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第二十二話

「懐かしのカッパーライト城……」

 ハドが平原に佇む風化した城を見て目を細めると、ヴィクターも目細めた。

「感慨深いな。始まりの地であり、終わりの地だ」

 ヴィクターの愛おしそうな表情とは違い、ハドは城を睨んでいた。

「んなわけあるか。ムカつくつってんだよ。魔女に化かされた気分だ」

「バカにされてる可能性もあるけどね。一生グルグル世界を回ったりして」

 クーは青空を見ていた。夕焼けにはまだまだ時間がある。

 ここでもやることは同じ。土鳥の卵をハメて太陽の光を浴びせればいいはずだ。その結果、また別の方角へ光を反射させないかが不安になっていた。

 それも土鳥の卵という名前から考えて、『冷』と『乾』の性質を合わせ、『土』を作り出した前回で謎が解けると思っていたからだ。

「クー、よく考えろ。鳥の卵だぞ。鳥が生まれるのには温めなければ」

「ヴィクターは前向きでいいね。私も世界を回るのは好きだけどさ。世界に振り回されるのは勘弁願いたいよ。今回で謎が解明されなければ、ちょっと先のことを考えさせてもらうよ」

 クーが解散をチラつかせると、ハドも静かに頷いて賛同した。

 今回の冒険は時間も金も使い過ぎる。今のところ行き当たりばったりでも、ヴィクターの豪運とクーの悪知恵で乗り切れているが、全てが全てうまくいくわけではない。そろそろ揺り戻しがあってもおかしくない頃だと思っていた。

「オレは続けるぞ。勘だが、これはオレには必要なことだ。絶対にな」

 ヴィクターは決意に満ちた瞳で言った。

「止めはしねぇよ。応援もしてるしな。それに、まだしばらくは同じ夢見る仲間だ。一人欠けてるけどな……どこ行きやがった」

 ハドはリットを探すが近くにはいない。誰も行き先を知らなかった。

 ただ、靴跡はカッパーライト城に向かっていた。



 リットは三人から離れ一人、静かにカッパーライト城を見ていた。見回るではなく、ただ眺めるだけ。要は一人になって色々考えたかったのだ。

 なにかと三人のうちの一人と行動をしていたので、なかなか一人でいる時間というのが出来なかった。

 今まで土鳥の卵を使って滝の位置を正し、温泉を復活させ、森を取り戻した。つまり自然を元に戻し、精霊界の乱れを戻していたということになる。

 魔力の流れを整えて、自分は元の世界に帰れるという算段だったのだが、リットにはふと疑問に思ったことがあった。

 この世界より未来の話。サラマンダーとノームが暴走を起こす原因となった正体不明の魔力の乱れだ。

 もしかしたら終わりではなく、ここから始まったのではないかということだ。

 皮肉にも世界を正すことが、混沌の精霊を呼び出すということに繋がっている。この矛盾した小さな綻びが、未来に影響を与える可能性は高い。ここで何か間違ったことをしたら、未来が大きく変わってしまうかもしれないという恐怖を感じていた。

 変わった未来というのが、誰かが金持ちになったり貧乏になったりという程度のものなら、正直どうでもいいのだが、問題は『精霊召喚』という天変地異を起こす現象が起こってしまったらということだ。世界が正気を保てなくなる可能性もある。

