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第二十一話

「熱い……」

 リットが文句を言うと、クーは聞き飽きたと振り向きもしなかった。

「砂漠なんだから暑いに決まってるでしょ」

「オレは熱いって言ってんだよ……フライパンの上のベーコンになった気分だ」

「なら、一人歩く? 私は止めないよ。それこそ干し肉になるだろうけど」

 今リット達は歩いているのではなく、巨大なゴミムシに乗って移動していた。四人が楽にまたがれるほどの大きさがあり、おとなしい性格なので安心なのだが、光沢のある黒い体は太陽の熱を吸ってかなり熱くなっていた。

「言うな。オレだって我慢してんだ。言われたら、意識して余計に熱くなってくるだろうが……」

 ハドはお尻に敷いていたマントのシワを伸ばして、接地面積を増やして座り直した。

「まるで拷問だな」と笑うヴィクターは、一足先にギブアップして、ゴミムシの背中で座るでなく、バランスを取って立っていた。

「そっちのほうが拷問だろ。砂漠に落ちたら置いていかれるぞ」

 リットは諦めて座るよう促したが、ヴィクターは頑なに座ることはなかった。

 巨大なゴミムシはこの一匹というわけではなく、この砂漠で何匹も見かける珍しくない生き物だった。だが、馬のように言うことを聞くわけではないので、行き先を自由に変えることは出来ない。行動パターンも少なく、歩くか、止まるか、時折乾きを潤わすために砂ごと口に入れて僅かな水分を取るくらいだ。

 なので、同じ方向へ向かうゴミムシを見つけては何度も乗り換えていた。そのせいで、何度も熱を吸った熱い背中になるハメになっているのだ。

「オレが落ちるか。ペガサスの背中で逆立ちも出来る男だぞ。それにだ……よく考えてみろ。その温度は絶対に玉によくない……。立っている方が絶対に安全だ」

「あのなぁ……立つの意味が違うだろ」

 リットは立ち上がると、しょうもないことを言うなとヴィクターに振り返った。

「重要なことだぞ。足腰が立たなくなるというのは、冒険者として一つの節目だ」

「男としてだろ。もっと女以外に考えることないのか?」

「確かにオレは恋が多い男だ。認めよう。だが、言わせてもらえば、リットにはそんな一面を見せていないはずだ。冒険が盛り上がってそんな暇がなかったからな。それなのに見てきたように言われるのには納得いかんぞ」

