第十四話
「いやー情けないもんだね」
クーはヴィクターにおんぶされたリットを見て落胆のため息を落とした。
「誰のせいで足を挫いたと思ってんだよ……」
リットが歩けなくなったのは、クーが森のことを教えると無茶に連れ回したせいだった。
今いるクーはリットの子供時代のことを知らないクーだ。あれでも随分手心があったのだと、リットは驚いていた。
こっちでのクーはあくまで冒険者の一人としてリットを扱うので、基本は出来て当たり前。森ではかなりスパルタに叩き込まれた。
その結果。木の根に躓いて、足を挫いてしまったのだった。
「自分のせいでしょ。今までどうやって冒険をやってきたのさ」
「金のある奴に面倒を見てもらってたに決まってんだろ。普通は馬車だぞ」
最近の長距離移動はグリフォンを使っていたせいか、基本的に徒歩の三人とは違い、リットは疲労が溜まっていた。
「甘やかされちゃってまぁ……。私達の冒険っていうのはね。馬車が入れないようなところに行くのが多いの。木の根に躓くなんて言語道断。木から木へ飛び移って谷を越えられるくらいにならないと」
「んなの出来るか……」とハドは白い目を向けた。
「出来んな」ヴィクターはひとしき笑うと「先に宿を取るか」と足を早めた。
今四人がいるのは港町アヴァ。つまり上る滝に行く前にいた町へと戻ってきたのだった。船乗りの噂を聞くのも悪くないという判断からだ。光の向いた方に闇雲に歩くよりは、一度戻った方がいいということだ。
「まーったく足手まといちゃんなんだから」
クーはリットの頬を摘むと赤ん坊をあやすようにこねくり回した。
「こんなに根に持つタイプだったとはな……。まだ出し抜かれたこと怒ってんのか?」
リットはクーが現代で他から恨まれていた半分以上は、自分の責任なのではないかと疑い始めていた。
そして、本気の瞳で「当然。舐められたらお終い。地の果てまで追いかけるよ、私は」と言うクーの姿を見て確信した。
「もっと余裕のある女だと思ってた……」
「なぁに、私に余裕がないとでも言いたいわけ?」
「いや……ダークエルフも成長するもんだなと思ってな」
この世界に来て、リットはクーの知らない顔をいくつも見てきたので、自分が子供の頃にいたクーはかなり精神的に成長したのだとしみじ感じていた。
「当たり前でしょ。おっぱいだって、大きくなる予定だよ。それともリットが育ててみる?」
クーは小さな胸を突き出すように張ってからかうが、その胸が大きくならないことを知っているリットは鼻で笑い飛ばした。
「うわ! 別におっぱいの大きさはどうでもいいけど。その反応凄いムカつく……。えいや!」
クーが掴みかかろうとするとリットは体を捻って逃げようとする。背中で暴れる二人に、ヴィクターはやれやれと呆れていた。
それから宿を取り、リットを残して三人は町へ出掛けていった。情報を集めてくると言っていたが、八割は久しぶりの町で羽を伸ばすためだ。
そのことはわかっていたリットだが、金もなくやれることはない。宿でゆっくりしてるのが一番だと思っていたが、潮風にやられたランプでもメンテナンスしてやれば、小金くらいは稼げるかもと思い、足を引きずって港へと行くことにした。
心地良い潮風と活気が溢れる港。ちょうど船が帰港したところらしく、船乗りが積荷を降ろしているところだった。
これは渡りに船だと、リットは早速近づいて壊れたランプはないかと聞いた。
しかし、今はそれどころではないと邪険に扱われ、端に追いやられてしまった。
「まったく……海賊だって陸に降りりゃ酒を奢るってのによ」
リットが恨み言を呟いていると、目の前にお金が落ちてきた。偶然転がってきたわけではなく、明らかにこちらに向かって投げられたものだった。
リットが顔を上げると、黒いローブに身を包んだ女性が哀れみの目でリットを見下ろしていた。
「なんだ?」
「なんだではない。施しだ。足を怪我して働けなくなった水夫だろう?」
リットはなにも言わずにお金を拾ってポケットに突っ込んだ。これなら嘘を言ったわけでもなく、向こうが勝手に勘違いしたことに出来るからだ
そんなリットに不満を持った女性は「礼の一言もないのか」と言った。
「そりゃ言えねえんだ。事情があってな」
「怪我は関係ないだろう。一度出したものは返せとは言わないが……。人を助けてこんなに損した気分になったのは初めてだ……」
「それなら、先にそう言えよ。助かったよ、これで酒が飲める」
リットは空の積荷に手をついて立ち上がった。
「なんだ水夫ではないのか」
