十二片:百合と椿
ニコリと笑う女性は二十代半ばだろうか。動きやすそうな白地の着物には紅い百合の紋が描かれ、手には赤い槍を携えている。優雅ながらも雄々しい姿に女の花梨ですらドキっとするぐらいだ。彼女の背後には筋肉隆々とした男が四人と、小柄な少年が一人。皆、黒地に金糸で百合の花が刺繍された射籠手を纏っている。あれが花仕かと花梨は思ったが、隆々とした男達ならともかく小柄な少年は戦闘向きとは思えない。
(もしかして回復役なのかな? となるとあの子以外が前衛か)
──と、ゲーム感覚で見ていたら、少年ににっこりと微笑み返された。横のマッチョ達まで続くように各々ポーズをとり、笑顔で返してくる。花梨は反応に困ったが敵意のない対応にほっとした。少なくとも朝堂の連中とは違うようだ。
「帝、桔梗殿、大事な儀に遅れてしまい大変申し訳ない」
赤髪の女性が、跪き頭を下げる。
「気にするな、百合の姫よ。そなたは連日の黒獣退治で疲れておろう。そんな中、急遽呼び立てる形になってすまぬ」
「いえ、今回遅れましたのは、なぜか朝堂までの道が捻じ曲げられておりまして……神器でなんとか切り抜けたものの、手間取ってしまいました」
「……桔梗、お前だな?」
帝に言われ、桔梗が「うっ」と声を上げる。
「あらぁ、私としたことが結界を強化しすぎたみたい。ごめんなさいね、大変だったでしょう? いっそのこと欠席してくれてもヨカッタノヨー」
大変だったと言うわりに、桔梗の声には労いといった感情が伴っていない。むしろなぜ来たと言わんばかりに、眉間にしわまで入っている。
「カカカ、欠席などありえませぬ。ま、銀葉の奴は、誘ったのに務めを優先したいと、欠席ですが」
「さすが斎国一の美姫ね。お盛……コホン、仕事熱心とでも言うべきかしら」
桔梗がやや引いた顔で言葉を濁す。
「熱心も時と場合を考えて欲しいものですが。選定の儀は帝、桔梗殿、そして花冠の巫女で決める重要な儀式。欠席などありえません。そうでしょう?」
「そ、ソウネ」
気まずそうに桔梗が視線を逸らした。
「ですが桔梗殿、いささか儀が早急ではございませぬか? 準備期間もなく選定するなど異例中の異例。おかげで彼女の選定に必要な判断材料が乏しすぎる。せめてもう少し時間を頂きたかったのですが」
「……それは」
「百合の姫よ、かの姫には色々と事情があってな……できれば今宵の内に決めてしまいたいのだ」
言葉を濁す桔梗の代わりに帝が答えると、百合姫が「ほぅ」と面白そうに眼を細める。
「事情ですか……恐れながら帝、儀の前に少しでかまいませぬ、彼女と話をさせていただいても?」
「よいだろう。互いに協力し合う者同士、親睦を深めるがよい」
「ありがとうございます」
百合姫はそう言うと、ずかずかと貴族たちの間を割って入り、花梨の目の前で立ち止まった。背は花梨より若干高いぐらいだが、存在感はまるで獅子のようだ。威圧感が半端ない。
「初めましてだ、巫女候補。我は百合の花冠、百合姫だ。君の名は?」
「か、花梨です」
「花梨……あぁ、なんと可憐な名だ。見目も愛らしいし、なにより良い瞳をしている──強い意志のある瞳だ。我はそういう女が好きだぞ。しかしその年でもう夜叉の気配がないとは。残念だな」
(ざんねん……?)
「残念って、夜叉がいなくてもあたしは戦えますけど?」
(レベルだってカンストしてるんだから)
「カカカ! そういう意ではない。その様子だと貴殿は男を知らぬのか。これはこれは……ふふん。だが戦闘はもう少し鍛えてからのほうがいだろう。幼いし体型も華奢だ。無理はよくないぞ?」
(また子供扱い……あたしのどこか幼く見えるのよ?)
花梨はちらりと百合姫の顔から下へと視線を動かし、自分と見比べる。
(ぐっ!! 圧倒的存在感!!)
