1 噂
誤字、脱字、拙い文章その他諸々問題ありますが何卒。
学校生活は登校と下校の繰り返しだ。そこにはほんの少しの休日が入る以外は、その輪の中で決まった時間割に従って生活していく。
それは彼、立花桃火が在籍する日笠高校も例外ではない。
そして今日、高校2年に進級して初日の登校日も、桃火には変わらず輪の中に入っている。
だから、桃火は今日も同じ教室、正確には去年いた教室の真上の教室にいた。
外は登校日和と言わんばかりに太陽が輝き、その陽気のせいか、それとも進級初日という特別感にあてられたせいか、朝の早い時間にも関わらず2年1組の教室内には多くの生徒が集まっていた。
(――31、32。全員いるな)
窓際の自分の席に座りながら、理由もなく指を動かして人数を数える。去年と同じ数字になった事に少しすっきりとした気持ちを覚えた。この高校の偏差値は平均的な高さではあるが、それ以前に勉強しないものは当然の如く置いていかれる。
初日から誰かが留年した話を聞くことは無さそうだと桃火が安心していると、数えた生徒の中の一人が桃火の席に駆け寄ってきてその肩を叩いた。視線を少し上へ。
「よ、桃火。また同じクラスだな」
「そりゃウチはクラス替えしないからな。俺はお前が留年しないか心配だったよ、正河」
言いながら桃火が肩に置かれた手を払うと、荻無里正河はそれが分かっていたかのように笑うと桃火の隣の空席に腰掛けた。休みを挟んだ後でも高校に入学して初めてできた友人の肌の黒さは変わらない。といっても、その肌の黒さが生まつきという訳ではないのだが。
正河は頬杖をつきながら、
「お前友達いないからなぁ」
「いないんじゃなくて作らないんだ。お前くらいで十分だよ」
「嘘つけ。本当は女友達と欲しいんだろ? 大丈夫だって、いつかできる」
正河がからかうような視線を桃火に向ける。
桃火は首を振って、背もたれに体重を預けるようにして上体を後ろに傾けた。ぎしりと椅子が音を立てる。
指で机をとん、と叩く。
「俺の立ち位置はここなんだよ」
「はいはい、打算で生きる人間の考えることは分かんねぇなぁ。あ、今日水筒持ってくんの忘れたから飲み物奢ってくんない?」
後で返すから。そう正河は付け足す。その言葉が守られることは一生ないと、彼と一年以上の付き合いである桃火には理解できた。
桃火は鞄からしわくちゃになった紙を取り出して正河に見せた。本当にお金を貸してくれると思っていたのか、つきつけられた紙を見て正河は呆気にとられた顔をする。
「今日は始業式やって終わりだぞ。部活もない」
「でも俺は走るから」
彼が部活――陸上部に所属している――に関係なく校庭を走っているのはよくあることだ。
今日くらい休めばいいのに、と桃火が呆れていると、正河は何かを思いだしたように話し出した。
「そういや、このクラスに留年生いるらしいぞ。確か……、あ、ここ。俺が座ってるこの席」
自分が座っている席に視線を落とし、正河がばんばんと机を叩く。人の席だと分かってるならやさしく扱えと指摘しそうになる自分の口を桃火は抑える。正河に陸上以外で繊細な動作をさせるのは無理だということくらい分かっていた。そしてそれは、行動だけでなくその発言さえも。
だが、と桃火は指をひょいとその机へ向ける。
「留年なんてよくあるとは言わないけど、起こり得ることではあるだろ。お前の知り合いか? その先輩」
「いいや、全く。女友達はいるけどここの奴は知らねぇよ」
その言葉から、留年した生徒が女性であることが分かる。はっきりいってどうでもいい。そんなことを知っても打算で生きている桃火に得はない。
しかし正河はそんな桃火の内心も知らずに言葉を続ける。
「お前は知らないかもしれないけどよ、ちょっとした噂があんだよ」
「噂?」
「その生徒が留年した理由が病気の治療だったらしいんだけどさ。その生徒――」
時計の針が数字の真上に乗ると同時に予鈴が鳴る。生徒たちもその声の大きさは変わらずとも磁石に吸い寄せられるように自分の席へと戻っていく。
そんな中、唯一自分の席に戻らない正河が放った『噂』はあまりに突拍子もないことこの上なく――。
「――吸血鬼って言われてたんだと」
その言葉に桃火が反応を示すより早く教室の扉が開き、教師が入ってきた。
結構短いので一ヶ月以内に完結予定。