「オレはランプ屋だ。今じゃ過去……いや未来の話だな。注文があったら未来でオレを見つけくれ」
「ただの根無草か……」
女性の落胆のため息にリットは少しムッときた。
「ランプが壊れてんなら直してやるぞ。応急処置でいいならな。道具がなくても直せる方法はいくらかある」
女性は「ふむ……」と少し考えると「精霊を閉じ込められるランプはあるか?」と聞いてきた。
「オマエさん……もしかして分霊を閉じ込める気か。魔女ってのはどいつもこいつもしょうもねぇな……」
「ほう……よく魔女とわかったな」
「他にそんな変な格好をする変態がいるかよ」
「それに分霊という言葉も知っているとはな。もし知っているなら聞かせてほしい」
魔女の顔は先ほどの冗談半分の時とは違い、真剣そのものだった。
「やめとけ精霊に関わるとろくなことにならねぇよ。ちょっとの好奇心が後世までに迷惑をかけんだ。魔女ならディアドレのことくらい知ってんだろ」
「精霊を閉じ込めたいわけではない。精霊のことを知りたいんだ。私は魔女の力のあり方に疑問を持っている。四大元素という精霊の力があるのに、わざわざ四性質に分ける必要はあるのかというな。世界広しといえども魔女だけだ。四性質に固執しているのはな。魔力を無駄に細分化したことが、魔力を暴走させる原因になっているのではないかと考えている」
魔女は鬱憤が溜まっていたのか、一気に言い切ると、我に返って咳払いをした。事情をわからない男になにを話しているのだろうと。
「あのなぁ……んなこと言われもわかるわけねぇだろ。勝手にしろよ。言っとくけど忠告はしたからな。精霊には関わるな」リットはそう言って去ろうとしたのが、急に踵を返した。「もし魔女の酒を精霊に造らせるってんなら力になるぞ」
リットは結局飲めなかったウンディーネに造らせた酒をまだ諦めていなかった。この時代で造らせたなら、自分が元の時代に戻ったときはちょうどよく飲み頃なのではないかと言う考えがよぎった。
しかし、それが余計な一言だった。魔女が血相を変えたのだ。
「待て! なぜデルージのことを知っている?」
これは言ってはいけないことだと思った時にはもう遅かった。リットの腕は魔女に掴まれていたのだ。足を挫いたリットでは逃げる術はない。
そして、適当にあれこれ言い訳をしようとしたのだが、間違いだった。魔力の形態変化や精霊召喚のことなど、魔女でしか使わないような言葉を発してしまったのだ。
どう言うことかと詰め寄られたリットは、本当のことを話すしかなかった。
この判断が正しいかどうかはわからないが、海に飛び込むよりは賢明なはずだ。
リットの話を全て聞き終えた魔女は、怒るのではなく興奮に瞳を輝かせていた。
「凄い……魔女の時代が変わるぞ」
「そうもいかねぇよ。時代が変わらねぇって愚痴ってるくらいだ。それで、そっちはなんかねぇのか? 言っとくけど、これでもオレは相当困ってるぞ。怪我した水夫なんて目じゃねぇくらいにな」
「そうだな……話に出てきた魔女に、私が知っている名前はない。私が関わることのない人物達だろう。力になってやりたいが……どうにも話が大き過ぎる」
「ヒッチ・バークって名前はどうだ」
「バーク姓なら何人か知ってるけど……ヒッチは知らないね」
「魔力を利用した仕掛けを作ってるから、魔女かと思ったんだけどな……」
「彫刻家ならいるかも知れないよ。私は知らないけどね。魔女にはいない。そんなに凄い仕掛けを作れるなら、魔女の中でも相当名の売れた魔女だ」
良い情報を聞かせてくれたお礼なのか、魔女は真剣にリットの悩みを聞いてどうにかしようと考えてくれていた。
「まぁ、無理な話だな。オレを境遇を信じてくれただけでも儲けもんだ。もし帰れなかったら弟子にでもしてくれ」
「それだよ!」と魔女は急に声を大きくした。「魔女にはいなくても、弟子にならヒッチという名前がいるかもしれない」
「弟子にいても困るんだよ。未来に作られたものじゃなくて、過去に作った奴だからな」
「アンタの境遇で未来だ過去だなんてこだわるとは面白いね。もし、その仕掛けを作ったのが魔女で、その影響で過去に来たって言うなら、作ったのはいつの時代の人間でもおかしくないと思うけどね」
魔女の話はもっともだった、紋章のせいで精霊にだけ影響があると思っていたのだが、魔女が何かしら手を加えた可能性は否定出来なかった。
魔女はある方法で知り合いと手紙のやり取りをし、情報を得てくると言うので、リットは宿の場所を教えてしばらく待つことにした。
十日後、クーは宿の部屋で不貞腐れていた。
「まだここにいるわけ?」
