二人の喧嘩に揺れる後頭部を少し離れたところから眺めていた。

「二人共土鳥の卵を狙ってるんだろう。最後まで抜け目がないのが冒険者ってやつだ」

 ヴィクターはリットの隣で、崩れた屋根上を見ていた。もう既に土鳥の卵はくぼみにはめ込まれており、後は夕焼けが深くなるのを待つだけだ。

「ヴィクターだって冒険者だろう。いいのか? 参加しなくて」

「今回見つけた宝ってのは、冒険した時間のことだ。あの土鳥の卵にいくら高値がつこうが、今回の冒険以上に勝るものはないだろう? リットとの出会いから、不思議な現象に触れ、最後にその謎を解こうとしている。すべてが最高だ。これ以上の宝があるか?」

 そう言ったヴィクターの笑顔は昇りたての太陽のように輝いており、夕日に染まる世界とは不釣り合いで、どこかマヌケにも見えるが、それはヴィクターらしさのようでもあった。

「よく臆面もなくもなくそういうことが言えるな」

「感情を言葉にするのが恥ずかしいことだと思っていないからな。言葉にできる感情はすべて言葉にしろ」

「愛ってのは、そうやって育まれるってか?」

「愛の話はしてないだろう」

「世界を愛することが、冒険者の第一歩とでも言うかと思った」

「それは間違ってないな。……どうだリット。この世界を愛したか?」

 ヴィクターは両手を大きく広げて言った。

 なにもない平原は遠くまで見渡すことができ、ヴィクターの両手では収まりきらないほど世界を広げている。

 リットのいた世界とは同じ世界でもあり、違う世界でもある。まるで精霊のようだ。精霊もその瞬間瞬間で同じであり違うもの。つまり世界を作る一部ということだ。

 そして、この世界は混沌の精霊となったリットが作り出した世界とも言える。

 願えば、やすやすと世界を一周出来る。それどころか世界を支配することも出来るかも知れない。

 試してはいないが、リットには何でも出来そうな世界だ。

 だが、リットがそれに気付いても、変な欲が湧き上がってくることはなかった。ヴィクターの『この世界を愛したか?』という言葉に釘を刺されたような気がしたからだ。

 この世界の力を利用すると、子供の姿になったクリクルのような代償を払うことになる。

 クリクルは魔力の器を再構築させて、新たな魔法生物を造る時に魔法陣を使っていた。それはクリクルの人生だけでは足りないほど古びたものだ。

 リットのように過去の世界に来ていたかはわからない。もしかしたら、シルフを利用した魔女のように同じ時間を繰り返す術を持っていたのかも知れない。だが、長い年月をかけて作ったことは確かだ。

 異なる世界で作った魔法陣を使ったことの代償があるとうことは、なにかこの世界を利用すればリットの身にも同じようなことが起こった可能性が高い。

 リットがそんなことを思いもしなかったのは、孤独ではなかったからだ。

 ヴィクター、ハド、クーという三人に振り回され、常に影響されたおかげで考える暇すらなかった。思うことは一つ、精霊の思惑に乗っかって元の世界に戻ること。

 紋章を入れられた使命というのは、未だになんなのかはわからないままだが、体に影響ないのを考えると間違ったことはしていないだろうとリットは考えた。

 なので、リットはヴィクターの質問に「まぁな」と肩をすくめて答えた。「戻るのが少し惜しくなってきた」

「なら、ずっとここに入ればいい! ――と、言ってやりたいが、元の世界に帰るべきだ。大事なものは向こうに残したままだという顔をしているからな」

「勝手に人の気持ちを正解のように言うのはな。お人形遊びと変わんねぇぞ」

「違うのか? オレはどの世界に行ったとしても、元の世界に戻りたいぞ。例えば、今リットの世界に行ったとしても、オレは絶対にここへ戻ってくる。なぜなら、歩んできた道に後悔はないからな。当然行く道にも後悔を落としくつもりはない」