「オレくらいになると、未来を見通せるんだよ。ヴィクターは将来、思春期に入った娘にお風呂を断られて、ショックで一日なにも食べられなくなる」

「へー、なら私は? どうなってるのさ、未来で」

「クーは今と変わんねぇよ。フラフラして……オレに迷惑をかけてる」

「わーお……本当かも知れないよ。だって私あと百年くらいは落ち着くつもりないもん。それになんだかんだ扱いやすいリットを、今のうちに手篭めにしようとも考えてるもん」

 クーはリットが敷いていたマントをこっそり取ると、自分のお尻のマントに足して敷いた。

「なら、尚更オレは立ってる必要があるな。将来の娘のためだ。部屋が暑ければ汗をかいてるかもしれん。薄着でうろつくようになったら困るからな」

 リットは「よう、そこにいるのはシルヴァか?」とヴィクターの股間に手を降ってからかった。

「なんだって? 誰の名前だ」

「なんでもねぇよ。とにかくだ。女もいいけど、もっと酒とかに興味を持ってコレクションしておけってことだ。息子のためにな」

「だから息子のためだろ」ヴィクターは自分の股間を指して言うと、ため息をついた。「だいたいオレに不服なら、なぜ立ち上がった?」

「……人と会話をする時は、同じ目線の高さで喋るのが常識だからだ。なんか文句あるか?」

「素直に負けを認めろよ。自分の股間に負けたってな」

 ハドはリットの肩を掴んで、ヴィクターの勝ちだと言った。

「ハド……オレの肩を掴めるってことは……立ち上がってるだろ」

「おいおい、オレは曲がりなりにも冒険者だぞ。それも一流のな。片腕を失うのだって怖くねぇ。そんなオレが、あそこが立つか立たないかでビビると思ってるか?」

 リットとヴィクターは「思ってる」と声を揃えた。

「オマエ達だってそうだろうが……」

「嫌だね……男って変なことで張り合うんだから。もし、男の二言ってのを言いたくなったら、返してあげるから言ってね。代金はいらないよ、尊厳だけで十分」

 クーは付き合っていられないと、仰向けに寝転んで空を眺めた。三人が背中で立っていると決めたことにより、マントが三つ余ったので全部自分の下に敷いたのだ。

 結局意地の張り合いにより、男三人はゴミムシの上で立ったまま。目的地についた途端。歩いてもいないのに、一歩も歩けなくなってしまっていた。



「ほら、お水。謝った人から、順番に飲んでいいよ。時間を無駄にしてごめんなさいって」

 歩き回って植物を見つけてきたクーは、木陰で休む三人の目の前に置いた。

 ヴィクターはいち早く謝罪すると水を飲んで一息ついた。

 そして、見上げてホッと息をついた。

「それにしても驚いた……これはたしかに森だ……」

 ヴィクターの視線の先にあるのは、きのこの傘のように開いて固まった砂の柱だ。それが何十本も固まって木のように立っている。

 一夜にして出来る森というのは、リットとクーを追いかけてきたトカゲの巣のことだ。

 巣と言っても決まった場所にあるわけではなく、適当な場所で眠りにつく。ヘビではないのでとぐろを巻くこともない。寝姿は投げ捨てられたロープのようだ。その寝ている間に砂が体の隙間に入り込み、朝霧に固められたものが柱のように見え、疲れ果てて砂漠を歩いている冒険者が森と勘違いして噂話になったのだ。

 もちろん本物の木のように果実がなるわけではないが、こうして作られる日陰はこの砂漠でオアシスのようなものらしく、様々な虫や今まで見かけなかった小動物が、太陽から逃れ涼を求めて集まっていた。

「良かったな、森だとよ。森に戻った気分はどうだ?」

 リットがからかって言うと、クーは丸い果実でリットの頭を叩いた。

「それと同じ気分」

「どんな気分だってんだよ……割れもしねぇし、ただの無意味な行動じゃねぇか」

「だから無意味ってこと」クーはナイフで果実を開けてリットに渡すと「それで、なにかご意見は?」と聞いた。

「わかんねぇよ。まだ見て回ってもねぇんだぞ。……まぁ、これが森だってんなら、消えるってのも間違いじゃねぇな」

 リットは砂の柱を指でなぞりながら言った。

 少しでも力を入れれば崩れてしまいそうなほど乾いており、次の霧が下りて地表を濡らす頃には崩れて消えてしまいそうだった。

「本当に役に立たないねぇ。男連中は」

 クーはため息をついた。

「自分はどうだってんだよ」

「だってそうでしょう。私はトカゲをお引き寄せて、安全に砂の森を探索出来る様にしたのに、揃いも揃ってさ、立たなくならないように、立ってたくせに、肝心な時に役に立たないんだもん」

 クーが再びため息をつくと、男三人は面目ないと頭を下げた。

 体力が回復する間もなく夜になってしまったので、探索は起きてからと言うことになったのだが、ヴィクターは横になりつつも砂の柱を気にしていた。

「どうした? なにか見つけたのか?」と、ハドに聞かれるが、ヴィクターは首をかしげるだけだ。

「まさか雪男みてぇに、動き出すってわけじゃねぇだろうな……」

「ゴーレムみたいにか?」

 リットが焚き火に枝をくべながら言うと、ハドはハッとした顔で振り返った。

「そうだ! ゴーレムだ! きっと土鳥の卵をはめたらゴーレムに襲われるに違いない!」

「そうかもな」とリットが適当に返すと、ハドは眉間にシワを寄せた顔をこれでもかと近づけて来た。

「ガキが今朝見た怖い夢の話をしてんじゃねぇんだぞ。そんな反応があるかよ」

「ゴーレムってのは土の元素を使ってるようで、色んな性質や元素がバランスよく集まって作られてんだよ。土をこねて魔力を流して、はい完成とはいかねぇんだ」

「本当に……リットって変なことに詳しいよね」

 クーはあくびをしながら、興味があるのかないのかわからない口振りで言った。

「変とはなんだ。立派な知識だろ。それも、アンタら三人が知らない上質な知識だ」

「私達が知らないから変だって言ってるの。ヴィクターもそう思うでしょ? 普通は私達三人が集まって知恵を出し合えば、答えに関するようなものが出てきたでしょ。でも、今回はリットがいなければ絶対に先に進まない冒険だったもん」

「オレの勘は当たるだろ?」ヴィクターは見当違いの回答をして得意げに笑った。

「まぁね、ヴィクターの勘って不気味すぎるよ。神の産物みたいだもん。それで、魔女君はどうだって言いたいわけ?」

 クーは否定してばかりじゃなくて意見を出しなさいと、枯れ枝でリットの頬をつついた。

「この砂の木を本物の木にすりゃいいんじゃねぇのか?」

 特に良い考えが浮かばないので適当に言ったリットだったが、意外にもクーは納得顔で頷いていた。

「なるほど。木は本物の土に生えるってことね。つまり……マルド砂漠をマルドの森に戻しちゃおうってわけだ」

「おいおい……鼻くそほじって考えたような意見だぞ。オレの鼻くそが植物の種だってんなら頷けるけどよ、土台無理な話だ」

「いや……確かめてみる価値はあるぞ」とヴィクターも乗り気になった。「あのトカゲは本当に適当に寝床を選んでいるのか……かつての森と何か関係している可能性はないか?」

