幕間 友達
投稿し忘れてました。すいません。
学生にとってオアシスとも言うべき休日。
その休日の土曜、いつも家で惰眠を貪っている桃火は自宅から徒歩で三十分ほどの場所にある喫茶店にいた。
「……久しぶりだな、桃火」
「久しぶりって、一ヶ月前にも会ったでしょ。父さん」
席に座って五分。店員が運んできたアイスコーヒーが机に置かれた音を合図に、桃火の正面に座った中年の男性――立花隆はやっと桃火の目を見た。
思わず隠すこともせずに溜息をついてしまう。
「月に一度の息子との会話なんだから、少しはリラックスしてよ」
「そ、そうだな。うん、悪い悪い。最近の学校生活はどうだ? なにかあったか?」
一ヶ月前にもした会話。母と父が離婚してからこうして月に一度会うことにしても母親が同席しないのは、こういった隆の話し方にも問題があるのかもしれない。他に原因があるとすれば、離婚してもなお左手の薬指に光っている指輪だろうか。それとも、やめたと言ってからも一向に消えることない、スーツから放たれるタバコの臭いか。
そんな事を考えながら、桃火は隆の質問に答えるべく口を開く。といっても、答えは一ヶ月前と変わらない。
「特になにも。来月に体育大会があることくらいかな」
「そうか。桃火は何に出るんだ?」
「色々あってリレーに出ることになったよ。俺としては見学したかったんだけど」
「そうか……。頑張って活躍するんだぞ」
「小学校の運動会じゃあるまいし、それなりに頑張るよ」
桃火が答えると同時に沈黙が舞い降りる。店内の他の客の声が妙に煩く聞こえる。桃火はこの沈黙が一番嫌いだった。
居心地が悪くなったのか、た隆は時計を見る。そして視線を桃火へ。そこにはなにを話そうかという焦りと、ちゃんも答えてくれるかという不安が混ざっている。
このままではなにも話さずに終わってしまう事を危惧した桃火は、仕方なく適当に話題を出した。
「もうすぐ、俺のクラスにちょっと変わった人が来るんだ」
「変わった人?」
「うん。まわりからは吸血鬼って噂されててさ、まあ本当に吸血鬼みたいな人なんだけど」
雪を編んだような髪に、大人びた口調。けれどそのどれもが彼女にぴったりと合っている、そんな人。
その時、隆の口からとある質問が飛び出した。
「その人とは友達なのか?」
「……友達。友達?」
はて、と桃火は思わず首を傾げる。
雫との出会いは押し付けられたプリントを桃火が彼女のある病院まで持って行った所からだ。そこから配達係に名乗りを上げ、それなりに交流を続けている。しかし、
「友達、なのか……?」
いかんせん断言ができない。そもそも友達とはどうやって作るものだっただろうか。今思えば高校入学と同時に正河と友達になったその原因も分からない。
桃火が悩んでいると、それを見て隆が言う。
「桃火はその人とは友達になりたいと思ってるのか?」
「俺? ……まあ、嫌だとは思わない」
正河の他に新たな友人ができる。それは喜ばしい事であって、桃火もそれを歓迎するはずだ。むしろ友達であってほしいと内心で無意識に思っている自分がいるのも事実だ。
「なら、友達でいいんじゃないか? 友達なんてそう意識するものじゃない。いつのまにか自然とできるものだよ」
「自然に……」
とはいえ、雫はどう思っているのだろうか。配達係と患者という打算的な面で見ているかもしれないし、そうではないかもしれない。
桃火は考えた末に、
「まあ、後で聞いてみるよ」
「はは、桃火は正直者だな」
「要領が悪いだけだよ」
そんな会話を交わした後、隆は鞄を持って立ち上がった。机に目を向ければいつのまにかアイスコーヒーが入っていた容器は空になっている。
「そろそろ行くよ。お代はこれで。お釣りはお小遣いに取っておきなさい」
「うん、ありがとう」
机に置かれた千円札を見て桃火は頷く。断ってもどうせ千円札を置いていくのが分かっているからだ。
「じゃあ、また来月」
「うん、じゃあね」
手を振ってを見送った桃火は、彼が店の外に去っていくのを確認して息を吐いた。どうにも彼との会話は疲れてしまう。
「友達か……」
桃火という人間から一番遠い言葉。
本来意識するはずもないその言葉に、しかし今はどうしようもなく意識してしまって、桃火は内心に溜まったその全てをアイスコーヒーで飲み干した。