第十話
太陽が沈み、すっかり夜になってしまったので、明日に仕切り直しだと一同は焚き火を囲んでいた。
「それにしても、いったいどういうことなんだ? 城が石像だなんてどういった経緯で噂になったんだ?」
ハドは首を傾げていた。こんな特殊な状況ならば、捻られることなくストレートに噂が広まるはずだからだ。美女が石像になってしまった城があるという噂なら、皆城の中を探してしまうはずだ。離れて見ないとわからないだなんて、気付く者はほとんどいないだろう。
これが嘘の噂なら、人を惑わせるという意味を持つが、答えは確かにここにあったのだ。
リットもハドの意味がわからないという意見と同じだったが、ヴィクターとクーは違った。
「本当にわからないの?」とクーがニヤニヤ笑う。
「噂も含めた作品ということだ。これはな。なかなか粋なことをする彫刻家じゃないか」
「そういうのは回りくどいってんだよ」
ハドが言うと、ヴィクターは肩をすくめた。
「冒険者ならもっと夢を見ろ。夢を見るからこそ、夢物語を現実に出来るんだぞ。なぁ、クー」
「そうそう、見つけたのは立派だけど。これじゃあ、減点だね」
「じゃあ、現実的な話をするか」リットは泥炭を火に焚べながら言った。「オレらの目的は美女の石像を見つけることじゃなかったはずだ」
「まぁね。土鳥の卵と関係してるのかどうかさえわからないんだから、困ったものだよ。この城が人間に戻ったら巨人だもんね」
クーまで夢のないことを言い出したので、ヴィクターは鼓舞するように声を大きくした。
「おいおい、夢が覚めるならせめて朝になってからにしてくれ。それに感じるだろ? あの彫刻の美しさ。絶対に何かあるはずだ」
「ヴィクターが言うならそうかもね。でも、それが何かって話なの? なんか思い当たることあった?」
「ない」
ヴィクターはきっぱり言い切ってガハハと笑った。
というのも、今までは石像を探すと言うことが前提の探索だった。目的が違えば見つかるもの違うと、ヴィクターは前向きなのだ。
「彫刻家の名前とかわかんねぇのか? 芸術家って奴は、嫌味ったらしく名前を残すだろ」
ハドの言葉にクーがニヤッと笑うと、からかうように肘で肩をつついた。
「夢見出しちゃって。素直になりなよ」
「これは現実的な話だ。わざわざ捻くれた噂まで流すなら、名前を残すだろうよ。オレならそうする。名前を見つけて、ムカつく顔を思い浮かべるまでが作品だ」
「見つかるなら、それも知っておいた方がいい情報だろうな。明日は忙しくなるぞ。城の中からだけではなく、離れたところからも探索しなければいけないからな」
「つまり、それを見つけた人が本当の勝ちってことだね」
クーはうんうんと頷きながら、さも良い考えかのように言った。
「それ、勝つまで伸ばす気だろ」
リットのつっこみに、クーは余裕綽々に笑った。
「それは現実的に考えて? それとも夢物語?」
「オレにとっちゃ全てが夢物語だ」
リットはこんな世界にいる自分がなにを言っているのかと自嘲気味に笑ったのだが、ヴィクターは満点の答えだと言わんばかりの笑みを浮かべた。
「そうだ! それでこそ冒険者だな!」
「もう、それでいいよ。訂正したところで、何か変わるわけでもねぇしな」
リットは先に一人横になったのだが、ヴィクター達の話はしばらく止むことはなかった。
明日のことについて真面目な話をしているのかと思えば、会話の内容はくだらないものばかり。よっぽど気の合う者同士が集まったのだろうという感じだった。
きっかけがなんだったかは知らないが、しばらく冒険を共にしている様子なので、昨日今日集まったばかりではないというのはわかる。
ヴィクターとクーが昔馴染みだったのは知っているが、まさかハドと昔馴染みだとは思っていなかった。
だが、別に不思議なことではない。ハドの他にも数人。ヴィクターの冒険者時代の仲間というのは存在しているし、実際にリットも会ったこともある。
そう考えると、ただ仲が良いだけでは続けられないのが冒険だ。
自分がいつまでついていけるかわからないが、しばらくこの輪に加わっているの悪くないとう気持ちがあるのは、否定のしようもない事実だった。
もう少し皆についていけるようにと考えている間に、リットは寝てしまっていた。
翌日。リットの目覚めはヴィクターが模したニワトリの声だった。
「うるさい!」
クーは容赦なく大きめの石を当てるつもりでヴィクターに投げつけたのだが、ヴィクターは軽々避けるとガハハと笑った。
