第5話 カイル罠にかかる
「眩しい…」
俺は西日の眩しさで目を覚ました。どうやら数時間ばかり気絶していたらしい。陽がすっかり傾いていた。
運が良いことに、気絶している間に野生生物や、魔獣に襲われなかったようだ。
あれ程酷かった全身の痛みがまったくない。高熱も引いていた。
俺は左足に体重をかけ、ゆっくりと立ち上がった。
おっかなびっくり右足を地面へ着ける。
「痛くないな」
足首が腫れあがっていた場所は跡形もなく、右足に体重をかけてトントンしても、何の痛みも感じなかった。
「謎物質、ポーション、すっげー!」
小金貨1枚と云う高額ゆえ、使うのは今回で人生初めてだったが、効果は抜群だった。
マイダスの街へ着いたら、二三本買っておこう。お金が出来たらね…。
今回、なけなしの一本を使ってしまったので、もうケガは出来ない。慎重に行動しよう。
短剣はそれほど遠くない崖下に落ちていた。
あのままこれを持って転がっていたら、間違いなく大怪我をしていただろう。
GJ>あのときの俺。
背後は俺が落ちて来た崖。
目の前には、背の高いイネ科の植物が密生した草原が広がっていた。ススキか葦か、多分その類の仲間だろう。
茜色に染まりつつある夕陽を受けて、幻想的な美しさだった。
その美しい調和を、醜く乱しているものがあった。
一直線に倒された移動跡だ。例のサルのものに違いない。
おそらくここは、川が作り出した谷底なんだと思う。もう少し行けば、川があるだろう。俺が転落した崖と反対側に、同じような崖が見えていた。
「どうする? ここで引き返すか?」
ありえないな。このまま街道に引き返しても、無一文で食料もない。どうやってマイダスへ行く?
意を決すると、俺は葦原の中へ分け入った。
「へぶしっ!?」
…のだが、直ぐにこけた。
「なんだこりゃ?」
足元を見ると、草が結ばれて輪っかになっていた。子供がよくイタズラで作るようなワナだ。
アイツの仕業だ。
直ぐに怒りが湧き上がって来る。
「落ち着け、オレ。怒ってもろくなことにならんぞ」
俺は崖から落ちた時のことを思い出して、二三回深呼吸した。
再び罠に引っ掛からないよう、足元に気を付けて歩く。
結局罠はあれ一つだった。俺に対する嫌がらせかよ!
川幅は5メートルぐらいだった。対岸にあのサルが上陸した跡が見える。
川底が見えていたので、ブーツとズボンを脱いで歩いて渡った。深さは一番深いところで膝ぐらいだった。
対岸の崖は俺が転落した崖よりずっと傾斜が緩やかだった。これなら何とか登れそうだ。
上へと昇る細いけもの道があった。川は野生動物の水飲み場になっているようだ。
後30分ほどで陽が落ちる。このまま川辺で夜を明かす選択肢はなかった。寝ている間に鉄砲水に会ったら命はない。
実はこのままけもの道を行くのも危険だった。
危険な野生動物や、魔獣に出くわす危険性があるからだ。
俺は頼みの綱の短剣を握り締めると、けもの道を登り始めた。