第6話 目晦ましの宝珠
対岸の山は、針葉樹主体の植生で下草があまりなく、見通しが良かった。
夕陽がほぼ真横から差し込んでいるので、道も見易い。
そのためその場所を、見落とすことなく発見することが出来たのだ。
けもの道は真っ直ぐ山頂に向けて伸びていたのだが、かすかな足跡が斜め右上へ逸れていた。
「だから猿知恵って云うんだ」
奴が俺を巻こうと、けもの道から外れたに違いない。
俺は迷わずサルの足跡を追おうとして…。
「おっと、これもサルの罠かもしれないな」
このまま無計画に奴の後を追えば、山中で迷ってまずいことになるだろう。
俺は傍らの木の幹に、短剣で三本の傷を付けた。迷わないための目印だ。
万全(?)の準備を終えて足跡を追った俺は、わずか一分後、呆然と立ち尽くすことになる。
目の前に直径5メートルはあろうかと思われる大岩が立ち塞がっていたからだ。左右が垂直の崖になっており、迂回出来そうにない。
アイツ、大岩を越えて去ったのか?……去ったんだろうな。サルだけに…。
「俺でも行けるだろうか?」
試しに登ってみようと思って、俺は大岩へ右足を掛けようとした。ところが何故か足は空足を踏み、勢い余った俺は前につんのめり倒れ込んでしまった。
「あ、あれっ!?」
俺は洞窟の中にいた。
横幅2メートル程度。高さは3メートルぐらい。奥行きは10メートル程で、行き止まりを頑丈そうな鉄の扉が塞いでいた。そして扉の金属製の取っ手に、サルが盗んだ俺の背嚢が引っ掛けられていた。
サルがいない。あの扉の向こうに逃げたのか…?
倒れた俺の前の地面に、木製の三脚に乗せられたピンポン玉ぐらいの水晶玉が置かれていた。夕陽を受けて、不気味に光り輝いていた。
「魔道具なのか?」
後から知ったのだが、そいつはダンジョンから入手出来るマジック・アイテムで、『目晦ましの宝珠』と云うものらしい。主に隠し部屋や仕掛け罠の偽装などに使われるもので、けっこうレアなアイテムだったそうだ。
俺は水晶玉へ触れないように気を付けながら立ち上がると、一旦洞窟の外へ出てみた。
外から見ると、そこに洞窟などなく大岩がそびえ立っていた。
右手を大岩へ突きだしてみる。
何の抵抗もなく突き抜けた。
引き戻すと、岩の表面から湧き出るように腕が戻って来た。
人生初めての不思議アイテムに、夢中になってはしゃいでいると、周りがだんだん暗くなって来てしまった。
今から街道へ戻っても、途中で夜になってしまうだろう。今夜は洞窟に泊まるしかない。幸い洞窟なので、雨露はしのげる。
火を焚くための道具は背嚢の中に入っていた。
ひょっとしたら鉄の扉に引っ掛けられた背嚢こそがあのサルの本命の罠で、扉の向こうで俺を嘲笑うタイミングを窺っているのではないか…。
出会ってからこっち、サルにいい加減良いようにやられ続けてきた俺の頭に、悪い想像ばかりが浮かんで来る。
それにさっきから気になってたんだけど、扉の右前にあるあのゴミみたいな山…。
白い丸石みたいなものと、何本もの枯れ枝。朽ちたボロ布みたいな屑。
「あ、やっぱりだ。見なきゃ良かった…」