17 答え合わせ
開会式が終わればそこはもう学び舎ではなく、体育大会の試合会場となっていた。
体育大会は2日を通して試合を行われる。例えば、1日目はサッカー、卓球。2日目はバスケ、ソフトボールといったように、屋外と屋内で行う競技を丁度よく分けて大会は進んでいく。
そして1日目の種目の一つであるバレーは初戦の相手を難なく降し、香織率いるバレーチームは一度教室に戻ってきていた。
次の試合があるまで休憩を取り始める中、雫は勝利の余韻に浸るより前に桃火にある質問を投げかけた。
「桃火くんってあんなにバレーうまかったっけ?」
香織にバレーの指南を受けたことを桃火は雫に話していない。そんな彼女からすれば相手のサーブをなんなくレシーブする桃火に疑問を持たない方が難しいだろう。
「練習したんですよ。大会のためにも、雫さんの為にも」
香織を味方につける為に練習したとはいえ、桃火としても雫と対等にプレーできるのは心地が良かった。
一石二鳥だ、と思いながら桃火が水分補給をしていると、不意に桃火の頭に衝撃が走る。あと少し早ければお茶を床にこぼしてしまう所だった、と思いながら顔を上げると、そこには見慣れた人物が立っている。
「はい油断しない。優勝までまだ何回も戦うんだから」
「うん。香織さんもね」
「私は油断してないし。というか桃火、試合の最後、一瞬動くの遅れてたよ」
「ああ、ごめん。まだ試合は慣れてなくて……」
「あ、あの!」
先程の試合の反省点を話し合っていた時、割り込むか割り込まないか迷っていた雫が思い切って口を開く。
「その、桃火くんは私をクラスに復帰させる為に何をしたの?」
それは当然の疑問だ。
現在、この教室内で雫に好奇の目線を送っている人物はいない。それはつまり、桃火がなんらかの方法で雫に対する偏見を変えたことに他ならない。
とはいえ以前の桃火の物事に対する態度からその方法を予想するのは困難な訳で。
「悪い事とか、してないよね?」
「まさか。そんなことしたら怒られますよ」
香織の方を見て笑う桃火に雫が疑問符を浮かべるが、そんな事は気にせずに桃火は簡単に説明した。
「香織さんを味方につけて、クラス会議を行った。それだけです」
「……それ、だけ?」
「はい。といっても、成功するか不安でしたけど」
桃火の行った事を実に単純だった。
香織のテストに合格した桃火は、その次の日に丁度行われたクラス会議を利用した。
奏に雫について話をすると、当然生徒達は反応を見せた。主に根拠のない噂を盾に難色を見せる生徒達に向かって、普段は率先して意見の言う事のない香織に口を開かせたのだ。
「な、なんて言ったの?」
「えっと、確か――」
「『雫のどこが悪いの?』ってね」
その時の生徒達の反応を思い出したのか、香織は吹き出すように笑った。
「ま、噂だけ信じてあれこれ言ってた奴らだったから、すぐに大人しくなったよ」
「そ、そうなんだ……。ねぇ桃火くん、それって恨まれたりしてない?」
「正河と委員長にカバーに入ってもらったので大丈夫だと思いますよ。少なくとも、俺と雫さんに火の粉がかかる事はありません」
本来であれば誰にも責任が及ばないまま、はっきり言えばうやむやになる形で雫の事態を収束するつもりだった。しかし桃火はもとはといえば打算で生きてきた人間。取れる選択肢が少ない中でそれを実行するのは至難の業だった。
故に、絞ったのだ。絶対に矛の先にいてほしくない人物を守ることだけに。
「まあ正河も委員長も香織さんも、いざとなれば一人で対処できると判断したのも理由の一つです」
「……そっか。色々動いてたんだね」
雫は香織とあれやこれやと話す桃火の横顔を見る。そこにあるのは以前の打算的な彼ではなく、きっと自分と会っていないうちに培った新たな価値観を宿した顔だった。
その時、頭上からアナウンスが流れる。スピーカー越しに聞こえる声が、次のバレーの試合の開始を教えてくれる。
放送が終わると同時に香織は立ち上がった。そして手慣れた様子でチームメイトを招集して教室の外に向かう。
廊下に出る直前、香織は後ろにいた桃火に目を向ける。それと同時にスマホゆらゆらと揺らしているが、雫にはその意味が分からない。
「桃火、約束ちゃんと守ってよ」
「やるだけやってみます」
「や、約束……?」
2人の会話に聞き慣れない単語を見つけて雫が思わず尋ねると、そこにはやや投げやりに笑う桃火がいた。
そんな彼に代わって香織が答える。
「私が協力する代わりにバレーで優勝するってこいつが言ったの」
「ゆ、優勝!?」
「ま、まああながち不可能な事じゃないですよ」
「だから雫も、気合入れてね。今回は登り切るからさ」
香織が雫の肩を叩く。その顔には不敵な笑みが浮かんでいた。
試合の描写は最後くらいしかない事を白状しておきます。




