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処女迷宮 -ヴァージン・ダンジョン-  作者: 如月青河
第三章 地球の回復薬編
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異世界側(ダンジョンサイド) 第52話 商人マルレーヌの興奮

「なんじゃ、こりゃあ~!」


 正午のマイダス中央広場に、ノッポの殉職刑事みたいな悲鳴が響き渡った。但し声の主は背の高いおじさんではなくて、うら若き乙女。露天商の少女マリーことマルローネさんである。


 必然、付近の耳目がこちらに集中することになった。

 ユータのいる地球と違って、この世界の食事は一日二食。本来正午にはそれ程の人出はないのだが、ダンジョン都市マイダスの中心地だけあって、そこそこの人数はいた。


「ちょっと、マリーさん! 声が大きいですよ」


 俺が慌てて手に持った鏡の覆いを戻すと、マリーさんが真っ赤になって恥ずかしそうに(うつむ)いた。


「ここじゃ何ですから、奥で話しましょうか」


 俺がそう促すと、我にかえったマリーさんが通常モードに復帰した。


「せ、せやな…。うちとしたことが、ちょい、興奮してまったわ。まったくカイルはんも人が悪いで。いきまりあんなもん見せはって」


 おいおい。いきなりあんなもんって、まるで俺がピーなものでも見せたみたいじゃないか。商品のガラス鏡をチラリと見せただけなのに。誤解されたら、どうするんだ。


「ほな、ホセのおっちゃん。悪いけど、商談の間、店を見とってな。お願いするわ」


 マリーさんが右隣に店を構える太った中年の親父に声をかけた。ホセさんは主に食器を中心に売る露天商で、丸顔にちょび髭と云ういかにも商人然とした容貌の人物である。


「おう、任された、マリーちゃん。何時もお互い様だからね。そっちのお兄ちゃんは、マリーちゃんのいい人かね」


 ホセさんがニコニコしながら快諾してくれた。基本一人で商売をする露天商にとって、小用で店を空ける場合には当たり前のことらしい。


「いややなぁ、おっちゃん。カイルはんは大事なお客さんやで。いい人ちゃうで」


 マリーさんが笑いながら、ホセのおっちゃんの背中をばしばし叩いた。そんなに直ぐに否定しなくてもいいじゃないか、マリーさん…傷つくよ俺。


「悪いですね、ホセさん。お詫びに木鉢を一つ買わせて貰いますよ」


 俺は菓子鉢に使えそうな手頃な木鉢を見作ろうと、銀貨を払って購入した。


 露店が並ぶ中央広場の奥、路地の側らに商談用のベンチとテーブルが設けられていた。俺はマリーさんと向かい合わせに座ると、例の鏡をテーブルの上に置き、布の覆いを取り去った。


 狭い路地だが上空は開けている。鏡には鮮やかな青空と白い雲が映っていた。


「はうぅ~、美しい鏡やなぁ。こんな綺麗に映る鏡見た事ないで。まるでおとぎ話に出て来る魔法の鏡みたいや」


 マリーさんがうっとりとした表情で鏡を覗き込みながら云った。


「確かにダンジョンの宝箱で見付けたものだけど、多分『魔法の鏡』とかじゃないと思うよ。ほら、魔力が全然感じられないでしょ」


 魔晶石を使用して魔法が使えるようになった人間は、多少なりとも魔力の流れが感じられるようになる。火の魔法が使えるマリーさんも、収納の魔法を使える俺にも、この鏡からはまったく魔力を感じ取れなかった。ユータの世界から輸入した工業製品なんだから、当たり前なんだけどね。


「確かに魔力は感じられへんな。…それで、この鏡をうちに買い取って欲しいって云うことなんか? さすがにここまで凄い品物になると、うちではよう値付け出来いひんわ。商業ギルドに委託して競りにかけることになると思うけど、それでええか?」


「ああ、それで良いですよ。売値に応じて、マリーさんも相応の手数料を取ってくれれば良いし。但し、一つだけお願いしたいことがあるんです」


 俺は声を潜めて云った。


「この鏡の出所が俺ってことを秘密にして欲しいんです。見知らぬ流れの冒険者が売りつけて行ったってことにしてください」


「何でそんな面倒な真似するねん?」


 マリーさんが怪訝そうな表情をした。


「俺が初めてこの街に来た時、ホテル・リバーサイドでどんな目に会ったか話したでしょ。この鏡はそこそこの値段で売れると思うんです。でも俺ってば駆け出しでまだ弱っちいし、妙な連中に目を連れられるのは嫌なんですよ。役人も信用出来ないってことも学びましたし」


 俺がそう云うと、マリーさんが真剣な面持ちで肯いてくれた。


「なるほどな。悪い奴等と役人どもはグルになっとるからな…。わかった。任しとき。そのへんのことはうちが何とか誤魔化したるわ」


「ありがとうございます、マリーさん。その、お礼って云うと何なんですけど、宝箱から出て来たのはこれ一枚じゃなくて、小さいのが後二枚出て来たんですよね。一枚差し上げますんで、マリーさんが自分で使うなりお金に変えるなり、好きにして下さい。但しダンジョンの発掘品ですから、手放したら二度と手に入らないと思って下さいね」


 俺はピンク地に花柄がプリントされた手鏡をマリーさんへ差し出した。100円ショップの安物だが、鏡としての性能は競売に出す予定の姿見と何等遜色ない。


「これをうちに…。こんな貴重なもん、ええんか? カイルはん…」


 マリーさんはポッーと顔を赤らめてそれを受け取ってくれた。若干手が震えていたのは隠しようがなかった。立派な点数稼ぎになってくれたようだ。手鏡を送ってくれたユータに感謝だ。

次回マリーとカイルのデート編?

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