第44話 午後の未亡人
何度か迷いながら、北東地区にある冒険者ギルド直営ワンルームに辿り着いた。
広大な敷地に、細長い木造平屋建の建物が何十棟も並んでいる光景は、かなり壮観だった。早く帰って来たのか、あるいは休息日なのか、厳つい姿の冒険者たちが何人か庭で作業をしているのが見えた。
アパートの管理人と云うと、住人と同じアパートの一室に一緒に住んでいるって云うイメージが強くある。特に『メゾン○○』とか。(笑)
しかしここマイダスのワンルームの管理人さんは、冒険者棟の前に建つ白いペンキが塗られた木造一軒家に、幼い娘と二人で住んでいた。
「すいませ~ん。管理人さんいらっしゃいますか~」
俺が黄緑色のドアをノックすると、キイッと音をたてて、ドアが少し開いた。
「あれっ!?、誰もいない…って、下か!」
ドアの隙間から、3歳ぐらいの幼女が俺を見上げていた。ダークブロンドの髪に、ブルーの瞳が印象的な可愛らしい幼女だ。
「あの、お父さんいるかな?」
俺が幼女に訊ねると、幼女はちょこんと首を傾げた。
「ありーせ、おとうさんいないの」
うっ、不用意に酷いことを聞いてしまった。ご免よ、アリーセちゃん。
「それなら、お母さん呼んで来てくれるかな」
ドアを半開きにしたまま、幼女がパタパタパタと駆けて行く。
「これ、アリーセ。走っちゃダメでしょ」
奥の方から女性の声が聞こえて来た。
「おかーさーん。おきゃくさんだよ」
舌足らずな幼女の声が答える。
「あらあらあら、お待たせしてご免なさいね」
扉を開けて出て来たのは、20代半ばぐらいの美しい女性だった。
娘と同じダークブロンドの髪を一まとめに編み上げ、無造作に左肩の前に垂らしている。瞳は緑色がかったブルー。白い肌にはソバカスのひとつもない。色っぽい赤い唇が印象的で、子供を生んでいるとは思えない素晴らしいプロポーションをしていた。
「こんにちは。奥さん。俺は冒険者をしているカイルと云います。泊まる場所を探しているんですが、こちらに開いている部屋はあるでしょうか?」
「まあまあまあ。お若いのに冒険者さんなのね。うふふ。わたしの亡くなった主人も冒険者だったのよ。部屋だったら沢山空いてるから大丈夫。前住んでた冒険者さんたちが、何人もミンデンに移っちゃったからガラガラなのよ」
さっきの幼女が、母親の右腕をひっしと掴みながら、半分後ろに隠れてこちらを窺っていた。
「わたしは管理人をしているエレオノーラと云います。エリーって呼んでくださいね。ここは週単位の契約で、先払いの週大銀貨7枚になります。今日からだと中途半端になるから、日割にして10日間で小金貨1枚ね。それで良かったら、お貸し出来ますけど」
エリーさんがニコッと笑いながら云った。俺の頬がちょっと赤くなった。こんな色っぽい美人が未亡人なんて、神様は意地が悪い。
「はっ、はい、それでお願いします。ちょっと待って下さいね」
俺は『収納』を開いて背嚢を出そうとした。先に回復薬の瓶が出て来て、地面にごろんと転がる。おっと、背嚢はこの次か…。
俺は巾着袋から小金貨1枚を取り出すと、冒険者カードと共にエリーさんへ差し出した。エリーさんが受け取ると、面倒臭いんで先に回復薬をしまった。
「はい、確かに。手続きしますので、少しお待ち下さい」
エリーさんは家の中に戻ると、5分ほどで部屋の鍵を持って戻ってきた。カードだけ先に返してくれる。
「カイルさんの部屋は7号棟の5号室になります。ご案内しますから、付いて来てください」
アリーセちゃんがお母さんに付いて来たがったが、家にいるように命令され不満そうに居残った。俺は部屋へ案内するエリーさんのお尻に付いて行くことになった。ああ云うのをモンローウォークって云うんだろうか。眼福である。
7号棟の扉を開けると、板張りの長い廊下が真っ直ぐ伸びていた。採光が少ないんで、廊下はかなり薄暗い。廊下を挟んで左右に、幅一間程の間隔で部屋扉が並んでいた。
「ここです」
エリーさんが立ち止り、ごつい鉄の鍵を鍵穴に差し込み回した。カチリとロックが外れる。部屋扉に『5』と書いてある扉を開ける。
中はかなり狭い。ベッドと背の低い箪笥、テーブルが一つ置いてあるきりだ。ベッドが椅子の代わりと云うことだろう。とは云え個室は個室だ。ホテル・リバーサイドの大部屋とは大違いだ。
エリーさんが閉まっていた窓の跳ね戸を開けた。部屋の中が明るくなる。
「備え付けの家具はご自由にお使い下さい。掃除や洗濯は各自で行うことになっています。おトイレは廊下の一番隅にありますから、汚さないで使ってくださいね。井戸は裏庭に、7から9号棟共用のものがあります」
エリーさんは一通り説明すると、帰って行った。
一人になった俺は、部屋の中をひとしきり見回した。今から10日間、ここが俺の家になるんだ。俺は冒険者になったんだ!。
今更ながら、憧れの冒険者になれたことに興奮する俺だった。
板張りのベッドへ敷こうと、背嚢から毛布を取り出す。…湿っていた。
「しまった! 干すの忘れてた!!」
興奮は直ぐにしぼんでしまったのだった。
エリーさんのバックストーリーはいずれそのうち。