「そう言うなクー。リットの恋を見守ろうじゃないか」
ヴィクターはリットの肩を組んで、さも理解者のように笑みを浮かべていた。
「誰が恋だって言ってんだよ。ヒッチ・バークのことがわかるかも知れないから待ってろって言ってんだ」
「騙されてんじゃないの? ヴィクターもよく騙されてるよ。知らない間に向こうが本気になってるけど」
「文句があるなら、なにか情報を持ってきたのか? なんだったら勝負してやってもいいぞ」
リットの自信満々な言い方に、ハドはよくやったと煽った。
「もっと言ってやれ。クーの悪い癖だ。辛抱ってもんを知らねえんだ」
「知ってる。でも、するだけ無駄なのも知ってるってだけ。ハドは無駄足を踏みたくないだけでしょ。無駄足こそ冒険の醍醐味なのに」
「クーが言う冒険の醍醐味を集めてたら、人生の墓場が出来るな」
「やな感じー……」
クーが不貞腐れた顔をさらに深くしていると、ドアがノックされた。
「ここに、リットという者がいると聞いたのだが」
「はい! いらっしゃい!」
素早くドアを開けたのはクーだ。この魔女の話を聞けば、今すぐにでも次の場所へ行くことができると、部屋の中に迎え入れた。
挨拶もそこそこに、魔女は早速本題に入った。
「バークは魔女名。そして、その魔女はもう死んでいる。だが、夫の名前がヒッチだ」
「魔女名を貰ってヒッチ・バークってことか? まぁ、男魔女ってのは立場が弱いからな」
「魔女もそのことを不遇に思っていたらしい。そこで、二人で協力して大きなことをしようと企んでいたらしい。そうすれば、協力した男の魔女も名をあげる。つまり夫の立場というものを守ることが出来るってわけだ」
「わーお……魔女の世界って陰湿だね。私には合わないや」
クーが口を挟むと、ハドが余計な時間を取らせるなと睨んだ。
ヴィクターが続きを話すように促すと、魔女は一瞬躊躇ってから、おもむろに口を開いた。
「その企んでいた大きなこととは、新たな力を手に入れようとしたということだ。火でも水でも風でも土でもない力だ」
リットは思わず「エーテル……」と呟いた。
「呼び方は人それぞれだ。だが、その魔女は『混沌』と呼んでいた。四つの性質を全て混ぜようとしたかららしい。そうして混沌の精霊を作り出そうとした。というのが聞いた話だ。あまり詳しいことは残されていなかったが、リットが見つけた土鳥の卵というのが、性質を混ぜるための道具なのかも知れない」
「達ね。リット達。もっと言うなら、クー達」ここは重要だとクーは食い下がった。「それにしてもまぁ……ベラベラ喋ってくれちゃって……リットも女に弱いわけ?」
魔女が土鳥の卵が性質を混ぜる道具だと思ったのは、込められた性質が変わっていたからだ。クーが感じていた熱は、湿という性質に変わっていた。しかし、熱が消えたわけではない。閉じ込められているかのように、わずかに漂うだけだ。
熱とか川の水の湿という性質で風という元素を作り出し時のように、最終的には混沌という元素が出来るのではないかというのが魔女の考えだった。
「混沌の精霊だって、高く売れると思う?」
クーの言葉にハドは首を傾げた。
「エーテルってんなら、聞いたことがある。幸せの元素ってやつだろ? それが本当なら、土鳥の卵に幸福が詰まってるのっては嘘じゃなさそうだな」
乗り気の冒険者達を見て、魔女は不安になったが、リットを見て「無茶はするなよ」と部屋を出ていき、その後二度と会うことはなかった。
魔女の自分は、これ以上リットに関わらない方がいいと判断したからだ。
「リットはどうする? 危ないと思ったら、立ち止まるのも重要なことだぞ」
ヴィクターの言葉を聞いて、リットは「そうだな立ち止まるか」と言った。
「ちょっとぉ! そこはかっこよく立ち止まるもんかって言うところでしょ!」
クーはノリが悪いとリットの背中を叩いた。
「あのなぁ……ヒッチ・バークの正体が分かっただけで、行き先は決まってねぇんだよ。一つ一つ魔女の家を襲撃して聞いて回るつもりか?」
「じゃあどうすんのさ。ブーブー」
「湿の性質が入ってるってことは、次は冷の性質を入れて水の元素を作るってことだ。そう考えりゃ」
「船に乗って大移動だな」ヴィクターはニヤリとした。「それじゃあ、情報の集め直しだ。寒い地域の不思議な現象の噂だ」
ヴィクターがハドを引きずって出ていくと、クーはリットの顔を覗き込んだ。
「リットって本当に魔女じゃないの?」
「だとしたら、さっさとこんな問題解決してる」
「だよねー。じゃあ、私達もいこっか」
そう言われクーに連れて行かれたのはただの酒場だった。