 大きな秘密を抱え込む孤独が、急にリットを襲ってきていた。

 そんな不安を見透かしたように、ヴィクターは「どうした? 怖気付いたのか?」と急に現れて声をかけた。

「アンタ、モテるのに気を使えないんだな……。一人勝手に消えたら、探すなってことだぞ」

「わかってるぞ。不安や恐怖といった類の整理をしていたんだろ。一人でいるとな、溢れた時にしまう場所がなくて、結局また同じ場所にしまい直すぞ」

 押し付けるわけでも、控えめでもない。絶妙な笑みをヴィクターが見せると、リットはため息をついた。

「なるほど……モテるわけだ」

「その言葉は、私達にも言ってよね」

 クーとハドもリットを心配して駆けつけていた。

「アンタらがここまで過保護とは知らなかった」

「ありがたいもんだろ? 特に言えないような秘密を抱える時にはな」

 ハドが茶化すようにリットの肩を叩くと、ヴィクターも空いている方の肩を掴んだ。

「そうだ、安心しろ。ちゃんと元の世界に帰してやるからな」

 リットは驚いて言葉を失った。まさかこの世界の住人ではないことがバレているとは思っていなかったからだ。なんとか言葉を出そうと口を開くが、やはり言葉は出てこない。

 その表情を笑ってクーはリットの鼻先を突いた。

「聞いてなかったの? 私達三人がいれば大抵の謎は解けちゃうって言ったでしょ。君は私達の目の前に現れた謎の一つってわけ」

「いつから」

「最初から謎だったよ。変な奴だったしね。でも、気付いたのは最近。答えが出たのはさっき」

「気付いたって何をだよ」

「自覚ないでしょ。そうだよね。張本人だもん」

 クーは押し付けていた指に力を込めてリットの鼻を豚鼻にすると、ニヤッと笑った。

 勿体ぶるクーの代わりにハドが「オマエの周りだけ時間の流れが違うんだ」と答えると、二人は今言おうとしていたのにと言い合いを始めてしまった。

 しょうがなくヴィクターが続きを話し始めた。

「オレ達がしてきたのは大陸を移動する冒険。つまり本来なら何年もかかるようなものだ。それがどうだ。数ヶ月もかかっていないぞ」

「たしかにそうだな……」

 言われてリットは別のことを考えていた。ヴィクターの言っていることも間違っていないのだが、本来長い時間をかけて回復するはずの自然を、一瞬にして回復してきたと考えたほうがしっくりきた。

 川の流れを変えるのも、温泉が地表に湧き出るのも、砂漠が森になるのも、全て一昼夜では不可能なものだ。

 リットの存在により、本来長い年月がかかる魔力の性質を大量に土鳥の卵に保存することにより、強大な元素を作り出せる。それこそ精霊に近いような力だ。

 つまり、混沌の精霊を呼び出すという話が、いよいよ真実味を帯びてきたということだ。

 リットは自分の正体がこの世界の住人ではないとバレたことにより、隠す必要もなくなったと船の上で魔女が言っていたことを話した。

 混沌の精霊を呼び起こすには誰かが犠牲になるということ、そしてそれはおそらく自分だということを。

「それはどうだろ?」とハドの頬をつねりながらクーが再び話しに加わった。「もし、混沌の精霊が願いを叶えるっていうなら、それは精霊との契約。よく聞くのだと、紋章を入れられるってやつ。他にも体の一部を差し出すとかね。他にも――」

「世にも恐ろしい血の契約とかか?」

 ハドも負けじとクーの頬をつねり返しながら言った。

「それもあるよ。一生涙が出なくなる呪いの話とか聞いたことない? 血が変わり、異形のモノになるとかね。大抵体液を媒介して契約されるんだよ」

「涙の契約とはロマンチックなものだ」

 ヴィクターはいい話だなと目を閉じて、クーから聞かされた古い物語に耽った。

「とにかく! 誰が犠牲になるかはまだわからないってこと。契約をしてないんだからね」

「オレが紋章を入れられたとしたら?」

「そしたら、リットの方が立場は上だから尚更問題なし。精霊に紋章を入れられるってことは、頼み事をされてるってことだもん。問題はさっき言ったように、願いを叶えるための契約だよ。基本的には契約しない方がいいよ。人間の欲なんて、精霊の価値観とは全然違うんだから、悪徳商人並みに吹っかけられるよ。だから、元の世界に帰れるって言われてもすぐに契約しちゃダメ。わかった?」

 クーは真剣な顔でリットに警告した。

「あのなぁ……じゃあどうしろってんだよ」

「私と一緒に冒険者でもやる? 時間移動出来るなんて、私達いいパートナーになると思うよ。この世界じゃ、リットも歳をとらなさそうだし。おしどり夫婦って呼ばれるようになるかもよ。土鳥の卵だけにね」

「サギ夫婦って呼ばれねぇか?」

「あーら……可愛くなーい……」クーは唇を尖らせて不満をあらわにした。「まぁ、どうせ夕方になるまではまだまだ時間があるんだし、答え合わせでもしてようか」

 クーは地面にあぐらをかくと、長くなるから全員座るようにと促した。

 クーの議題とはここが終着点なのかというものだ。

「そもそも始まりはどこだってんだ? 確かにここから始まったように思えるけどよ」

「いい質問だね、ハド。土の中から見つかった土鳥の卵。私達はたまたまカッパーライトの話を聞いて先に来たけど、もし先に別の場所を見つけていた場合。土鳥の卵が反応したかってことでしょ」