「アンタはそうだろうな」

 ヴィクターが自分の道を進み死んでいったことを知っているリットは、最後まで自分の言葉を貫いていたんだと思わず笑みを浮かべていた。

「それにだ。別にこれが今生の別れになるとは限らないだろう? 世界が違っても、道が交わることがあるのは、今回で証明済みだ」

 ヴィクターはリットの肩を組むとガハハと笑った。それはリットの正体がこの世界のモノではない。不明となったあとでも、なにも変わらない笑い声だった。

「あえて言うなら、今度はそっちから来てくれよ。またこっちに来るなんて、混乱し過ぎて頭がどうにかなっちまうよ」

「なら、仲間を揃えておいてくれ。こっちは最高の仲間を揃えてお出迎えしたんだからな」

 ヴィクターは突然歩き出すと、クーとハドと肩を組んで、無理やり引きずって戻ってきた。

「また……いつもの? 本当に突然なんだから……はいはい……愛してる愛してる」

 クーがおざなりな反応すると、ハドも面倒くさそうにため息をついた。

「勘弁してくれよ……。嫌いだったら一緒に冒険なんかしてねぇだろうが……。いちいち愛なんて確かめるなよ」

 だが、ヴィクターは二人に挟まれたまま、リットに宝物を自慢するような笑みを浮かべていた。

「本当に最高の仲間だな。離れようとしてるけど」

 クーもハドも離せと、ヴィクターの頬に手をついて逃げると、元の場所へ戻っていった。

 今はヴィクターのことよりも、土鳥の卵がどうなるかのほうが大事だからだ。

 もうすぐ空は赤く染まりきり、世界は黄昏に変わろうとしている。

 リットの気持ちは黄昏と同じ感情だった。寂しくもあるが高揚感もある。

 もうすぐ今日が終わる。終われば明日になる。明日はどちらの世界にいることになるのだろうか。目覚めた時に目の前にいるのが誰であれ、答えはそれで決まりそうだ。

 リットがあまりに真剣な目をしているので、ハドはまったくと細く息を吐くと、リットに近付いて肩に手を置いた。

「安心しろよ。オマエを元の世界に返すってのは全員一致の考えだ。用済みになった土鳥の卵に価値があるか見極めるためには、最後まで見届ける必要があるってだけだ。別に願いを横取りしようとクーと争ってるわけじゃねぇよ」

「んなこと気にしちゃいねぇよ。そんな奴じゃないのは知ってるしな。でも、もし願いが叶うとしたなら……なにを叶えたい? アンタなら」

「オレをヴィクターやクーと一緒にすんなよ。普通の人間だぞ。金持ちになりたいとか、一生の幸せとかな。そんなもんだ」

「そりゃまた……なんていうか短絡的だな」

「前にも言ったけどよ、オレは帰ったら結婚するんだ。金も幸せも願いとしては上等だろう?」

 ハドの言葉にリットは首を傾げた。記憶の中にある修行自体にお世話になったハドには、奥さんや恋人といった類の親しい人はいなかったはずだからだ。

「なんで冒険者なんかやってんだよ。見たところそんな稼いでなさそうだけどよ」

「あのなぁ……稼げるから続けてるに決まってんだろ。オレはヴィクターみてぇにな、世界の謎を説いただけ出て興奮する変態じゃねぇよ。見合った報酬があって初めて満足する」

 ハドは自分は常識人だといった顔で言うが、リットが「この冒険じゃ稼いでねぇし、使ってばっかりだろ」と指摘すると、うなだれてため息をついた。

「そうだ、そのとおりだ……。ヴィクターといると金銭感覚が狂っちまうんだよ。いや……違うな。優先順位が狂っちまうんだ。なんたって、アイツは冒険に終わりがねぇんだ」

「でも、目的の物は見つけるんだろ?」

「そう、普通は目的物を発見したり、報酬をもらったら終わりだろ? でも、ヴィクターは違う。すぐに新しいものを見つける。それも、今の冒険からヒントを得てな。だからアイツの冒険はずっと続いてるんだ。困ったことに、それが心地良くなってくる。ヴィクターの影響力ってのは、流行り病より強力だぞ。なんたって、一生記憶に居座るからな」