心の中で花梨は血の涙を流した。百合姫も胸が豊満だったからだ。女性が数少ない国で、出会った者、全てが豊かな胸の所持者だと(といっても幼女も含め、二人目だが)複雑な気分だ。この物語を作った大輔に、一言、巨乳好きの変態と罵ってやりたいと花梨は思う。
「子供扱いしないで。もう十七だし、黒獣とだって戦ったわ」
「十七……これは失礼した。てっきり十二、三かと。しかもすでに戦っている身とは──気に入った! 困った時は頼るといい。な、なんなら職務の事でも構わぬぞ。我が手取り足取りだな……コホン、それは夜に教えよう」
百合姫が大きな胸を震わせ、視線を泳がしながら頬を赤らめる。
(なんで夜? 夜戦ってこと? まぁ共闘は慣れてないし教えてもらおうかな)
「わかったわ。よろしくお願いね」
花梨は挨拶代わりにに右手を差し出すと、百合姫がカッ!! と目を見開き「ええええええ!」と声をあげた。取り巻きの男達陣まで同様に奇声をあげる。
「あの……?(手を差し出したまま放置されるって辛い)」
「まさか半分冗談だったのに快諾してくるとは。しかも握手まで。ああああああああ、なんといじらしい。十七とは思えぬ華奢な体で……我を求めーーーーああああっ! 我慢ならん! 今すぐ我の花仕にしたいぃぃぃ」
蟀谷をおさえながら、よよよと百合姫がよろめく。慌てて取巻きの男達が「姐さん、巫女同士はだめっすよ」と言い、彼女を支えた。
(なんか怖い…)
花梨は差し出した右手をひっこめる事すら出来ず、固まってしまった。もし動けたなら今すぐにでも逃げていただろう。ちなみに周囲の貴族たちもドン引きしている。
「ふ~ふ~、まってくれ。我の夜叉を説得したら、すぐにでも貴殿に……おおおお! 気難しい夜叉が一目でお前を気に入るとは。こんな事は初めてだ。これはもはや運命。たとえ禁断といわれようと……ふふ、ぐふふふ」
鼻息を荒くしながら、百合姫が、がしっと花梨の手を握る。思わず後退りする花梨に、百合姫が容赦なく距離を詰めようとすると、誰かが百合姫の帯をグイっと強く引っ張った。のけ反った百合姫が「うぐっ」と低い声で唸る。
「──くっ、誰だ?!」
百合姫の後ろから現れた小柄な少女が、大きくため息をついた。
「帝の前でなんと見苦しい。しかも神聖な儀式でそのように下卑た顔をするなんて。同じ花冠として、その女に妾の品性まで疑われたら、どうしてくれますの?」
少女は花梨よりやや下だろうか。すらっとした体形に、黄浅緑に赤い椿の紋が入った唐衣を纏っていた。瞳はやや吊り上がった猫目で、肩上に切りそろった黒髪には、赤と緑の紐飾りが結ばれている。幼いながらも佇まいからは品性が、目元からは知性が感じられ、大人ですら目を惹く美しさがある。だがそれよりも驚くは彼女の取巻きだ。
(うわぁ、どれもイケメンばかり。まるで乙女ゲームじゃない)
花梨がそう思うのも無理はない。少女の背後には雅な直垂を着た美男子が十人、彼らもまた黒地の椿の刺繍がされた射籠手を纏っている。漫画であれば背景に花が描かれていただろう。
「おのれ椿!! 夜叉を止めた我に感謝するんだな。下手をすれば死んでいたぞ!」
「それはこちらの台詞よ、熊。妾の理性ある夜叉に感謝なさい。それと貴女の花仕……もう少し露出を減らしてもらえませんこと? むさ苦しいったらありませんわ」
椿が息もするのも苦しいと言った顔で口元を抑える。
「カカっ、見目だけ良い花仕を連れて歩くだけのお前に言われたくはない。心が貧弱な坊ちゃんに職務が務まるのか?」
「まぁ、偏見も甚だしい。妾の花仕は外見だけでなく身分、知性、武力など、あらゆる事に秀でた者たちですのよ。それと、貴女と違って妾にとって職務は神聖なものですの。彼らとはすでに手まで繋いだ仲ですのよ!」
「カカカ!! お手々か? お子様ではないか?」
「お子……この妾に向かって!! 男の筋肉しか愛せない馬鹿に言われたくありませんわ」
「心外な。我が花仕に求めるは筋肉ではない。心犠だ。筋肉は確かに魅力の一つだが、心の強さはそれをさらに凌駕するもの。気位ばかり高い坊ちゃんと手を繋いだ程度で威張るとは、カカカっ」
二人は、おほほほほ、カカカと微笑み合っているが、目が笑っていない。どうやらいつものことのようだ。周囲がまたかと大きくため息をついている。やがて無駄な言い争いだと悟ったのだろう。椿はむっとした顔のまま押し黙ると、チラリと視線を桔梗へと向けた。
「ところで桔梗姉様、儀式があると伝達をよこしておきながら妨害するとは、どういうことですの? そこの熊女ならいざ知らず、妾にまで」
ぶうぶうと文句を言う百合姫の横で椿が首を傾げながら問う。熊と言われ花梨は一瞬自分のことか? と思ってしまったが、どうやら違ったようだ。百合姫がなんだと!! 声を荒げている。
「椿、貴様!!! 誰のおかげでここまで来れたと」
「おだまり、熊。妾は今、桔梗姉様とお話中ですわ」
「熊と言うな! 我の名前は百合姫だ」
「あぁ煩い。だから二人を参加させたくなかったのよ」
桔梗が煩わし気にパチンと扇を鳴らす。そのさまを見た椿が、目を細めくすりと笑った。
「まぁそうでしたの? てっきり【死鬼】の姫と妾達を会わせない為かと思いましたわ」
「なにっ!! 彼女が死鬼の姫? 本当なのですか? 桔梗殿!」
「だったら何なのよ」
桔梗の言葉を聞いた百合姫が、慌てて花梨を突き放した。
「……悪いがお前への協力は撤回する。我の正義が許さぬのでな」
「え?」
「喋るな! 穢れがうつる。よくものうのうと帝の前に来れたものだ」
百合姫が眉を潜ませ自身の手を拭う。まるで花梨は、ばい菌だ。彼女の花仕にも忌避の目で見られ、花梨は口を開けたまま固まった。
「妾も同意見ですわ。【死鬼】の姫など汚らわしい」
椿が百合姫に並び、花梨を睨み上げて言う。その言に桔梗がキぃと声をあげ立ち上がった。
「黙りなさい! 帝が花梨ちゃんを巫女姫として認めたのよ。いまさら撤回などできないわ」
「まぁ、桔梗姉様ったらお忘れですの? 帝の了承があろうと貴族と花冠の過半数が反対した場合は再儀式となるはず。現在、花冠の巫女はたった三人。妾、百合姫、そして銀葉。そのうちの二人が反対、となると貴族方の意見も必要ですわよね?」
「く……」
桔梗が扇子を強く握りしめる。
「では採決にて決めましょう。皆様! この者を巫女姫と認めぬ者は挙手を!」
椿が手を高く掲げ挙手を問う。彼女の声につられるように、貴族たちの手が次々に上がり始めた。




