そんな馬鹿な、少女ダンスアイドルは恋敵か? その1
疲れてはいるが、今日も店を開けなければいけない。
そうさ、大家さんも来るんだ。
そんなわけで起き上がり服を着替えて、早速朝ごはんを作る。
自分の分以外も作るなんてことは、ここ神戸に来て初めてだった。
目玉焼きとベーコンを炒めたもの、それと野菜に少々ドレッシングをかけてワンプレートにする。
そこへ軽く焼いたソフトフランスパンを添える。
机にはソフトフランスパンを漬けて食べられるようにオリーブオイルを小さな皿に入れておく。
そして今日の飲み物は店でも出しているハーブティーだ。
メルはというと、おとなしく寝てなんていなかった。
メルは元気に起き上がっていた。
もちろん濡れて破れた服の代わりに僕の服を着せた。
メルは朝食をなんか感激しながら食べていた。
「おいしいな、これどうやって作るんだ?
作り方を教えてくれないか?」
「目玉焼きは学校の授業で作らなかったか?ベーコンは炒めただけなんだかどね?」
本当に不思議な男だ簡単な調理をしただけのモノにこんなに感激してくれるなんてね。
ほんとこっちが驚くよ。
そういえば僕もこちらに来たばかりのときはそんな感じだったな。
学校では目玉焼きなんか作らなかったもんな。
僕は親近感を覚えた。
そう、なんとなくだけどメルはあの時の僕と雰囲気が似ているんだ。
今では田舎者と言われればそうかもしれないが?
何もかもが新鮮で驚きの連続だった。
なんか昔の自分を見ているようで、懐かしさと同時に彼の力になってやりたかった。
しかしメルの症状は改善はしているのだが肩には不信の|病楔≪くさび≫が残っていたはずだ。
普通だったら精神的に塞ぎ込んでしまうはずなのだがメルはそんなことは微塵も見せない。
その彼の明るさは何処から来るのだろうか不思議だ。
考えられるのは、不信感はある特定の人に向けられたものだという可能性が高いかもしれない。
それも彼にとって相当大事な人ではないだろうか?
そんなことを考えているとメルが不思議そうな顔をして質問をする。
「ところで、どうやって俺の病気を治したんだ?」
うそを言っても仕方がないので、本当のことを答える。
「僕の魔法で治したんだ」
メルは驚いたような顔をして「お前魔法使いなのか?」と大きな声で叫んだ。
彼はあっさり魔法を信じた?
というか逆に『魔法使い』かと聞かれるとは驚きだ。
「そうだよ、魔法使いさ、魔女じゃないよ」
考えて見ればこの世界での魔法使いの扱いは酷いからね。
僕もあまり魔法使いだとは言わなくなっていた。
言っても『冗談だよ』と付けてしまう癖まである。
メルは感激したような顔で何度も頭を下げながら。
「ありがとな、本当に助かったよ。
実はもうだめだ死んでしまうんじゃないかと思ったんだ。
ほんと命の恩人だ。
こんなところで魔法使いにあえるなんて俺は幸運だ」
しかしメルは不思議だった。
本当ならもう二、三日は寝ているのではないかと思ったのだが、今の彼は本当に元気に見える。
ご飯を食べ終わると、すぐにメルは立ち上がって僕の傍に来た。
「ご飯の作り方を教えてくれ」
「今か?、今はだめだよ店を開けないといけないんだ」
するとメルは少々落ち込んだようになったが、すぐに元気なメルに戻る。
「じゃ後で教えてくれ、というか、それまで何か手伝わせてくれないか」
「良いよ、助かるよ、でも体は大丈夫なのか?」
メルは片腕を上げて力こぶでも作るかのような仕草をしながら「ああ、すこぶる正常だ!!」と答えた。
それから大家さんが来て、いつもの日常が始まった。
昼休みにご飯を作るのだが、この時にメルに目玉焼きとか数品のおかずを作る実演をしてやった。
またしてもメルが感激しながら食べたのは言うまでもない。
そして時間は過ぎて、数時間経った時・・・・・
メルの前に、ど派手な衣装を着たグラマーで大柄な金髪の女性が現れた。
そのままメルが対応した。
「いらっしゃいませ」
「シロンは居るかしら?」
「シロン?」
「そうそう、シロンじゃなくて、シロ?。そうシロよシロ?違うわねシロウだったかな?、ともかくこの店のオーナーよ、居るかしら?」
メルはおかしな客だなと思ったのか、俺の傍まで急いでやって来て客だと知らせた。
「志朗、お客さんだよ?あんなケバイお客さんと知り合いか?、お前も色々な趣味をしているな?まっ、とってもグラマーなのは認めるけどね」
その特徴を聞いただけで予想がついた・・・
「あ・・たぶん・・デリカ教授だな・・・」
「教授って学校の教授?」
「たぶん、そんなものだけどね・・・」
メルが不思議そうな顔をしていた。
「そんなもの・・・外見だけじゃなくて相当変わった人なんだな?」
うちの店には来客用の部屋は無い、唯一奥の部屋を大山さんの施術用につかっている部屋があった、メルにその部屋に案内してもらった。
案内されている最中にデリカ教授はメルにお茶の注文をする。
「少年、ついでにおいしいハーブティーを頼むわ」
「少年?もう少し年齢は行ってますよ。ちなみに名前はメルです」
「ほうメルというのか、覚えておくよ」