 ハドも納得だと深く頷きながら話に混ざった。

「エルフがいたってことは、何かしら魔法が関係してる儀式はあっただろうしな。あのヘビが魔力を探知するような生物だったらラッキー。そうでなくとも、かつて川があった場所を寝床にしてるかもしれない」

「川があったからなんだってんだよ」と、リットだけは意味を理解していないので乗り気ではなかった。

「あのなぁ……エルフだって水は飲むんだぞ。わざわざ水源から離れた場所に住むか? だから、あのヘビの寝床に何かしら法則があるとしたら、土鳥の卵をはめこむ場所へ案内してくれるんじゃないかってことだ」

「それってつまりアレか……。明日から歩き回って、これの残骸を探すってことか?」

 リットが崩れかけの砂の木を指して言うと、ヴィクターはまだまだ青いなと肩をすくめた。

「いいか? オレ達が乗ってきた巨大なゴミムシはここを求めて歩いていたんだ。この柱に残った水分を求めてな。だから同じ場所に向かって歩かないんだ。巨大生物が二匹も三匹もいたら、あっという間に飲み尽くしてしまうからな。だから探すべきはゴミムシだ」

「その通りだ。オレ達はゴミムシに乗って移動するだけ、ヴィクターが得意な地図を書く。そしてトカゲの寝床を割り出して、関連性を見つける。砂が崩れるのを見届けるより、よっぽど有意義だぞ」

 ハドは立ち上がると、近くの砂の木を叩いて崩した。

 ただただ崩れて砂の山に戻るのを見たリットは、確かにここで全ての砂の木を確かめるよりは効果的だと感じた。

「まぁ、いつもと同じだよ。とりあえずやってみようってこと。結果はいつも後からついてきてたでしょ?」クーは望みは薄いかもねと笑って言った。「森が復活するだなんて、夢物語の類だよ」



「夢物語がなんだって……」とリットは頭を抱えた。

 数日後、ヴィクターが地図を作って割り出した場所には、小さな石碑があった。

 結論から言うと、それは実は大きな遺跡の一部だ。砂に埋もれてっぺんだけ出ていたのだ。

 なぜ結論からになったのか、それは土鳥の卵をはめると、途端に砂が崩れ落ちて全貌が顕になったからだ。

 砂が消えていくと、そこにあったのは緑。

 砂はあっという間に土に代わり、雑草が生え、木が育ち、水が流れて森となったのだ。

 この光景はリットにとって二度目の光景だった。テスカガンド城で闇に呑まれるという現象を解決した時と一緒だからだ。

 リットには段々土鳥の卵の正体がわかってきていた。おそらく高性能な魔宝石。テスカガンドにあったのも魔宝石を使った魔法陣だ。それにグリム水晶で作ったランプの『光』という力を使い解決した。

 リットが時間をかけて調べ上げて、エミリアがお金を使い真実を導き出し、グリザベルが知恵を絞って導き出した解決法を、全てこの一つで済ましているということだった。

「どう見たって夢物語だろう! こんな現象見たことがあるか?」

 ヴィクターは驚きに目を丸くして叫んだ。こんなに膨大な魔力が作り出す変異を見たのは初めてだからだ。

 それはハドも同じで、普段から発しないような奇声を上げて、自分で自分を囃し立てていた。

「ありゃりゃ……ちょっとハイになってるのかもね」

 クーは仕方ないことだと二人を放っておいた。

「ハイって……大丈夫なのか? あの二人は」

「魔力に当てられたんだよ。人間は魔力の器が小さいでしょ? 突然発生した大きな魔力のせいで、内なる魔力が一気に入れ替えられちゃったの。単純に言えば、高揚してるってこと。私はダークエルフだから耐性があって大丈夫だけど……リットも影響ないみたいだね。おかしいな……」

 精霊体となっているリットはクーと同じように魔力に耐性があるので、二人のようにハイになることはなかった。

 闇に呑まれる現象を解決した時は、グリザベルがしっかり魔力を抑え込んでいたので影響がなかったのだ。

 この土鳥の卵を作った魔女も天才だが、グリザベルも紛れもない天才だとリットは改めて思っていた。

「まぁ、とにかく次の行き先は決まったな」

 リットは誤魔化すように遺跡のてっぺんから発せられる光を指した。

「そうだね。あれ? あの方角って……」

「なんだ? 問題ありか?」

「問題ありっていうか……振り出しへ戻る?」

 クーは光が指し示す方向へ指を向けた。そこは、最初に土鳥の卵を持っていたカッパーライトの古城がある方角だった。






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