「当たらん当たらん!」
「本当に子供なんだから……」
ヴィクターが騒ぎ続けるつもりだとわかったクーは、諦めて起きることにした。
「まだ朝日が顔出したばかりじゃねぇか……」
クーのあくびがうつったリットは、大きく口を開けると気のない声を漏らした。
「言ったでしょ。子供なの。今日のことが楽しみでしょうがなくて、ほとんど寝てないんだよ。ハドなんか夜中に何度も起こされて、ほら……」
クーが指した場所では、ハドがリュックに頭を突っ込んで寝ている姿だった。手までもすっぽりリュックの中に入っているので、リュックの中で耳を押さえて寝ているのか容易に想像できた。
どうやら一晩の間にひと騒動あったらしい。
ヴィクターが大して寝ていないのは確かで、焚き火の炎は消えることなく、朝食の用意まで既に済んでいた。言葉にはしなくても、早く食べて探索をしようと言っているのが丸わかりだ。
「いつもこんな朝なのか?」
リットは煮沸された飲み水に手を伸ばした。ちょうどよくぬるくなっていて、起き抜けの体にはちょうどいい温度だった。
「ヴィクターが張り切ってる時はね。ハドが張り切ってる時は容赦なく鍋を叩いて皆を起こすし、私が張り切ってる時は優しく可愛く極上の目覚めを約束するけどね」
「極上の目覚めってのは、水をぶっかけられたり、ベッドから蹴り落としたりのことか?」
「あらら……バラしたのはヴィクターだね」
クーは城に上って朝日を浴びているヴィクターを睨んだが、リットはヴィクターから聞いたわけではなく過去の経験から知っていただけだ。
自分だけが過去を知ってる状況。本来ならばそれを利用して優位な立場に立てるのだが、この三人にそれは通用しない。個性が強すぎるせいで、リットの予想を遥かに超えてくるのだ。
それは三人にしても同じことで、リットが現れてから急に物事が動き出したのだ。彼には何かあると思わずにいられなかった。
しばらくして目の下にクマが出来たハドが起きてくると、朝食を済ませて昨日の探索の続きが始まった。
「どう思う?」
クーは崩れた外壁のヘリになった部分に肘を乗せると、遠くに歩いていくリットとハドの背中を見ながらヴィクターに聞いた。
「どうとは?」
「素性に決まってるでしょ」
「クーがそんなことを気にするなんて珍しいな。本人に聞いてみればいいだろ」
「聞くのはどうなんだろうってこと。大好きなおとぎ話みたいな感じ。その先を知ったら物語が終わっちゃうような。ねね、ヴィクターから聞いてみてよ」
「オレは全然気にならん。リットが神だとしても、精霊だとしても、ただの人間だとしてもな」
「ただの人間ねぇ……それにしては知識が豊富過ぎると思うんだけどね。たまにする魔女の話とか、本人は軽く話してるけど、あんなもん国家機密並の情報だと思うよ。だってウィッチーズ・マーケットなんて、魔女が箱にしまって大切に鍵をかけたような情報だよ」
「それじゃあ魔女なんじゃないか。リットは」
「男に名を残した魔女がいないのを、ヴィクターが知らないわけないでしょ」
「それはオレが魔女にならなかっただけの話だ。オレが魔女に興味を持てば、今頃空でも飛んでる」
「大した自信をお持ちのご様子で」
クーは唇を尖らせて、離れすぎてほとんど影の点になったリットをまだ見ていた。
「クーがそこまで勝ち負けにこだわるのも珍しいな。いつも勝ち負けは口にするが、遊びみたいなもんだろう?」
あれこれリットのことについて聞いてくる理由は、ヴィクターにはお見通しだった。
「わかんないけど、負けっぱなしは絶対ダメだって。長年の勘が叫んでるの」
「ダークエルフ長年の勘とは年季が入ってるな」
ヴィクターが笑うと、クーが眉を寄せて振り返った。
「なんか余裕ぶってるけど、ヴィクターもこのままじゃリットに負け越しだよ」
「それはない。オレはもう答えを見つけたからな」
ヴィクターが見上げた先には塔。さらに言えばてっぺんの屋根だ。遠目にはなんの変哲もない屋根だが、近付けばこれ見よがしの穴が空いていた。ちょうど土鳥の卵がハマる大きさだ。
「わお……ヴィクターにしては随分嫌味なことを……。あの二人、もう見えなくなるとこまで歩いて行っちゃったよ」
「それでいいんだ。オレは答えを見つけたが、理由を見つけていないからな……。この城と土鳥の卵の関係性がな。きっとリットが見つけてくれるだろう」
「その勘はハズレだね。なぜなら私が見つけてくるから」
