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花の巫女姫  作者: 七海 夕梨
巫女姫はゲームだと信じたい
8/24

 七片:黒い夢

 気が付いたら暗い森の中を花梨は走っていた。


 どうして走ってたんだっけと思ったが、今はそれどころではない。おぞましい唸り声と殺気を纏いながら、背後から何やら黒いものが追いかけてくるのだ。常人であれば恐怖のあまり、叫び声えをあげるところだが、花梨は違った。これが何かわかるからだ。


(この感覚……黒獣だ。しかも凄く強い。でも一匹ならなんとか倒せる)


 花梨は一旦足を止め、黒獣と対峙しようと思ったが、何故か意思に反して足が止まらず、どういうわけか視線も低くて見づらい。だが駆ける速さは人とは思えないほど俊敏で、木の枝の間を飛び越えたり、小さな沼を軽く飛び越えたりしている。おまけに走っても体に振動を感じない。まるで空を飛びながら走っているかのようだ。


(凄い。あたしってば、いつの間にこんなチートな動きを)


 だが逃げるばかりで倒さないのは危険だ。獣たちは倒さなければやがて群れ、集団で襲ってくることを花梨は本能的に理解している。思った通り、いつの間にか黒獣は群れをなし一人で倒すには難しい数になっていた。俊足の足があるからこそ奴らに殺されずに済んでいるものの、体力が尽きたらそこで終わりだ。

 

 やがて視界が開け大きな池がある所にでた。常人を逸した足も、池はさすがに飛び越えられないらしい。花梨の意思に反し走っていた足がピタリと止まる。泳いで逃げるという手も考えたが、池を見たらその気は失せた。池に浮かぶ人の死体と、赤黒く変化した水の色をみたら誰でもそう思うだろう……などと考えていたら、とうとう後を追っていた黒獣の群れに追いつかれてしまった。


(まずい……)

 

 花梨の思いとは裏腹に、なぜか動きを止めた体に恐怖の兆候がない。黒獣に囲まれてしまったというのに、震えも冷や汗も、心の臓の高鳴りもなく落ち着いている。なのに思ったように体が動いてくれない。


(あたし……死ぬの? 嫌だ、嫌だっ!!)


 花梨が絶望した瞬間、体が勝手に動きだした。肉を割くような鈍い音が鳴り、黒獣たちの首が吹き飛ぶ。それも一匹や二匹ではない。十数匹の首が飛び、黒い返り血が体中にかかった。気持ち悪かったが、不思議と臭いは感じない。


(凄い……あの数を一瞬で。あたしには両手から風が吹いたようにしか見えなかった)


 この時になってようやく、花梨はこれは自分の身体ではない、誰か別のものだと理解した。手足の大きさを見るに花梨よりもずっと幼いようだ。子供の手だろうか。左右に一振りずつ持つ小刀には血糊が付いていない。花梨が感じた風は、武器から獣を切るために放出された鋭い気流だったのだ。


 だが黒獣たちは花びらとなって消える事は無かった。切り落された首から人間の口がポコポコとあらわれ、血とともに流れ出ながらブツブツと呟いている。その光景にギョッとしたが次々と来る敵を相手に構う暇はなかった。その間にも声はじわじわと大きくなっていく。


「シねばいいノニ……」

「ノロわれたコ」

「ハハゴロシ」


 シネシネと嘲笑と悪意に満ちた声に、花梨は気が狂いそうになった。

 

 だが、この狂いそうな怨嗟に体の主は慣れているらしい。無心のまま獣に刀を突き刺し止めを指すと、まるで作業のように次から次へと敵に刃を向け切り倒していく。その強さは圧倒的であったが、体力が無尽蔵にあるわけではないようだ。少しずつ動きが鈍りだし、体につく傷が徐々に増えていった。


(このままだとまずい。加勢できたらいいのに)


 ただ見る事しかできない花梨は、もどかしさのあまり苛立った。自分よりも幼い子供が恐ろしい獣と戦っているのだ。だがあと少し、もう少しだ。祈るように戦いを見守っていたが、最後の一匹というところで足を噛まれた。まずい、足に力が入らない。起き上がれなくなり尻餅をついた途端、獣が襲い掛かって───






「いやぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 思い切り叫んだところで眩しさに目がくらんだ──と、同時に花梨の叫び声に驚いた夏行が妻戸の扉を開けて駆け込んできた。


「どうした?!」

「あれ? 森は?」

「……何を言っておるのだ」

 

 起き上がって周囲を見渡せば、森ではなく昨夜の宿だ。どうやら先程の事は夢だったらしい。夜が明けたのか日の光が部屋に差し込んできている。


「あ~、あははっ夢でした」

「お前な」


 夏行は目を細めると大きくため息をついた。後から助六達も駆け込んでくる。


「若様!」

「夏行様! 何事ですか?」


 夏行が事情を説明すると、皆、都の旅支度もあり部屋へと戻っていったが、なぜか助六だけは戻らず夏行をじぃっと見ている。


「助六? どうかしたのか?」

「どうかしたではございません。昨夜、この爺は二人きりになれるよう、宴に浮かれる若者共を抑えつけておったのですよ……」


 ジロリと助六は夏行を再び見る。


「?? 何が言いたい」

「まさか……なんの進展もなかったのですか? 接吻ぐらいはしたんでしょうな?」


 夏行の眉が深い溝を作りぴくぴくと震えだした。


「しょ、職務をなんと心得ておるのだ!」

「せっかくお膳立てしたというに……情けない」


 助六は肩を落とすと、すごすごと部屋へと戻っていった。その背中が何とも寂しい。


(助六さん、頑張るなぁ。おじさんもあたしも全然その気ないのにさぁ)


 助六の気苦労を思うと同情するが、こればかりはどうしようもない。花梨には心に決めた人がいるのだ。ただし相手には女扱いすらされないレベルだが。



(あ~~もぅっ、やな事おもいだした。さっさとログアウトしたい)


 とにかく【あの方】に会うしかない。だがもしも【あの方】もゲームから離脱する方法を知らなかったら、と思うと不安になる。それもこれも昨夜、夏行が不安にさせたのが悪いのだ。だからあんな夢を見たんだと花梨は思った。


(ダメだ。何事も前向きに考えないと。どうかセーブポイントはここだよって言ってくれますように)


 両手を合わせて花梨はゲーム神に祈る。その様を夏行が気味悪く見ていたのは言うまでもない。




 




 




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