第4話 雨に笑えば
ガキン!
短剣が空を切り、勢い余って地面へ突き刺さった。短剣の刃が小石に当たる嫌な音がした。
「いない!? そんなバカな…。奴は何処だ?」
サルがいるべきところには、何もいなかった。辺りを見回しても姿がない。
パラパラパラ……
突然雨が降って来た。
いや、雨ではない。生温かいし、臭いし、俺の周りしか降ってない。
俺は慌てて飛び退くと、樹上を見上げた。
そこに奴がいた。
「グギャー! ギャー! グギャハハハ!!」
サルが俺に向かって放尿しながら爆笑していた。
俺の頭は一瞬にして沸騰し、手にした短剣を、手裏剣のように投げようとした。
寸前で思い止まる。
木に刺さったら回収出来なくなるし、外せば刃が更に痛むからだ。
「グヌヌ…。こんちくしょう!」
俺は手直にある小石を拾い上げると、オーバースローでサルに投げつけた。
『地球』の俺である雄太は、小学生の頃草野球のピッチャーの経験がある。時速110キロ舐めんなよ!
ところが奴は俺の背嚢を背負ったまま、びょ~んとジャンプした。そのまま5メートル程先の地面に着地し、俺とは逆方向へ一目散に駆けだした。あっと云う間に藪の中に消えてしまう。
俺も慌てて後を追いかけ、藪へ突っ込んだ。
今思えば、それがサルの仕掛けたワナだったのだ。
突然、足元の感触が消えた。
下向きエレベーターが動き出した時の気持ち悪い感覚。
落下自体は、二三メートルぐらいだったろう。藪を抜けた俺の目が捉えたのは、45°はある崖みたいな急斜面だった。
「こりゃ、洒落にならん!」
俺はとっさに手に持った短剣を遠くへ投げ捨てた。
斜面のとっかかりを掴もうとするが、指先が滑るばかり。
とうとう身体が転がりだし、俺は頭部を守るため両腕で頭を抱え込んだ。
滑落速度が徐々に増し、途中に張り出しているいる岩に当たっては、何度かパウンドする。
ようやく崖下へ落ち切った時には、全身痣だらけ。両膝・両肘を擦り剥き、頭部から出血。右足首に耐え難い程の痛みがあった。生きているのが不思議なくらいな状態だった。
ブーツを脱ぐと、足首が見る間に腫れあがってきた。重度の捻挫か脱臼か。骨折してないといいな…。
事ここに至っては仕方あるまい…。
俺は切り札を切ることにした。
ズボンの左ポケットを探る。
何重にも麻布で巻かれた陶製のビンは滑落を耐え、割れていなかった。
俺は歯を使って固い木の栓をこじ開けると、中身を一気にあおる。
「まずぃ~!」
アルムス・地球両世界を通じて、今まで飲んだ薬の中で一番苦かった。苦くて、青臭くて、魚のように生臭い。隣村の薬師の婆さんから、小金貨1枚をはたいて仕入れた地球にはない謎物質。
「ポーション、まずー!!」
胃の腑の辺りが熱くなってきた。熱は急速に全身へ広がって行った。特に右足首と擦り剥き傷、打ち身が熱を持って痛んだ。
俺の体力は限界を迎えようとしていた。
「いかん、いかんぞ。こんなところで気を失ったら、クマやオオカミの恰好の餌食になる…」
必死に意識を保とうとする俺。しかし、努力虚しく----