ヴィクターに出し抜かれたクーは、リットには負けるかと城のてっぺんから飛び降りて掛けて行った。
「まるで姉だな。負けず嫌いの」
ヴィクターはクーの背中を見送ると、いい天気だと空を見上げて笑みを浮かべた。
「いいか? 芸術家にろくな奴はいないぞ。ろくでもないから芸術家になるくらいだ」
ハドは面倒な仕掛けを用意してくれたと、彫刻家を恨んでいた。おかげで大回りで城の周りを歩かなければいけない。
「その言葉が正しければ、オレもハドも芸術家になってなけりゃおかしい」
「文句は受付ねぇぞ」
「文句というより疑問だな。芸術家の作品ってのは見られてなんぼだろ。日の目を見なくていいってのは、金持ちの道楽くらいなもんだ」
「確かにな。芸術家ってのは、一部を除いてほとんどが貧乏暮らしだ。金もいらないような儲かってる芸術家なら、特徴も名前も限られてくる。あれは誰にも該当しない。かと言って、自然に出来上がったもんじゃないってのもわかる。作った奴は変態ってことだな」
カッパーライトの歴史が嘘でも実際に存在していたとしても、こんなところに彫刻を残すのはバカに決まってるとハドは不機嫌に鼻を鳴らした。
「それには同意だな。まさか湿地の沼を使って名前を書くような変態じゃねぇだろうな」
「酔っ払いの立ちションみたいにか? 小便で出てきた石にはお似合いかもな。一部の有翼種族くらいにしか見つからねぇもんは残さねぇだろ。仮に名前があったとしたら、浮遊大陸から丸見えだから話題になってるだろうしな」
「名前を隠す必要があるってことは、誰かに依頼されて金をもらったってことかもな。報酬が貰えりゃ、これで名前を売る必要もねぇからな」
「どちらにしても、名前が必要なのには間違いねぇ。作者か依頼主か。名前がわかりゃ、目的がわかりやすいってなもんだ」
ハドとリットは喋りながら城を遠くに見ながら一周したが、何も見つかることはなかった。
それから、もう一周してみたのだが結果は同じ。
太陽の位置が傾いてきたので、城へと戻ることにした。
「ヴィクターの勘も外れたようだね」
浮かない顔で戻ってきた二人を見てクーが言うと、ヴィクターは笑った。
「クーのもな」
リット達とは別行動で城を遠くから見ていたクーだが、結局何も見つけることはできなかったのだ。
「結局ヴィクターの一人勝ちだね」
「ちょうどいい、夕方になる。早速穴にはめてみよう」
ヴィクターはリットとハドを、見つけた屋根上の穴まで案内した。
「確かに穴だな。でもよ、入れてどうなんだ?」
ハドの疑問にヴィクターは肩をすくめた。
「さぁな。試しにはめてみても何も起こらなかった。でも、女の石像が現れたのは、夕陽を浴びたからだ。同じ条件なら、どうなるかわからんぞ」
言いながらヴィクターは穴に土鳥の卵をはめた。
今はまだ空の色がうっすら変わりはじめたくらいなので変化はない。昨日、石像の女が現れたのはもっと夕日が強くなってからだ。
期待と不安。それにどうせダメだろういう諦めの気持ちが渦巻くなか、時間だけは変わらずにいつも通り流れた。
そして、誰もが夕焼けだと認める空の色になると、急に辺りの気温が上がったのだ。
吹き出す汗を拭って見た光景は、夕日の光が土鳥の卵を真っ赤に焼いて輝かせているというものだった。
炉で燃された鉄のように真っ赤に輝くが、溶けるようなことはない。
輝きが光に変わるのは一瞬だった。空を射抜く矢のように、まっすぐ光の線を反射させたのだ。
「あの方角は……ボルド湖にクエン川。それにモールポイント海岸がある。何かと水に縁がある土地だね。光を辿れってことなのかな?」
クーは見えるわけもない光の先を見ようと目を凝らした。
ヴィクターとハドも光の先を見ていたが、リットだけは違った。
たまたま目に入った光っている土鳥の卵の中に出来た影を見ていた。
そこには人の名前か土地の名前かわからないが『ヒッチ・バーク』とサインされているように見えた。
そのことを報告したリットに飛んできたのは「ひねくれもの」というクーの言葉だった。
「普通は光が指し示す方角を見るものでしょう。なに呑気に光の元を見てるのさ……」
リットの目に入った理由は、どういう理屈で光っているのかという疑問からだった。冒険者の三人は次を示す光に目を奪われたが、ランプ屋のリットは光源のほうに興味があった。ただそれだけの理由だ。
「負けたのは現実か、それとも夢物語か好きに選んでいいぞ」
リットに勝ち誇った笑みを浮かべられたクーは、イーっと不機嫌に歯を剥き出しにしたのだった。