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愚将・坂崎直盛  作者: とき
9/18

真田幸村

「我こそは真田左衛門佐さえもんのすけ幸村! 将軍が首、もらいうける!」


 赤備えの集団は本陣に入り込んでいた。

 乗ったら最後の片道切符。

 敗北の決まった彼らは、せめて要人だけでもと、捨て身の特攻をしかけたのである。徳川家康、秀忠どちらかでも討てば、徳川の支配体制が崩れ、離反する者が多く出るはずで、そうすれば豊臣再興も夢ではないのだ。

 もしかすると、大坂城に火が放たれたのはそちらに目を向かせ、本陣突撃を実行するためだったのかもしれない。

 そして奇襲は見事成功し、まさか敵が攻め入ってくるとは思っていなかった徳川本陣は、大混乱となっていた。


 幸村と名乗った武将は十文字槍を馬上から繰り出す。

 槍が動くたびに、兵士の叫び声と血しぶきが上げる。

 幸村に続く騎馬がさらに突き刺し、馬蹄で踏みしだく。

 誰もその進軍を阻むことはできず、彼らが大坂方秘蔵の精鋭集団であることは間違いなかった。


「奴をとめろ!」

「討ち取れー!」

「上様をお守りいたすのだ!」


 徳川軍の怒号が飛び交うが、それは将の威勢に過ぎない。

 兵士たちは真田軍の突撃に恐怖し、足止めはおろか、近づく勇気すら絞り出すことができない状況であった。

 これまで何度も真田軍に煮え湯を飲まされ、いつ背後を襲われるか分からない恐怖に怯えさせられてきたのだ。真田と赤備えはその存在だけでも、兵士の心を臆病にする。




「真田幸村はどこだー! 出てきやがれー!」


 坂崎は懸命に馬を走らせる。

 幸村はすでに死んだはずだった。

 その首は皆の前で検分され、本人の首であることが確認されたのである。

 坂崎もその場に居合わせ、その武勇にあやかろうと思い、幸村の髪を一房もらい受けていた。

 その真偽を見定めなければならない。

 そして、本物であるならば剣を競わせてみたい。

 危機感、焦りよりも、好奇心、功名心が勝っていた。

 真田幸村を討ち取ることができれば、それは千姫救出よりも大きな手柄になるかもしれない。少なくとも、坂崎はそちらのほうが自分の欲望を満たすことができるだろう。


「待ってろ……俺の手柄」




 赤い甲冑に鹿角の兜を身につけた武将は、敵を殺し旗を倒し陣幕を破った先に、大将格の男を発見していた。


「将軍・徳川秀忠とお見受けする」

「真田幸村、か」


 秀忠の前に、赤備えが一騎立ちはだかる。

 だが秀忠は動じることなく、その場にしっかり立ち、相手を鋭い眼光でにらみつける。


「その首、頂戴する!」


 そう言うと幸村は馬を駆けさせる。

 しかしそれでも、秀忠は動こうとしなかった。

 代わりに、一人の武者が秀忠をかばうように前へ立つ。

 甲冑を身につけていない軽装の武者。

 柳生宗矩であった。

 宗矩は鎧を着ていないどころか、槍も持っていなかった。あるのは腰の刀のみ。それは突進する騎馬に対して、あまりにも無謀な行為である。

 

