魔法使い、お手伝い君(メル)を拾う②
タクシーの中で震える男。
僕は寒さ対策も兼ねてカッパを着ていたのでそれを男に着せる。
それでも震える男、そしてうわごとのように何か呟いているが聞き取れない。
川の中に居たのだから、震えるのは分かるが少し異常に感じた。
「大丈夫か・・・」
そう男に問いかけるが返事はない。
運転手さんが心配して声をかけてくれる。
「このまま病院に行こか?」
「いや大丈夫です、少し飲みすぎて酔っぱらっちゃっているんです、うちで休ませますから大丈夫です」
さっきの男の状況から見て病院には何か行くことができない理由があると思った。
だから咄嗟にそんな言葉が出た。
「酔っ払いの介護は大変やな」
運転手さんはそれ以上何も言わなかった。
少なくとも酒の匂いもしない調子が悪そうな男を酔っ払いと言い張るのだ、怪しいと思っていても不思議はない。
「着いたで、ちゃんと寝かしてやれよ」
運転手はそう言うと、代金を受け取ると帰って行った。
男の意識はほとんどなく、男は重たい人形のようになっていた。
そのまま抱えるようにしてマッサージを施術する部屋に連れて行った。
どうも男の様子がおかしい、心臓の鼓動が小さくなって行くような気がする。
「そんな外傷はほとんど無いのに何故?」
男の濡れた服を脱がすと理由が分かった。
男の体には多くの腫物が発生していた。
「|毒気≪どく≫それも酷い症状を顕現させている|毒気≪どく≫だ」
直ぐに原因を探し始めた。
「|病楔≪くさび≫はどこだ?」
病気という漢字を見ればわかる通り半分は気なのだ、つまり|毒気≪どく≫とは病気の原因になる気のことであり、特に悪い症状を発生(実体化)させる気を|毒気≪どく≫と呼んでいた。
それらは本人の気だけではなく他人からの悪い思い・感情、例えば恨みや嫉妬等も|毒気≪どく≫となり、時には動物や植物から|毒気≪どく≫が発せられる場合もある。
通常は|毒気≪どく≫はすぐに症状に変わり病気となるが症状が長く影響をするような|毒気≪どく≫の場合、見える形になり体に居座る、それを|病楔≪くさび≫という。
|毒気≪どく≫の学習、魔法学校では見分け方までを習う。
実は|毒気≪どく≫や|病楔≪くさび≫は普通は目に見えないのだが数年かけて確認ができるように教育される。
だが治療にかんしては症状に合わせたポーションの作成が必要で実体化している症状に関しては治癒の魔法を含め多くの知識が必要だった。
つまり見習い魔法使いの僕には治せない、だがそんなことは忘れていた。
「あった」
肩のあたりに|病楔≪くさび≫があった。
「原因は不信と嫉妬か」
不信、それは裏切りや不実から生まれる|毒気≪どく≫である、それだけじゃない男の体には消えかけている嫉妬の|病楔≪くさび≫があった。
|病楔≪くさび≫になる程の嫉妬を長期間受け続けていたのだろう、そのために体中に腫物が実体化しており、最悪は脊髄に実体化しいる腫物が原因で体が動かせないのだ。そして不信が男の心臓を圧迫くする症状を現実化させていた。
「嫉妬の|病楔≪くさび≫は消えかけているが問題は実体化している腫れを治療しなくては体は動かないだろう。。。それと不信の|病楔≪くさび≫は本人が発生させているから今は取り除けないが心臓を圧迫している症状を軽減させないといけない」
まずは心臓を圧迫している腫れを治療し始める。
必要なポーションを作成開始する。
|病楔≪くさび≫への対処は難しい、それは原因が分からなければ対処は出来ないからだ。でも不信ということだから特に精神を安定させるためのポーションを|病楔≪くさび≫対策の効能と混ぜて作れば良いのだと考えた。
ここで特定ポーションは効能を作る術式があれば作成できる。
つまり見習いの僕でも今まで蓄積して来た効能術式から作成できる。