「まぁな。先に滝を見つけてた場合は滝に戻るのか、それとも同じくここへ来ることになるのかだ」

「魔女が作ったものなら、順番は大事だろうしね。でも、それならなんであそこに埋まっていたかの方が気にならない?」

「そもそもどういう噂で、土鳥の卵を探してたんだよ」

 リットが疑問を口にすると、クーはおかしいと首を傾げた。

「言わなかったけ? 空から涙が落ちたって」

「似たような話は聞いた。まさか、その子供に聞かせるような昔話を本当に信じて探しに出たのか?」

「オレはディアナに行こうと思ったんだぞ。あそこにはティアドロップ湖がある。涙の物語にもってこいだと思わんか」

 ヴィクターはティアドロップ湖に関わる物語を、子供のように顔を輝かせてリットに聞かせた。

「あー……ティアドロップね……」

 リットは色々思い当たることがありすぎると言葉を濁したのだが、ヴィクターにはそれが重大な秘密を隠しているような反応に見えていた。

「冒険者心をくすぐるじゃないか……さては何か知っているな。待て! 言うなよ。オレは自分でその謎を解き明かしてやる。やはり、そのうちディアナにも行かなければな」

「私は嫌だね。あそこは、魔女関係の噂も色々あるから。しばらく魔女はいいかな」

「同感だ」リットはため息混じりにクーに賛同した。

 それからしばらく繋がらない答え合わせをしていたのだが、不意にヴィクターが「そうか……時間か……」とリットを見てつぶやいた。

「その話はとっくの間に終わっただろ」

 ハドは新しい考えを出せと言うが、ヴィクター甘いと指を振った。

「ここは太陽の力を使っただろ? 太陽は昇り、落ち、繰り返すものだ。つまり始まりであってお終わりでもある。そして鳥の卵は熱によって孵化する。始まりと終わりの象徴。それに加えて鳥。導き出る答えはフェニックスだ!」

 ヴィクターは自信満々に大声で言い切ったのだが、クーとハドのため息はそれより大きく響いた。

「フェニックスは元気に飛んでるでしょ。二羽も存在しないの。それに呼び出すのは混沌の精霊だって言ってんでしょ」

「“魔神”の方のフェニックスの可能性は?」

「あれを呼ぶのに必要なのはオークだ。あとはドワーフとマーメイド」

 リットは正解を口にしたのだが、ヴィクターの表情は渋いものだった。

「なんだそれは。フェニックスに関係ないものばかりじゃないか」

「気になるなら試してみろよ」

「オークにドワーフに人魚か……どうもピンとこんな」

「嘘だろ……アンタ、ヴィクターじゃねぇのか?」

「いかにもヴィクター・ウィンネルスだ。女の話というのなら、ピンどころかビンのビンだ。だがな、冒険者心をくすぐるような話はな……」

 あまりないだろと、周りに同意を求めるようにヴィクターは肩をすくめると、ハドはそうだなと頷いた。

「まぁ、海の秘宝ってんなら腐るほど話は聞くけどよ。人間じゃ海の底に行くのは無理だし、海を回るのにも船がいるからな」

「船か! 船はいいな。今回の冒険で心底気に入ったっぞ」

「どっちの船だ? 海を走る船か、それとも温泉に浮かぶ船か」

「海に決まってるだろう。それにしても……ワーウルフには悪いことをしたな……。あの船を温泉から出して、再び雪原を走るのは無理だろうな」

「気にしなくていいんじゃない? それ以上ものをあげたしね」

 クーの笑顔にハドは睨みで返した。

「あの牙はクーが取り上げたんだろうが。刺されるのは勝手だけどよ、仲間と思われちゃ、こっちに矛先がくることもあんだぞ」

「だから返して“あげた”の。それに、特上の情報もあげたんだよ。使い方一つで世界が変わるようなね。私はヴァンパイアとワーウルフがどうなろうか知ったこっちゃないしね」

「ヴァンパイアとワーウルフの話って、最近どっかで聞いたことがあったような……」

 リットは確かに聞いたと頭を悩ませるが、どこで聞いたか全く出てこなかった。

「勘違いじゃない? まだ何も起こってないもん。起こったとしても、それはこれからの話だよ。ずっと未来のね。起こるって言えば、サルモモ火山でさ――」

 四人が過去の冒険話に花を咲かせている間に、空の色は徐々に変わり始めていた。






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