「邪魔をするな!」


 幸村は進路上にいる柳生に槍を突きかける。

 しかし、柳生は腰に差す刀を抜かないどころか、微動だにしなかった。

 刃が届く直前で十文字槍をひらりとかわす。そして槍の柄を掴んだ。

 次の瞬間、幸村の体は馬上から浮いていた。

 柳生が投げ飛ばしたのである。

 槍の突き出された後方に向かって引き、その力を利用して幸村を槍ごと背負い投げにした。


 幸村の体は無様にも地面に投げ出される。

 甲冑が鳴り、体がきしむ。


「そこまでだ」


 ぶんどった槍の穂先を幸村に向け、柳生は静かに重く言い放つ。


「くっ……」


 幸村は甲冑の重さに逆らいながら、体をゆっくりと起こす。


「幸村ーっ!」


 ちょうどそのとき、陣幕を破って坂崎が将軍の御前に馬を走らせ入ってきた。

 もちろん将軍を助けるためというより、幸村を倒すために来たのだ。

 状況を見て、すぐに柳生が幸村を打ち負かしたことを察して、歯ぎしりする。

 馬を飛び下りて幸村に近づく。


「奴は本物か!?」


 柳生が幸村を投げ飛ばしたところを見ていない坂崎としては、柳生に倒される程度の者ならば、そいつは本物の幸村ではないのだろうと思ったのだ。

 それに、本物の幸村であれば、幸村を倒した柳生に手柄を奪われたことになるので、本物とは認めたくなかった。


 坂崎が幸村に掴みかかり、顔を見ようとしたところ、突如、陣幕を突き破り、赤い甲冑に身を包む騎兵が乱入してきた。

 数は七騎。

 赤備えであるから、味方ではなく、敵であることはすぐに判別できる。

 坂崎は刀を抜き、騎兵に対峙する。


「貴様らでは物足りんが……手柄とさせてもらおう」


 騎兵相手にリーチの短い刀は分が悪いのだが、槍がないのだから仕方ない。

 愛刀を騎馬武者に向けるが、突然、坂崎は身動きを取れなくなる。

 幸村に羽交い締めにされていた。


「くそっ、離せ!」


 坂崎は体を激しく動かし抵抗するが、ふりほどくことができない。

 怪力を誇る普段の坂崎であれば、幸村をそのまま背負い投げすることもできただろうが、疲労による困憊は隠しきれないほどとなり、体が思ったよりも力を出してくれない。


「やれい!!」


 幸村は坂崎を羽交い締めにしたまま、騎兵に合図をする。

 騎兵は怒声とともに馬を走らせ、将軍めがけて突進する。


「柳生殿! なんとかしろ!」


 自分が身動きできない以上、坂崎は柳生を頼るしかなかった。

 柳生がどの程度の実力者か分からない。それに一人で騎馬七騎を食い止められるわけないが、少しでもなんとかしてほしいという気持ちだった。


「無論」


 そう言うと柳生は、幸村から奪った十文字槍を投げた。

 槍は一直線に飛び、一人の首元を突き破り、騎兵は真っ逆さまに落下する。

 その行為には敵味方双方、度肝を抜かれた。

 騎兵たちは一瞬目標である将軍から目を離し、さっきまで兵が乗っていたはずの馬を見てしまう。


 柳生は刀をゆっくり抜き放った。

 刀の名は大天狗正家おおてんぐまさいえ

 備後の名工、三原正家が鍛えた太刀である。

 柳生宗矩の父・宗厳がかつて天狗と戦った際に使われたとされている。

 宗厳は激闘の末、天狗を討ち取ったが、そこに残されていたのは天狗の死体ではなく、大きな岩だった。

 岩は綺麗に真っ二つになっていたという。


 なんてことをするのだと坂崎は思った。

 槍を捨て、刀で騎馬武者に立ち向かう理由がない。リーチの長い槍で応じれば、まだ勝ち目もあったものを。


 六騎が柳生に迫る。

 柳生は刀を構えずに片手にぶらんと持ったままである。


「舐めたことを!」


 戦場において甲冑を着込まない剣士が棒立ちしている。

 槍を投げたのも挑発か。勇者か愚者かは分からんが仕留めてやると、騎兵たちは思ったのである。


 そしてついに、棒立ちの柳生に騎兵たちが衝突、そして交差する。

 一閃。

 まさに瞬きをする合間に、六人が同時に馬から落ちた。


 坂崎には何が起きたか分からなかった。

 柳生はすれ違いざまに刀を一振りしてように見えた。

 しかし騎兵まとめて六人が斬られ、絶命している。

 馬は主を失ったことにも気づかず、そのまま直進して陣幕を抜けていく。


「柳生、ご苦労であった」


 ことが片付いたのを確認すると、将軍は何もなかったかのように奥へと下がっていく。


「はっ」


 柳生はその戦果をおごることなく深々と頭を下げた。


「待てー!」


 坂崎が柳生の技に唖然としていると、幸村の叫びで我に返る。

 そして幸村に後ろから突き飛ばされ、頭から地面に突っ込んでしまう。

 幸村は短筒を取り出し、秀忠の後ろ姿に向ける。


「銃だと!?」


 坂崎は顔に泥をつけたまま、怒鳴った。


「もらった!」


 幸村は照準をつけ、秀忠に鉛玉を放った。

 背を向けたまま歩き去る秀忠の背に、玉が吸い込まれていく。

 だが直前にして、玉は二つに割れた。

 柳生の一振りが玉を捉えたのだ。

 秀忠は銃声に気をかけることなく、そのまま奥へと姿を消してしまった。


 柳生は一気に幸村との距離を詰め、投げ飛ばした。

 そして倒れた幸村を上から押さえつけ、腕を締め上げる。

 これもまた、ほんの一瞬の出来事であった。


「無事か、柳生殿」

「問題ありません」


 柳生は幸村を組み伏せたまま答える。

 呼吸の乱れはなく、いつものようにごくごく落ち着いた声であった。

 

「そいつは本物か?」


 坂崎は幸村の正体を問う。


「坂崎殿はどう思われるか?」

「我らの虚を突き、こんな少数で本陣までやってきたんだ。並の人間にできることじゃない。やはり本物か」


 赤備え、十文字槍、本陣奇襲。

 状況的には真田幸村本人である可能性が高いように見える。

 土壇場で将軍を狙う胆力も、並の将とは思えない。


「ではそうなのかもしれませんな」


 不敵に笑うと柳生は、幸村を立たせ連行していった。

 幸村は激しく抵抗していたが、柳生は難なく幸村を制御している。


「何だってんだ……」


 柳生は幸村が本物か偽物かに、興味はないのだろうか。

 本物であるならば、生け捕りにしたことは大きな手柄だろうに。

 首をかしげていると、坂崎は一つ忘れていることがあることに気づいた。


「あいつ、やりやがった……」


 辺りに散らばる死体を見てようやく坂崎は気づく。

 柳生は七人の人間を斬って殺した。

 ためらいもなく一瞬にして。


「人を斬ったことがないとか、嘘言いやがって……」


 柳生は自分では何も言ってない。

 周りの人間が勝手にそういう噂を作っていたのである。おそらく将軍のお気に入りになっていることへの嫉みだろう。

 しかし、柳生宗矩が相当な喰わせ者であることには間違いなかった。

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