五片:麓の村で
(なんだろう……。なんかずっと見られている気がする)
あれから麓の村へから宿屋に向かう途中、花梨は何度か村人たちと目があった。その視線一つ一つがなんというか気持ちが悪い。夏行が花梨の手を引き、助六が花梨を隠すように歩いてはくれるが、違和感はぬぐえない。
(やっぱり美少女だから目立つのかなぁ──と思いたいけど、おじさんが変な事言うから違う意味で考えちゃうよ)
村に入る前、夏行は花梨にとんでもない事を言ってきた。
「某の男のふりをしろ。あと声を一切出すな」
なんでよ? と理解できぬまま、助六に制服の上から着せてもらった直垂を着、村に入れば言わんとする事が花梨にもわかった。
(男ばっかり)
日が傾く時刻の為、野外を控えるにしても、街道をすれ違う人だけでなく、板葺きの家々から出入りする人まで男しかいないのは異様だ。年齢層も高く、若くても40-50代かそこらでほとんどが年配者ばかり。衣服を扱う店のようなところも通ったが、並んでいたのは男物ばかりだ。女物は見当たらない。
(もしかして女性が少ない……というか、いない?)
そんなところで足が見える服を着て歩いたらどうなるか、考えただけで花梨は身震いした。夏行のいう野獣の餌とはそういう意味だったのだ。
(こんな逆ハーレムってある? 視線が気持ち悪いし怖いよ。変態とかいたらどうしよう? なにかいいアイテムないかなぁ。そうだ、ヤシャ!! おじさんが八つ裂きがどうのって言ってたし! でもどこで手に入れるんだろう?)
「おい、何をぼーっとしている?」
「え?」
花梨があれこれと考え事をするうちに、宿屋に着いたらしい。
宿といっても客は見当たらない。夏行によると貴族御用達のもので、巫女姫や貴族が遠征する時に利用する宿所なのだそうだ。それでも建物は古く質素な作りで、寒さを十分に凌げる場所とは言い難い。街道にあった板葺きや藁の家に比べたらましといった程度だ。
とても耐えれないと思った花梨は、他にもないかと聞いたが「野宿か妓楼になる」と言われぞっとした。夏行がいなければ、路銀のない花梨は泊る所もなく凍死していただろう──ゲームでなければの話だが。
(うう……ストーブが恋しい)
凍えながら宿内に入ると帳場に宿主らしき男が座っていた。男は夏行を見るなり「うげっ」と声をあげると、大袈裟に頭を下げた。
「宿主よ、今宵はここで泊りたいのだが……」
「これはこれは、夏行様。では宿帳に名と、宿泊人数を」
「わかった」
(でた宿帳!! ゲームであるある、セーブアイテムじゃない!!)
確かめようとする花梨に、夏行が「後ろで控えていろ」と目くばせを送った。だが宿帳を目前に、じっとするなど花梨にできるはずがない。夏行の後ろから、ちょろっと顔をだし、宿主と目があってしまった。宿主は一瞬驚くも、にたぁと微笑み返すと「これはこれは」と声をだし、舐めるような目で花梨を見た。
(うっ、気持ち悪い)
視線から逃げるように、花梨は夏行の背後に隠れた。
「某の連れになにか?」
夏行に鋭く言われ、宿主の視線が泳ぐ。
「いえ……まるで女子のようだな、と」
「元男娼だからな」
(男娼……)
「ほぅ、真面目な夏行様が男娼を連れ歩くとは珍しい」
「そういう相手ではない。すぐれた剣士ゆえ引き入れただけだ」
「引き入れたねぇ……剣士にしては華奢では? ぐへへへっ、わかってますよ。どうでしょう、一番良い部屋をご用意する代わりに、手前にもおこぼれをいただけま──
ダン!!!!
突如大きな音が宿主の言葉を途切れさせた。夏行が帳場に剣を突き刺したのだ。夏行の怒気に花梨は悲鳴をあげそうになり、慌てて口元を抑えた。
「ひぃっ、じょ、冗談ですよ」
「発言には気を付けろ。黄泉の怒りをかいたいか?」
「お、お許しをっ。どうかそれだけはっ」
縮こまり命乞いをする宿主に、夏行はふんっと顔を背けると「さっさと部屋を用意しろ」と言い、刀を鞘へとしまった。その横で助六が、ほっほっほと笑っている。
「よかったのぅ、宿主。若様は気が短こうてなぁ。ぽんと突かれたら塵のように消えますぞ?」
優し気に言う助六の目が笑っていない。もし夏行がやらねば自分が殺るといった顔だ。助六の言わんとする事を宿主は理解したらしい。さらに何やら助六に耳打ちされ、首をコクコクと縦にふると、真っ青な顔で逃げるように帳場の奥へと姿を消してしまった。
「助六、何を言ったのだ。これではどの部屋かわらかぬではないか」
「ほっほっほ、ちょとした忠告ですよ。あぁ、部屋ならこの廊下の一番奥です。しかも一番良い部屋を無償で提供してくださるそうですよ。さぁさぁ、まいりましょう」
「……お前」
夏行が呆れながら先導して歩く助六に言う。この時、助六だけは怒らせまいと、花梨は心の奥で密かに誓った。