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「キラキラ世代」

「今回新発売されたXですが、前モデルのQに比べ、多くの機能が追加されており、大いな人気を博しています。今回は....」


空中に映しだされた女性が興奮気味に紹介されている商品を語っているのを横目に、エソプレッソメーカーのボタンを押す。

全自動で淹れられたコーヒーを片手に「男」はゆっくりとソファーに腰を下ろした。

窓から見える空は少し淀んでいる、聞いていた通り今夜は雨が降りそうだ。

時計は16時を指している。昨日はなかなか寝付けなかったので、強制睡眠のアイマスクを着用して眠りについた。

それもあってか寝すぎてしまい、頭が少し重い。

男はコーヒーの香りをぐっと吸い込み、カフェインを喉に押し込んだ。


あと2時間もすれば「主人様」が帰ってくるだろう。それまでに掃除・洗濯だけでもしておかなければ。

男は重い腰を上げ、掃除機の元に向かう。少し迷いはしたが、5分もかからずにお目当ての場所にたどり着けたのは調子がいい。

スイッチを入れると球体型の掃除機は静かな電子音を発する。


「こんにちは。本日はどこを掃除しますか?」

軽快な声が静かな部屋に響く。個人的には若い女性の声がよかったのだが、主人様とは意見が別れて結果少年のボイスに決まった。

「5日ほど掃除をサボっていたから、今日は全体を頼む」

「承知しました。所要時間は約20分ほどです。終了次第お声がけします。」

そう残すと球体の身体を転がしながら、「少年」は掃除を始めた。


あとは洗濯を行うだけだが、まだ頭はもやもやしていて動くのが億劫だった。

だが昨日家事を少しサボっていた事で主人様にチクっと言われたばかりだったので、今日はある程度片付けておかないといけない。

ふうとため息を漏らし、洗濯機に向かおうとしたその時、男の目の前の「空間」が光と音を発した。

男がその光に触れると「母」と表示される。

母から連絡、それも電話とはえらく珍しい。何かあったのかと胸に一抹の不安を抱えつつも電話を取る。


「もしもし」

「あっ、もしもし、男?今大丈夫?」

久々に聞いた母の声であったが、声から緊迫感が伝わり、やはり何かあったのか、と察する。

「うん、大丈夫。どうした?」

「急にごめんね、実はお婆ちゃんが倒れて入院したの」

母の言う「お婆ちゃん」とは男から見ての祖母である。歳は今年ちょうど100歳を迎えており、正月に実家に寄った際も最近あまり体調が良くないとは聞いていた。

「まじか、大丈夫?俺が何か出来る事ある?」

「うーん、お医者さんが言うには命に別状はないらしいけど、歳も歳だし万が一のこともあるかもって...。

男も忙しいとは思うけど、今度暇を見て逢いに来て上げてくれない?」

「わかった、主人様にも聞いておくよ」

「ごめんだけどお願いね。それとお婆ちゃんの前で『主人様』の話はやめてよ」

祖母たち「ゆとり世代」は主人様の事を嫌っている人が多いが、祖母も御多分にもれずその一人だった。

「わかってるよ、それじゃまた連絡する」


電話を切り、祖母の事を考えながら洗濯機へ向かう。

男が子供の頃は100歳まで生きればお昼のニュースに取り上げられてもおかしくないほどの長寿だったが、医療が目紛しい発展を遂げた今、100歳という高齢者もそこまで珍しくはなくなって来た。

