第17話 深刻な副作用
「ねえ、先生って恋人いるんですかぁ~♪」
終了のホームルーム時間の後、吉田先生を囲んで数人の女子がガールズトークを始めた。最初に話しかけたのは女子グループのリーダーで、長い髪をポニテにした杉下久美子だ。
本当に女子ってこの手の話が好きだよな。男にはとてもじゃないが恥ずかしくて話せない話題だが、口に出せないだけで男子も十分興味があるらしい。俺を含め帰り支度をしていた数人の男子の手がピタリと止まり、耳をそば立てる気配がした。
「え~!?、恋人はいないかな。好きな人はいるんだけどね…」
基本的にフレンドリーでノリの良い先生である。女子共の質問へ、誤魔化さずに正直に答えてくれた。
キャー!!と女子たちから黄色い歓声があがった。
「わたしたちの知ってる人ですか?」
「どんな男性ですか?」
「イケメンですか?」
女子たちから次々と質問の雨が降って来る。
「あなたたちの知らない人よ。高身長、高学歴、高収入。おまけにカッコ良くで優しい人なんだけどね…」
吉田先生が少し頬を赤らめながら苦笑いした。
「唯一の欠点は、他に好きな人がいて、わたしのことを何とも思ってないことなのよ」
吉田先生ほどの美人を袖にするなんて、何処の王子様だよ! 俺は心の中で密かに毒づいた。
周りを見回すと、俺と同じ感想を持った男子生徒が、何人もいることがわかった。医者か弁護士か、それとも青年実業家とか云うやつか? 派手な服装で、何人もの美女を侍らせたキザな男の姿が浮かんできた。
「おっといかん、いかん…」
俺は変な方向に流れそうになった思考を無理やり引き戻し、帰り支度を再開した。もうすぐ高畑先生が自動車で俺を迎えに来る。今日は高畑先生の眠り姫を起こすXデーなのだった。
「どうぞ…」
この殺風景な病室に来たのは二度目になる。俺は早速収納から回復薬の瓶をを取り出すと、まっすぐ高畑先生へ差し出した。高畑先生は、何時になく神経質になっている様子に見えた。
「何度見てもその『魔法』ってやつは慣れないもんだね。今回も目の前で見てるのに、未だに信じられないよ」
高畑先生は受け取った回復薬の小瓶をじっくりと見つめた後、首を振りながら脇にあるテーブルの上に置いた。引き出しから小さな鋏を取り出すと、天井を見上げる。天井からは経腸栄養剤のビニールパックがぶら下がっていた。
この眠り姫のように、口から食事が摂れない人のための保健器具である。体内の消化管に直接挿入されたチューブを通して、重力に従って栄養剤が供給される仕組みになっている。短期間の運用ならば静脈への点滴の方が一般的であるが、長期間に及ぶ場合は点滴では限界があるのだ。
ビニールパックはほぼ空になっていた。高畑先生がおもむろにビニールの端に鋏を入れた。回復薬の栓を抜き、引き出しから漏斗を取り出すと、中身を一気に流し込んだ。毒々しい緑色をした液体が、透明なチューブの中を流れ下って行く。
「どう思う?」
高畑先生が俺の方を振り向くと、不安そうに小声で尋ねた。
「わかりません…。俺の知る限り、10年も前のケガに対して回復薬が使われた例はありません」
俺は正直に答えた。回復薬が使われるのは、ケガをした直後が当たり前だ。それ以外の場合は、治療院で治癒魔法を掛けて貰うのが一般的である。効くかもしれないし効かないかもしれない。何れにしても、今回が初めての使用例になるだろう。
「三人も犠牲になったからね。効いてもらわないと困るよ」
高畑先生がぎこちない笑顔で冗談を飛ばしてきた。効果がどう出るか、不安でたまらないのだろう。
「犠牲だなんで人聞きが悪いですね。誰も死んでないじゃないですか。そう云えば、とめ吉さんたちはもう退院したんですか?」
俺が尋ねると、高畑先生が急に渋い顔になった。
「実はあの後、回復薬の深刻な副作用が明らかになってね…三人ともまだ入院したままなんだ」
「えっ!? 副作用って、本当ですか?」
カイルの世界では回復薬の副作用など聞いたこともない。俺はびっくりして聞き返した。
「残念ながら本当なんだ…。三人の歯茎から新しい歯が生えてきてね」
「は!?」
「今までしていた入れ歯が合わなくなったんだ。今は流動食しか食べられない。歯が生え揃うまで入院延長してもらってる」
高畑先生がニヤリと悪戯っぽく笑った。
とめ吉:「ふがぁ~、ふがふがふが」(はー、腹減った)
源太:「ふが~ふ、ふがふがぁ!」(ステーキ、食いてえ!)
クララン:「ふがふが、ふがふがふが」(あらあら、どうしましょう)
この回はある古典SFへのオマージュになっています。