そしてここでハーブティーを扱ってきたことでハーブティーから蓄積した効能も役に立っていた。
体の中に必要な術式により特定ポーションが作成され始める。
そして魔力を手に集中させて効能術式を使ってそれを治癒の光を放つ魔法として顕現させる。
これは大山氏に施しているマッサージと同じ治癒魔法である。
大山氏も原因はまだわかっていないが|病楔≪くさび≫が有り|毒気≪どく≫の実体化により足が相当悪い状態になっている。
これを完治とまで行かないが治療できるまで治癒魔法が出来上がっていた。
ただ大山氏の場合|病楔≪くさび≫が無くならない限りこの治療は続けなければならない。
準備をしている間も、だんだん小さくなって行く男の鼓動と浅くなっていく呼吸。
思わず言葉が出てしまう。
「生きようとしなければ助からないぞ、なに諦めているんだ、生きろよ!!」
男の口が開き弱々しく言葉を呟いた。
「良 い ん だ・・・」
「良くない!!、さぁ薬を飲むんだ」
そう叫ぶと、唇を重ねた。
飲む力もなくした男に、口移しで出来立てのポーションを飲ませる。
その後も力の続く限り治癒魔法を続ける。
心臓の腫れはだんだん小さくなって行く、そして男の鼓動は大きくなっていく。
ただし不信の|病楔≪くさび≫が無くならない限り再発するだろう、本人の気持ち次第というべきだろう。
この段階で心臓が通常鼓動になったので体を動かすための脊髄にできた腫れを治療し始めた。
こちらは|病楔≪くさび≫が消え掛けているから完治可能なはずだった。
だが影響期間が長かった分相当な治療時間を必要とする。
最低限体を動かすのに必要な治療を・・・そう思っていてもほとんど魔力は残っていない。
不信を持ったまま体が動かないなんて、そうさ考えることが悪い方向にしか行かないだろう。
気力を奪うことはあってはならない。
生きる気力が無ければ「不信」がこの男を殺してしまうだろう。
「魔力、魔力が欲しい・・・」
魔力は尽きかけて絶望に近い状態になっていた。
治癒の光が薄くなって消えていく・・・
もう駄目だと思った瞬間、声が響いた。
「ランクアップボーナスで魔力上限のリミッタが解除されました」
体が熱くなって大きく膨張するような感じがすると魔力が一気に回復していった。
魔力を持つ僕たちは、子供のころに魔力が暴走しないようにリミッタが設定されている。
そしてランクにより段階的にリミッタが解除される。
そういえばFランクにランクアップしたんだった。
魔力を振り絞り必死に治療を続けた。
なぜ僕がそこまで必死にならなければならないのか理由は分からない。
それでも気が遠くなって倒れるまで。
倒れた時、冷たい感じがしたが、やがてそれは暖かくなっていく。
そして何かに抱きしめられる感じがすると暖かいもので包まれている感じがした。
記憶はそこまでで、朝が来た。
暖かく柔らかいものの上で目が覚めた。
俺は男の胸の上で気を失っていたようだった。
「ごめん・・・重かったよね」
そういうと飛び起きた。
男は少し微笑むと弱々しい声で答えてくれた。
「大丈夫だよ、こんなに体が軽い朝は久しぶりだ」
「そうか、よかった、頑張った甲斐があるよ、お腹へっただろう、ご飯にしよう」
その時、名前も知らないことを思い出した。
「そうだ、名前教えてくれるかな、もし教えられないなら愛称でも良いよ」
男は少し考えていたが、すぐに返答した。
「メルク・・・、いやメルと呼んでくれ」
「そうかメルか、僕は志朗だ。よろしく、じゃあ朝ごはん作るよ」
そういうと僕は立ち上がり、メルも立ち上がった。
「えっ?」
僕は驚いた。
|毒気≪どく≫の実体化した腫れがメルの体から消えていた。
僕の治療魔法では全部は消せるはずがなかった。
ただ、メルの肩には不信の|病楔≪くさび≫が残っていた。