「違いない」

 リットが笑うとハドも笑った。

「だから、早いとこ仲間をやめて、良い友人に戻るつもりだ。じゃねぇと、オレは一生故郷に戻れねぇよ」

 ハドは手遅れになる前で良かったなとリットの背中を叩いた。これ以上長いこと一緒にいたら、ヴィクターから離れられなくなるぞと。

「少しくらい私のことを話してもいいんじゃないの?」

 急にぬっと顔を出して話に加わるクーに、ハドは眉間にシワを寄せた。

「なら話してやる。リット、こういう女には気をつけろ。付け入るスキを与えると、ナイフで切り開かれて図々しく人の心に別宅を建ててくるぞ」

「よく言うよ。利用してるのはそっちも一緒でしょ。何度金持ちの屋敷に忍び込んだことか」

「オレは犯罪の証拠を突きつけて脅して奪うよりも、黙って盗んだほうがお互いのためだって言っただけだろ。実際どうだ? 角は立たなかっただろ?」

「私が角を立たないようにしたの。枕元に、いつでも忍び込めるって証拠を残してね。だから、悪い商売をやめて、周りから搾取することもなくなったの。ハドの言う通りにただ盗んで出てきたら、また搾取を始めるだけでしょ」

「それはオレらがずっと様子を見に行けるならだろ。今どうなってるか知ってるのか?」

「知らないよ、興味ないもん。興味があるなら、もう一回助けにいってあげればいいのに」

「そういうことを言ってんじゃなくてだな」

「はいはい。言い訳でも愛の告白でも、私じゃなくてあっちに言って。先に忠告しておいてあげるけど……長くなるよ」

 クーはご愁傷さまとハドの背中を押した。

 よろけたハドを抱きとめたのはヴィクターだ。リットとの話をこっそり聞いていたので、自分を褒めているハドに感無量だと気持ちがおさえきれなくなっていた。

「ヴィクターの愛ってのは深いねぇ」

 クーはヴィクターに力強く抱きしめられるハドの悲鳴を聞きながら、騒がしいとため息をついた。

「そそのかしたのはクーだろ」

「私は面白そうな話をしてるよって教えてあげただけ。オイルとマッチを渡したら、勝手に火をつけたようなもんだよ」

「そこまでして、あの場所を陣取りたいってのか?」

 リットがまるで子供のわがままだと呆れると、クーはそれは違うと真剣な表情になった。

「あの場所は魔力に強く当てられる場所だから危険なの。精霊が垂れ流してるような純粋な魔力は、魔力の器が小さい人間には安全だけど、魔女が作り出したような魔力は人間には危険なんだよ。だからあちこちで魔女が問題を起こしてるでしょ。だからハドにはあの場所は危険なの。だいたいハドってさ、オレは一番マトモだみたいな顔してるけど、私とヴィクターと一緒にいる時点で、まったく――全然――少しもまともじゃないっての」

 リットがそのとおりだとうなずくと、頭にクーの手刀が振り下ろされた。

「なんだよ、クーの言葉に同意しただけだろ」

「素直にうなずかれるのもムカつくの。じゃあなにかね? チミは私が死ねと言えば、素直に死ぬのかね? だったら命じるよん。リットは冒険者になる」

「なんだって、そんなにオレを連れ回してぇんだよ」

「だって、もうすぐリットって消えちゃうんでしょ。まだ教えてもらってないのにさ。――『あっちの世界』の話とか。出会った時に言ってたよね。あっちの世界を通ってきたってさ。言っとくけど、リットの方から教えたんだからね。私は忘れないよ」

 クーは口を三日月のように曲げて、意地悪な笑みを浮かべた。

 リットはそんなクーの姿を、別の時代のクーの姿と重ね合わせてみていた。

『私に――『あっちの世界』のことを教えたのはリットなんだよ。――昔にね』

 別れの際のクーの言葉が耳によく響いて脳を揺さぶった。

 あの時の言葉はこういう意味だったのかと。

 しかし、それと同時にもう一つ疑問が浮かび上がってきた。なぜクーはこの時のことを覚えていて、ヴィクターとハドは忘れているからだ。

 リットはそれをクーに確認しようとしたのだが、ヴィクターの興奮の咆哮が響き渡り、土鳥の卵が夕日に照らされ始めたので、最後まで聞くことが出来なかった。






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