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第十一話

「光に導かれるまま来てみたもののさ。まったく意味不明だよね。土鳥の卵って結局なんなんだろ。彫刻家と関係あるのかな?」

 港町アヴァの高台から海を見下ろしたクーが疑問を口にした。

 ヴィクターとハドは別行動。というより、本来は全員が別行動なのだが、約束の夕食を奢らせるためにリットはクーについて歩いていた。

「なかったら、あんな現象は起こりゃしねぇだろうよ。問題は『ヒッチ・バーク』って名前を誰も知らねぇってことだ」

「あらま。自分だって知らないくせに、ふんぞり返ちゃってまぁ……」

「名だたる冒険者が三人もいて知らねぇってのが、変だってことだ。あんなことを思いつく奴が無名のはずもねぇだろ」

「リットだって色々出来るわりには無名じゃん。世の中そんなもんだよ。世界を変えるような術を持っていたとしても、時代の影に消されるものなの。光って見つけられるのはほんの一部だよ」

 クーは一度大きく伸びをすると、リットの手を繋いで引っ張った。

「新しい町に来たからって、オレを連れ回す気だろ……」

「決めつけちゃって。愛の告白かも知れないでしょ」

「ありえねぇな」リットは鼻で笑った。「ショートカット。それも、ここから町まで飛び降りるとこまでわかってる」

「じゃあ舌を噛まないようにしないとね」

 クーはニカっと笑うと、助走もつけずに走り出し、真下の屋根に向かって落ちていった。

 手を繋がれたままのリットはクーという風の通りに動くしかなく、無理矢理屋根から屋根へと飛び移ることになった。

 どう嗅ぎつけたのか、それとも初めから知っていたのか、クーが連れ回す先は表立って店を開けないような商売をする者のところばかりだ。山賊兼任の情報屋や、貴族の屋敷から使わないものを盗んで執事が売り捌く泥棒市。生態系を崩す恐れがあるので輸入が禁止されている植物の種子を売る店など、とにかく犯罪と隣り合わせや犯罪そのものを家業にしている。

 その誰からも慕われ警戒されているのがクーだ。

 ヴィクターが表舞台を照らす太陽ならば、クーは裏舞台を照らす月のような存在。

 情報とは表だけでは集まりきらないものだというのは、リットもよく知っている。

 危ない店の見分け方などはクーから教わっているからだ。自分で店を持ち、闇に呑まれるという現象に関わるようになってからは、クーに教えられたことは随分と役に立っていた。