「しかし大きな胸ですね、全部本物ですか?」
「正真正銘全て本物だぞ、少し顔を埋めてみるか?」
「いや、窒息しそうなので止めておきます。別の機会にお願いします」
部屋に入るとデリカ教授はハーブティーがくるのを待っていた。
そしてメルがハーブティーを置いて外に出ると、真剣な顔になった。
「シロン!!、何をやったか分かっているだろうな、始末書ものだぞ、強制送還もありうる・・・」
「はい・・・」
やはりバレたか、そうだろうな『違法治療』だもんな。
ただの見習いが人の命の掛かった病気の治療をすることは禁じられていた。
当たり前だ未熟な治療は人の命を危うくする。
もっとも普通見習いは治療をしない、なぜなら治療なんて出来ないからだ。
僕は聖花草を探している間に、この世界の医療の知識をネットで学習しながら治療方法を色々と実験していた。
そうしている間に、この世界と自分の世界のハイブリッドな治療方法が身についていた。
いつしか簡単な病気であれば治療できるようになっていた。
今回は違法治療だとは分かっていたが、メルの命の炎は消えかかっており、他に選択肢は無かった。
でも、やっぱり『強制送還』・・・その恐ろしい言葉で頭の中がいっぱいになる。
そうだ僕の夢「医療の道」が閉ざされるかもしれない。
「シロン、シロン!!」
その声で気が付いた。
「どうやら自分のやったことに気が付いたようだな」
そう言いながらメルが持ってきたハーブティーを飲むデリカ教授。
「うむ、なかなかこの世界のハーブティーはおいしいわね。
それもそれなりの効能がある植物のようね」
「そうですね、いくつかのポーションへの応用が出来そうかなと実験はしています」
「そうか、お前ポーションまで密造しているのか?」
「密造?・・・いや、実験ですよ、実験、決して人に試そうとは思っていません」
「そうか、とりあえず信じてやる。もしその実験で作ったものがあるのなら一本よこせ」
「どうするんですか?」
「ハーブティーからどのような成分が抽出できるか調べるのさ」
「お前の顔を見て安心したわ。
お前は患者の命を一番に思い遣ったのだ。
そして最善を尽くすという使命を果たし命を救ったのだ。
任せておけ、お前はここに居て聖花草を探すが良い。
大体この世界でやったことは、我が世界の法律では裁けない。
だから教育省には私から『良しなに』話しておく」
「でも、世界は違うが同じ命です、僕のやったことはやっぱり『違法治療』です」
「お前はちゃんと判断したのだろう。
『魔法しか救えない命』だと。
そして魔法使いを呼んでも間に合わない、つまりメルとかいう男が死んでしまうと考えたのだろう。
-- その判断は正しいかった
メルという男は助かった。 --
それとお前は何時もこのポーションのように日々精進しようと頑張っている。
だから命を助けることが出来たのさ」
「みんなは、もうとっくに聖花草を収取することなんか終わっている。
でも僕はまだ何も…、だからと言って医療を諦められません。
だから出来ることをやっているんです。
最も聖花草を収集できていないから、まだまだポーションすらまともに作れない。
だからかな、今は覚えたてのこの世界の医療の知識も総動員して何とか医療の道を突き進むしか無いんです」
デリカ教授は、彼女の傍にいつの間にか集まったネズミとネコの頭をなぜていた。
「ふふふふ、お前のことは何時もこの動物たちが見ている。
お前は本当に熱心だな、普通は二年でこの状況なら医療の道など諦めてしまうのにな」
「あきらめませんよ、それより獣魔ですか、魔獣ではありませんけど?」
「そんな大層なものではないわ、使役している動物達よ。
この世界の情報収集用に数百匹は派遣しているのだ」
はぁ?聞き間違えだろうか数百匹・・・
「数百匹ですか?」
「当たり前だろう、多いときは生徒を何十人もこちらに派遣しているのだ。
色々と情報収集は必要なのよ」
聞き間違いではないらしい、隠し事なんかできないな。本当にこの人には勝てないよ。
「私は教育省と相談してくる。
まっ大丈夫だ私に任せておけ。
あんまり無理をして『人体実験』をしすぎるなよ」
「失礼だな人体実験ではないです」
僕はなんか必死で言い返していた。
だが驚くことは、この後も続くのだった。
部屋から出るとなんか騒がしかった。
「お前の店は、よく流行っているな?」
そう言われている僕が驚いていた。
女子学生や女の人で店がいっぱいだった。
デリカ教授を店の前まで送った。
そして少し前に実験的に作ったポーションを一瓶デリカ教授に渡した。
「なんと美しい透明な緑色なんだ。
本当に見事な色のポーションだな。
それでは良い知らせを待っておけ」
「ご迷惑をおかけいたします、よろしくお願いします」
ここは、それしか言うことが無い。
そしてデリカ教授は帰って行った。
問題は店だ、どうなっているんだろう?と思っているとメルの声が聞こえて来た。
「志朗、ケバイ姉ちゃんは帰ったのか、そんなことより卵とパンが無くなった、補充してくれ」
「えっ、どういうこと?・・・」
僕はこの後、メルの特殊な才能を目の当たりにするのだった。