とはいえ高齢者は高齢者であり、平均寿命も上回っている。

最近はあまり会えていなかったが、初孫ということもありよく可愛がってもらっていた祖母。元気になればいいが、と考えているうちにハッとした。

考え事をしながら歩いているうちにどうやら迷ってしまったようだ。

時計は17時を指しており、もう1時間もすれば主人様が帰ってくる。

まずいと思い、男は目の前の空間に手をかざす。するとまた光が現れた。

「洗濯機までの道のりを表示して」

男が光に声をかけると、光は矢印に変わり向かうべき方向を指し始めた。

最初からこうすればいいのだが、主人様からますます頭を使わなくなるから、と家に中でのナビは止められている。


少し早足で洗濯機まで向かい、スイッチを入れる。

「家の中の洗濯物を全て頼む」

洗濯機からの応答を待たずに男は声をかけた。

「承知しました。所要時間は40分ほどです」

動き出した洗濯機の背中を見つめながら、男はふうと胸をなで下ろす。

これなら主人様が帰ってくるまでには間に合いそうだ。

男はリビングまで何度か道を間違えながらも戻り、再度ソファに腰をおろした。


外はパラパラと雨が降り始め、暗くなってきた。

もうそろそろか、とぼーっと考えていると玄関から鍵を開ける音がした。

男はすぐに立ち上がり、主人様の元へ向かう。

「おかえりなさい、主人様」

「ああ、男、ただいま」

主人様は少し疲れた様子で服を脱ぎ始め、部屋着に着替えた。

「あ、洗濯してくれたんだ、ありがとう」

「いえいえ、むしろ遅くなりすみません」

男は答えながらキッチンに向かい、メニューを見る。

今日はよく動いたせいか程よく空腹だったので、カレーライスの大盛りを注文した。

3分も経たないうちに食事ボックスに届けられたカレーを手に取り、テーブルにつく。

主人様も少しくたびれた体を充電器の上に預け、すでに「食事中」らしい。

「最近充電の減りが早くてさぁ、そろそろ機種変更でもしようかな。新しく出たX見た?」

主人様は充電しつつ男に問いかけた。

「ああ、見ました。どうやらほとんどの機能がグレードアップしているそうですね」

「そうなんだよ、でもすごい人気だからすぐには手に入らないだろうなぁ。それに今のボディも結構気に入ってるし、どうしようかな」

今度は男に問いかける、というよりも自分の中で問答しているようだったので、男は答えずにカレーを口に運んだ。


テーブルの横では夜のニュースが流れる。

「ええ、こちら国会議事堂前ですが、100人ほどの集団が集まりデモ活動が行われています」

最近世間を騒がせている「人権デモ」だ。スタジオにいるアナウンサーがこれまでの歴史、と書かれたボードをもとにデモの経緯をまとめている。

「日本では2010年ごろより普及しはじめたスマートフォンですが、年々進化を遂げ、2035年ついに現在主流となっている『人型フォン』が発売されます。

人類の能力を上回る機能を有しており、当時、人類はついに労働からの解放を遂げた、と言われていました」

淡々と読み上げる『人型フォン』のアナウンサーの話を聞きながら、コメンテーターが口を挟む。

「私もよく覚えていますが、凄い騒ぎでしたよ。生産が全く追いつかずで至るところで長蛇の列ができていました」

「はい、しかし人型フォンの発展は人類に思いがけない影響を与えはじめます。2043年に人型フォンが自ら新たな人型フォンを製造しはじめると、人類は危機感を覚えはじめ、人型フォンに異を唱えはじめる人が出てきます」

「ええ、この頃は人類VS人型フォンの戦争が始まる、とか言っていた人間も多かったですねぇ。まさにターミネーターの世界です」

男もよく覚えている。人類はこのままでは滅ぼされるだのと抜かしていた専門家も多かった。

「ただし、すでに多くの人類は我々に頼りきりになっていて、働きもせず、かと言って家で何もするでもない『キラキラ世代』と呼ばれる年代の人間が増えはじめていましたね」


ニュースを見ていた主人様が口を開く。

「キラキラ世代か、久々に聞いたな。男もキラキラ世代ど真ん中だったよな?」

「そうですね、あの頃はよく卑下されてましたよ。まあ何とも思いませんでしたけど」

男は苦笑しながらそう答えた。

「キラキラ世代」は2010年代〜2020年代に生まれた人類を指す言葉で、その頃流行った「キラキラネーム」からくる言葉だ。

(あだむ)もキラキラネームの一角だったそうで、母は名前をつける際に祖父母に大反対されたと話していた。


「キラキラ世代の特徴として、全時代の人類と比べて圧倒的に知能が低下している点が挙げられます。

彼らは幼い頃より高性能の電子機器に触れて育ってきた世代であり、発育に影響を及ぼした、と言われています」


「発育に影響を及ぼしたか、えらい言われようだな」

主人様はククっと笑いながら水に口をつける。

確かに少し考えるとなかなか辛口だな、と思わないこともないが、それに対して怒りや不満は湧いてこない


「キラキラ世代の登場により、人類は我々がコントロールしはじめます。

現在では多くの人類は人型フォンが労働している間、家で何もせずに過ごしている、と言われています」

「ええ、私のところの人間もそうですよ。簡単な家事ひとつ出来ないことも多いですからね。

まぁ前時代の人類からするところのペットに近い感覚でしょうね」

コメンテーターは上手いことを言ったと言わんばかりに満足げな表情を浮かべる。


こういう事を言うから母や祖母世代の人間の反感を買い、デモなんて起きるのではないか、とも思うが、男からすれば今食べているカレーは美味しくて、気が済むまで寝て、あとは何もせずにボーッと過ごす毎日は幸せだった。

デモでは人類の尊厳を返せ、と老人たちが叫んでいるが、虚しい叫びに聞こえて仕方がない。

「人類の尊厳」とは何なのか、考えるだけで頭が痛くなる。

何に必死になっているのか、男は全くもって理解できずにいた。


男は食べ終わったカレーをシンクに下げると、ウトウトとしはじめる。

何も考えず、食事以外に興味を示さず、寝て起きて食べて寝る。

そんな日常に何も疑問を呈さずに、男は健やかな眠りについた。

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