 なのでリットはどんなところに連れて行かれようと驚くことなく、ただ情報が集まらないことだけに落胆していた。

「リットがそんなにお宝に興味があったとはねー」

 クーは肩を落とすリットの背中を慰めるようにぽんぽんと叩いた。

「まぁな。今目の前に誰かがお宝の答えを出してくれても満足だ」

 この土鳥の卵が、自分のいた時代に帰れる鍵だと思っているリットは、誰よりも土鳥の卵の情報を欲しがっていた。

「またまたー。そんな玉じゃないでしょ。じゃなければ、あんなに私をいじめないもん」

「いじめてねぇだろ。んなこと出来たら、オレは世界を征服できる」

「あららー、もう忘れちゃったの? あんだけ私にいやらしい笑みを向けてたくせにさ。今だって、執拗に私にそばを離れようとしないし……。勘繰っちゃうよ、色々とね」

「いつになったら自分から言い出した約束を守るのかと思ってな」

「あーもう……わかったってば。卑しい子なんだから……。奢ればいいんでしょ、ご飯を」

「ゴネたくなるほど、高いもんを食うつもりはねぇよ。軽い食事と酒の二、三杯くらいだ。可愛いもんだろ」

「可愛くないからゴネてるの。なーんかリットに負けるのって癪なんだよねぇ……」

「そらそうだろうな。オレがクーの立場でも同じことを思う」

「その如何にも何か知ってますって雰囲気もムカつくー。まぁ、でも約束は約束。パーっと飲みに行っちゃおう」

 クーはリットの肩を抱き寄せて組むと、もう既に酔っているかのようにふらふらの足取りで酒場へと向かった。



 ヴィクターとハドが情報を集めて酒場で合流した時には、既にリットとクーの二人は良い感じに酔っているところだった。

 酔っ払いをけしかけて、このなかで誰が過去最大の恥をかいたかの暴露大会が開かれていた。

「大した趣味だな。人の恥部を暴いて楽しむとはな」

 ハドはくだらないと、酔っ払いを乱暴に手で払いのけながらリット達の席へと近づいた。

「長い人生。過去の失敗を笑える時間っていうのは大事なの」

 クーの言葉にハドは意味ありげに笑った。

「さすがダークエルフ様が言うと違うね。年季が」

「そうそう。歳上は大切にしないと。ね? リット」

 クーはリットの頬をつねりながら言った。二、三杯だと言ってたくせに、酒場が盛り上がると酒の量が増えていったからだ。

「気持ちよく奢ってやろうってつもりはねぇのか?」

「ない。お金がある時ならまだしも、今は皆金欠なの。先に言っておくけど、これ以上飲んだら、酔った体で店主を撒いて逃げることになるよ」

「金がある時に気前よく奢り過ぎなんだよ……」

「お金がばら撒かれるところに情報ありだよ。リットに出会えて、土鳥の卵の伝説が動き出したんだから、間違いなかったでしょ」

 クーはコップに残った酒を一気にあおると、ヴィクター達に何か情報があったのかを聞いた。

 ヴィクターはエールを注文すると、待ち時間にとでも言うように軽い感じで話し始めた。

「土鳥の卵と結びつくものはなかったな。水場が多いからか、水に関する伝説や噂ばかりだ。残念ながら美女に繋がるような噂はひとつしてなかった……」

 ヴィクターは心底ガッカリしたように、おでこをテーブルにくっつけた。

 しかし、エールが届くとすぐに笑顔で顔をあげたのだが、ヴィクターがエールにありつくことはなかった。

 ハドが満面の笑みでコップを奪って口をつけたからだ。

「勝利の美酒ってのはこのことだな」ハドは半分ほどエールを飲み干すと、酒臭い息を吐き出した。ヒッチ・バークってのは、どうやら彫刻家じゃなくて魔女の名前のようだ。それもな、邪法に身を染めたってんで魔女界を追放されたらしい」

 ハドの話にリットは酒のせいではない頭痛を感じていた。自分がこの時代に飛ばされた原因は、絶対に魔女の邪法のせいだと思ったからだ。

「大丈夫? 人が奢ったお酒で具合悪くなんないでよね」

 クーは子供をあやすようにリットの頭をこねくり回して撫でるが、力が抜けたリットはされるがままになっていた。

 ハドは続けた。「いいか? 魔女ってことは、やはり魔力に関係ある場所に向かう必要がある。オレが目をつけたのは、クエン川にある上る滝だ」

「オレも聞いたぞ」とヴィクターも乗っかった。「川が空に引っ張られるように上っていく滝があるってな」

「なにそれ」とクーは眉をひそめた。「上る意味がわかんない」

「だから魔力が関係してる土地ってことだろ」

 ハドの意見をクーは鼻で笑い返した。

「故意に誰かそうしてるならともかく、自然にある魔力ってのは無意味なことをしないの。そうじゃなければ、あちこち変な土地だらけ。毎日冒険者が何か新発見をしてるよ」

 クーの言うことはもっともだった。不思議な土地のほとんどが、魔力に影響されて出来上がったものだ。だが、それは人間にとってであり、他の種族によっては住みやすい土地ということが多い。

 なので意味もなく、滝が上るのはおかしいのだとクーは言っているのだ。水が必要な種族は数多くいるが、逆流がなければ生きていけない種族などいない。

 誰かの手が加えられて出来たものならば、それは異質なものである。それだけに作用するもので、他に利用出来ることはほとんどない。

「でもよ、魔女ってのはそういうことをする連中のことだろ」

 リットは過去の経験から、逆に上る滝を作る魔女の一人や二人がいてもおかしくないと思っていた。

「まぁ……そうなんだけどね……。カッパーライトのお城だって、誰かの手が入ったものだし。でもね……ね?」

 煮え切らない態度のクーにヴィクターは首を傾げた。なにか不都合があるなら、今のうちに言って欲しいと思ったのだが、クー自身もなにかわかっていない様子でまごまごしていた。

「クーらしくないな」とハドも不安げにするので、クーは居心地が悪そうに身を捩った。

「なんか変な感じってこと。なんかわかんないけど変な予感がするの」

「嫌な予感か……クーのは当たるからな」

 ハドはますます不安になり、表情を曇らせた。

「嫌な予感じゃなくて変な予感だってば。なんか起きちゃいそうな?」

 クーは自分の言葉に首を傾げた。口から出る言葉が自分のものじゃないかのように、ふわふわしているからだ。

「なるほどな……恋だな。オレもよく感じるぞ。どうにかなってしまいそうだってやつだろう?」

「違う。もしそうだとしたら、リットに責任取ってもらうからね」

「なんでオレが……」

 リットが文句を言うと、クーは生意気と言わんばかりにコップを取り上げて飲み干した。

「リットが来てからだもん。変なざわつきを感じるようになったのは。これが恋なら、愛に変わるまで育ててもらわないと」

 クーが明らかに話を逸らし出したので、三人はそれ以上何か聞くことはしなかった。クーが言葉に出来ないことなら、考えるだけ無駄だからだ。嫌な予感と断言するなら、避けて通るのが吉なのだろうが、変な予感というのは必ずしも悪いものではないからだ。

