第7話 人体実験
「よし。10時間経ったな」
学校から帰宅した俺は、自室のデジタル時計の時刻を確認した。朝出かける前にセットした時間から丁度10時間経過していた。普通ならば乳酸発酵が終わり、ヨーグルトが出来ている時間だ。
俺はヨーグルトメーカーのコードをプラグらから抜くと、透明なプラスチックのカバーを開けた。もわっとした熱気が上がって来た。期待半分、心配半分、ワクワクとドキドキが入り混じった緊張に、心臓が激しく鼓動を打った。
容器から牛乳パックを取り出し、キャップを外した。パックの口を開け、中を覗き込む。しかし見ただけではヨーグルトが出来ているかどうかは分からないのだ。牛乳パックを両手で持ち、軽く揺すってやる。ヨーグルトになっていれば、プヨプヨと弾力がある揺れ方をするんだが…。
「間違いない」
俺は牛乳パックを傾けると、ガラスコップへ中身を注ぎ込んだ。中身は普通の牛乳のように、サラサラとコップに流れた。
「ヨーグルトになってない…。つまり乳酸菌が、『収納』の中で殺菌されて死滅したってことだ」
俺は満足げに頷くと、大きく一つ息を吐いた。
「異世界との物品のやり取りで、細菌感染の心配はないってことが分かった。後は回復薬の性能試験だな」
カイルの世界で『回復薬』は、魔獣との戦闘で傷ついた冒険者を、短時間で回復させるために使われる。実際カイルが崖から落ちた時は、全身傷らだらけでかなりの重症だったばすだ。それが数時間後には何事もなかったように復帰している。地球の医療の常識からしたら、考えられない魔法のような現象である。
そう『魔法』のような薬だ。何故か自分はカイルと同じ魔法が使えてしまっているが、本来地球は魔法が存在しない世界なのだ。環境が違うのだから、異世界では効いても、地球では効かない可能性が大いにある。確認するには、実際に使ってみるしかないだろう。
「フハハハ! 人体実験だ!!」
もし俺がマッドなサイエンティストなら、人里離れた何処かの無人島へ、美女を攫って人体実験するんだが、残念ながら俺はただの男子中学生に過ぎない。妄想を膨らますことは出来ても、実際に行動に移すことは出来ないのだ。
「動物実験って云ってもな…」
家にペットはいないし、仮にいたとしてもそんな動物虐待みたいなことはしたくない。
「野良犬とか野良猫とか」
保健所の努力の成果か、最近野良犬を見かけないよな。猫ならよく見るけど、あれは何処かの家の飼い猫だろう。捕まえようとしても、噛まれたり引っ掻かれたり、ひ弱な男子中学生には絶対無理そう。
「ゴミを荒らすカラスとか」
カラスなら実験しても心が痛まないが、そもそもどうやって効果を確認するんだ? 餌に回復薬を仕込んで食わせることが出来たとしても、それじゃ何の確認にもならないじゃないか。
「結局自分で試すしかないわな…」
夕食後、俺は自室の勉強机の椅子に座り逡巡していた。
机の上には刃を折り取ったぱかりのカッター。消毒用のアルコールジェル。脱脂綿。キズバンド。そして異世界から輸入した『回復薬』の小瓶。
「はぁ~、やるしかないか…」
俺は嫌々アルコールジェルを脱脂綿につけると、左手の甲とカッターの刃を消毒した。カッターの刃を皮膚につけ、
「太い血管のあるところは避けて、長さはそんなに長くなくて良い。間違っても深く切るなよ…。ううっ、痛そう」
皮膚が切れてぷくっと赤い血が一直線に湧き出る。俺は脱脂綿で血を拭きとると、素早くキズバンドを張り付けた。そのまま回復薬の栓を抜くと、一気に中身を飲み込んだ。
「うげー!! 不味い!!!!』
青臭いと云うとか、生ものの生臭さと云うか、とにかく耐え難い酷い味が口の中に広がった。
俺は慌てて部屋を飛び出すと、台所へ走った。水道の水で口の中を濯ぐ。食器を洗っていた母さんから、何事かと呆れ顔でお小言を頂いてしまった。
何だか疲れてしまった俺は、そのまま自室のベッドへ倒れ込んだ。
「異世界人には薬でも、地球人にとっては毒なんてことはないだろうな」
色々と変なことを妄想してしまうが、さすがにそれは考え難いだろう。カイルと俺は、人種こそ違え同じ身体の構造をした同じ人間としか思えない。
そうこうする内に、胃の辺りが熱くなってきた。次いでカッターで傷をつけた左手の甲の辺りも熱を持ち始めた。カイルが崖から落ちて回復薬を飲んだ時と、まったく同じ症状だ。
傷が浅かったせいだろう。俺はカイルの時のように気絶することはなく、30分程で熱が完全に引いた。思い切ってキズバンドを引っぺがしてみると、カッターでつけた傷など、跡形も残っていなかった。
無謀な人体実験は絶対やめましょう。(笑)




