地球側(アースサイド) 第1話 小杉雄太の憂鬱
「かはっ!」
悪夢から目覚めた俺は、全身汗びっしょりだった。
時計を見ると6時を少しまわったところ。寝直すには中途半端な時間だ。
俺は小杉雄太。高校受験を控える中学3年生だ。
俺は物心ついた頃から、奇妙な夢を見るようになった。色も味も臭いもある。ケガをすると痛みを感じる。まるで現実のような、明晰夢と云うやつだ。
夢の中の俺は、中世ヨーロッパのような農村に住む、下級貴族の次男坊だった。名前をカイルと云う。
そのカイルが冒険者になるため村を出ることになった。ところが旅の途中で、荷物を野生の猿に盗まれた。追いかけたカイルだったが、運悪く崖から転落、瀕死の重傷を負ってしまった。
今日の夢はここまで。
寝汗でパジャマがベタベタだ。さすがにこのままでは気持ちが悪い。
洗面所で歯を磨き、シャワーを浴びる。ついでに朝シャン。
制服に着替え、台所へ顔を出す。
「あんた今日は早いのね。熱でもあるんじゃないの」
母親から皮肉を云われた。
どうせ毎朝、遅刻ギリギリですよ…。
朝のニュース番組をポケーっと見て時間を潰す。|(受験勉強に充てるには時間が足りないだろ?)
トーストとサラダ、ベーコンエッグを食べた後、定刻にかばんを持って家を出た。中学まで徒歩15分だ。
いつもは先に出た幼馴染の川上雪華に途中で追い付くんだが、今日は逆になった。雪華が小走りに駆けて来る。
「なーに、ユータ。今日は早いじゃん」
雪華は名前の通り色白でちょっとした美人だ。小顔で髪を二本の三つ編みにしている。D組の学級委員を務めるくらい頭が良い。
「ああ、今日は夢見が悪くてな。早く起きた」
「夢見って、何? 例の夢?」
「そう、例の夢だ。夢の中で俺、死んだかもしれん」
こうやって会話しながら通学するのが、俺と雪華の朝の通常だ。
家が近くで同い歳。雪華とは保育園以来の付き合いだから、もう10年近くになるかもしれない。
10年続けても話題が尽きないのだから、大したものだ。
「夢の中の俺が死んだら、二度とあの世界の夢を見る事がなくなるのかな」
「暗いぞユータ。夢は夢じゃん。気にすることないって。それよりユータ、進路はどうするつもりなの?」
雪華が少し緊張を交えた口調で訊ねて来た。
「どうするって、今の俺の成績で行けるグレードの公立へ行くだけさ。雪華なら、ランクの良い私立に行けるんだろ?」
「ううん、わたしはユータと同じ高校でいいよ。私立なんて、うちの家お金そんなにないし…」
俺だって雪華の気持ちには気付いていた。朴念仁じゃないからね。
でも雪華は保育園の頃からいつも一緒にいた幼馴染だ。妹みたいに思っているけど、いきなりそう云う気持ちをぶつけられても、その気になれないのだ。
カイルは幼馴染の村娘と結婚する方が気が楽だと云っていた。地球側にいる俺には、いまいち理解し難い感覚だった。そのうち雪華にも理解して欲しいのだが…
おっと、校門が近付いて来た。