「とりあえず明日は、クエン川に向かうってことでいいか?」

 ハドが仕切ると、クーを含めて全員が頷いた。




 翌日。まだ何の変哲もないクエン川の上流を進むと、昨夜の心配そうな顔など嘘のようにクーは元気だった。

 無理してるわけでも、から元気というわけでもなく、自分勝手で騒がしいいつものクーだ。

「今度はリットがそんな顔してどうすんのさ。そんなに私が心配だったわけ?」

 クーは拾ったお気に入りの長さの枝で、リットの脇腹をつついた。

「そりゃな。あんな顔をされりゃ、心配にもなる」

 リットの言うあんな顔というのは、過去にも見たことのある顔だった。誰にも伝わらないことは飲み込んでしまうしかない。そんな顔だ。長生きするダークエルフでは、誰にも伝わらない気持ちというのがあるのだろうと、リットはずっと思っていた。

 クーがずっと明るいのも、悩んでも仕方ないという諦めからくる性格なのではないだろうかと。

 そんなリットの心配など伝わらず、クーは大袈裟な身振りで手を胸に持っていった。

「この私をドキッとさせるたぁ。なかなかやるね」

「気をつけろよ、リット。クーをドキッとさせると、一生ドキドキさせられるぞ。心臓がいくつあっても足りやしねぇ」

 ハドはいつも振り回されていると肩をすくめた。

「ちょっと、そんなんでもないでしょ。人聞きが悪いんだから」

「土鳥の卵を掘るのに使うかもしれないからって、ゴブリンの穴蔵に忍び込んで、ツルハシをかっぱらおうとして、失敗して追われたのは誰のせいだ」

「ヴィクターがゴブリン娘といちゃついて逃げ遅れなければ盗めてた」

「周辺の地図が必要だからって貴族の屋敷に上がり込んだものの、地図を手に入れる前に追い出されてのは誰のせいだ?」

「ヴィクターがベッドに貴族の娘といるのが見つかったからでしょ。誰もそこまで気に入られろなんて言ってないのにさ」

「ヴィクター!!」

 ここ最近の失敗の原因はヴィクターにあると思い出したハドは大声で怒鳴った。

「カルチェにヘルベレートか。懐かしい。二人に急かされなければ、何年でもあそこで過ごしていたことだろう」

「だから急かしたんだよ。恋多きは勝手だけどよ、いいところで刺されるってのはなしにしてくれよ。そんな葬式はいやだぞ、オレは」

「心配するな、ハド。オレはオマエのように金で割り切るような関係は一度もない。全てに愛を込めて日々を過ごしている。人生が何度もあるのならば、その全てを愛で埋め尽くしたいくらいだ」

「そういうセリフは女に言ってやれよ。オレじゃなくて」

「別に男同士愛を伝えあってもいいだろ。オレはハドもクーもリットも愛してるぞ。この世界ごと愛してるくらいだ」

 ヴィクターの言葉は大言壮語ではない。本気も本気だ。目を輝かせてとんでもないことを言っている。

 こんな男が世界を捨てて、家族の愛に生きるようになったなんて信じられないとリットは思ったが、家族もいなく冒険者をしているヴィクターのことなど前は想像も出来なかったことを考えると、時の流れというのは人を大きく変えるのだと感じさせた。

 リットの視線に気付いたヴィクターは両手を広げてリットを抱きしめた。

「わかってる。これが欲しかったんだろ。愛の抱擁だ」

 ヴィクターはリットを抱きしめ終えると、今度はクーの方を向いて両手を広げた。

 クーは「あーあ……この流れね」と慣れたようにヴィクターを抱きしめると、背中をポンポンと二回叩いて離れた。

「オレは嫌だぞ。なんで毎回毎回……チーム愛を確かめるために抱きつかれなきゃいけねぇんだよ。この間なんか街のど真ん中だぞ。酒も飲んでないのってのによ。通りがかる奴全員がじっくり見ながら歩いていったんだぞ」

「ハド」

「いやだ」

「ハド!」

「いやだっつってんだろ」

「ハド……」

「あー……なんの因果でこんなことに……」

 根負けしたハドは、諦めてヴィクターを抱きしめた。

「オレはなにを見せられてんだ……」

 突然抱擁をし合うという摩訶不思議な光景にため息をついたリットの肩を、つんつんとクーがつついた。

「そりゃもうあれさ。逆さに上る滝ってやつ。驚いたね……まるで木だよ」

 バカなことをやりながら歩いてると、あっという間に長距離を歩いたらしく、知らない間にいつの間にか森の中に入っていた。

 クーの上ずった声にリットが顔を上げると、そこには驚きの光景が広がっていた。






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