第14話 佐藤とめ吉(仮名)の場合
俺の体内から魔力が流れ出し、目の前で黒い霧となり渦巻いた。渦の回転につれ向こうの景色が揺れ動き、空間が歪んでいることが確認出来た。
『放出』
ベッドの傍らに置かれた小さなテーブルの上に、陶製の回復薬の小瓶が、コトリと音を立てて出現した。
『収納閉鎖』
俺が閉鎖の呪文を唱えると、俺の身体から流れ出していた魔力が途切れ、黒い渦がすっと小さくなり消滅した。
うん、スムーズに出来た。俺もこの魔法に随分慣れてきたな…。
俺はテーブルの上の回復薬を取るり上げると、口を半開きにしたまま目を見開いて固まっている高畑医師へ差し出した。
「すぐに使いますか?」
魔法を初めて見た高畑先生の反応が、俺の時とそっくりだったので、俺は可笑しくて笑いそうになった。
「な・ん・だ・? 今・の・は…」
高畑医師はなかなかショックから立ち直れず、俺が差し出した回復薬を受け取ろうとしなかった。
「今のが俺が使える魔法。『収納』魔法です。俺はこの魔法を通して、異世界から物品を取り寄せることが出来ます。先生が緑色の液体と呼んでいた物体は、俺が異世界から輸入したポーションと呼ばれる魔法薬です」
「魔法だと…。そんなバカな…。魔法なんてある得るはずがない。きっとトリックだ…。何かの手品に違いない」
高畑先生は、信じられないと云う様子で首を横に振った。
「魔法は存在しますよ。ご自分の目で、目の前でご覧になったじゃないですか。自分の目が信じられないですか?」
「しかしよりによって魔法だと? 確かに何もないとろこから瓶が現われたように見えた。あれが魔法なのか…。本当に魔法なんて有り得るのか? いや、マウスの実験結果を考えると、魔法としか考えられないな。むしろ魔法だからこその即効性の治癒なのだろう。10年も昏睡状態の彼女を目覚めさせるには、魔法ぐらい使わないと無理なのかもしれない…」
高畑先生は俺の問いかけには応えず、難しい顔で腕を組んだままぶつぶつと独り言を呟き続けた。
「あの『青汁』が魔法薬なんて云う得体の知れないものだったなんて…。本当に彼女に投与して大丈夫なのか? 副作用はないのか? ううむ」
高畑先生は、暫く考え込んだ後、いきなり顔を上げた。
「その回復薬とやらは希少なものだそうだけど、あと二三本は手に入るものなのかね?」
俺は先生の質問の意図がつかめず、首を傾げた。
「回復薬は現地でも比較的高価な部類に入る魔法薬ですが、二三本程度なら手に入りますよ」
「よし、わかった。彼女に投与する前に、他の患者に与えて様子を見てみよう」
おいおい! 俺でさえ真一先輩に飲ませる前に自分で試してみたのに、この先生他人で人体実験するつもりだよ。やっぱりこの先生、かなりアブナイ先生だったんだ!!
高畑先生に連れられて、8FからエレベータでB1へ降りた。B1には病気やケガなどで障害を負った人が機能回復を訓練するためのリハビリセンターがある。
「大丈夫。この時間だと佐野んくは自分の病室に帰っているよ」
俺は佐野先輩と鉢合わせしないか気が気でなかったが、高畑先生が先回りして安心させてくれた。
「ここには僕が担当している患者さんも、何人かリハビリを受けているんだ。…ほら、いたいた。佐藤とめ吉(仮名)さん!」
高畑先生が呼びかけると、今まさにリハビリ訓練中のお年寄りが振り向いた。
「とめ吉さんは脳梗塞を患って右半身が不自由なんだ。最初は全然歩けなかったんだけどね、これでも随分動けるようになった方なんだよ」
佐藤とめ吉(仮名)さんは80才の小柄なお爺ちゃんだ。髪が薄く疎らに生えているのみで、皮膚に老人特有の斑点が浮いていた。普段着でなくレンタルの寝巻を着ていることから、通院でなく入院患者であることが分かる。
特徴的なのは右腕にベルトで固定されたアルミ製の大きな杖だ。分厚い靴底のスニーカーも、老人の体格からしたら不釣り合いに大きい。
「けっ! 何が動けるようになった方だ。全然ダメだよ、ぜんぜん」
ため吉さんが吐き捨てるように云った。激しいリハビリ運動のため、顔が紅潮し額に汗が浮かんでいる。
「どうせワシみたいな年寄りは、どんどん動けなくなって、その内おっ死んじまうんじゃ。幾ら訓練したって、元通り動けるようになんかなりゃしねーよ」
どうやらこのご老人、思うようにリハビリが上手くいかないことを悲観して、相当やさぐれてしまっているようだ。半身麻痺のリハビリ訓練はかなり厳しいものなので、無理もないところだった。
「何云ってるんですか、とめ吉さん。とめ吉さんはまだリハビリを始めたばかりなんですから、まだまだこれからですよ。もっと頑張らないと」
とめ吉さんの補助についていた若い理学療法士の男性が、励ますようにとめ吉さんの尻を叩いた。
「は~あ、もう、ワシもお終いじゃぁ。婆さんが先に逝ってからこっち、ろくなことが起こりよらん。早くお迎えが来んかのぅ…」
しかし絶望した老人に励ましの声は届かなかった。
「そう云えば、とめ吉さん、運動して汗をかいてるじゃないですか。試供品で健康食品の『青汁』を貰ったんですが、ビタミンやミネラルの補給に良いですよ。一本やってみますか?」
突然高畑先生が棒読みの台詞を吐くと、わざとらしく回復薬の栓を抜いてとめ吉さんへ差し出した。
「何!?、あっ、青汁?」
とめ吉さんが不審げに顔をしかめた。
「あー、お年寄りには青汁の味はちょっとキツイですかね…。いや、すみませんでした。青汁は文字通り青臭くて不味いですからね」
「むっ…」
とめ吉さんがちょっと怒った顔をした。自分の加齢を嘆くくせに、年寄り扱いされると反発する、老人心理を突いた高畑先生の作戦だ。
「とめ吉さんにはこの青汁は無理でしたね。これは鈴木源太(仮名)さんにお譲りしましょう」
高畑先生が涼しい顔で云うと、とめ吉さんの顔が変わった。
「何、源太にじゃと!? あやつに飲めてワシに飲めんわきゃなかろう。寄こせぃ!」
麻痺してない方の左手で回復薬の瓶を奪い取ると、一気に口につけて呷った。
途端に『青汁』のあまりの不味さに、とめ吉さんの顔色が青くなる。
「ぷはぁ~ぁ、不味い!!」
「大丈夫ですか、とめ吉さん。とめ吉さん」
理学療法士の男性が心配して駆け寄って来た。
「ううー、気持ち悪い…。何だか頭が痛くなって来よった。熱も出て来たような…」
そのままとめ吉さんのリハビリテーションは中止になり、病室へ戻されることになった。
しかしその翌日…。
「ふぉ~っふぉっふぉっ!。軽いっ! 軽いっ!」
リハビリセンターを杖なしでスキップする佐藤とめ吉(仮名)さんの姿があった。
いよいよポーション無双が始まります?(笑)




