第32話 深夜の襲撃
案の定、慣れない環境、同部屋の男たちのイビキ、歯軋り、寝言などで、なかなか寝付かれなかった。
それでも思ったより疲れていたのか、夜半過ぎにはうつらうつらし始める。何時しか意識が途切れ…
カラン、カランッ!
乾いた低い音がした。
俺は即座に目を覚ました。
俺は騎士の息子だ。次男とは云え、何時戦争に駆り出されるかもしれない。父ハンスは戦場で熟睡しない訓練も施してくれた。夜襲もある戦場では、深く眠ることが命取りになることもある。あの時は寝不足を強いる父を恨んだものだが、こんなところで役に立つとは思わなかった。
目を開けると漆黒の闇が広がっていた。
…いや、完全な暗闇ではない。川の対岸にある魔道灯、そのわずかな光が撥ね上げ戸の隙間から差し込んで、大部屋を照らしていた。
俺へ覆い被さるように屈むシルエット。右手に持つ短剣が、夜の光を反射して鈍く光る。
やばい!!
俺はとっさに黒い人影を蹴り飛ばした。
男が悲鳴を上げて落下して行く。ドスンと床に衝突する音。短剣が転がる、金属音が響いた。
「何だ、何だ?」
「何事だ」
「おい、誰か魔道灯をつけろ」
同部屋の男たちが起き出し、淡いオレンジ色の魔道灯がつけられた。
その間僅か数秒、男はまだ床に這いつくばっていた。床に転がった短剣を取ろうとしている。
「強盗だ! 刃物を持ってるぞ!!」
俺はそう叫ぶと、男の背中目がけ飛び降りた。同時に俺が仕掛けた鳴子の糸が千切れ跳ぶ。
そう、鳴子だ。鳥脅しとも云う。俺が寝る前に仕掛けておいた『保険』だ。
仕掛けた時は本当に役に立つとは思っていなかったのだが、まさか俺の命を助けることになるとは。
鳴子は元々は、野鳥から田畑の作物を守るための道具である。絵馬状の板に竹を吊るしたり、二枚の板を隣り合わせに括ったりして、糸を振動させて音を出し、野鳥追い払うようになっているものだ。ユータの世界では古くからあるもので、俺の住む世界にももちろん似たようなものがある。
しかし警報装置として使う発想はなかった。鳴子を防犯の目的で使う発想は、ユータがTVの時代劇で見たニンジャからだ。
三段ベッドの一番上から飛び降りた衝撃を受け、強盗犯がカエルのような呻き声を上げた。俺はすかさず男を横四方固めの態勢に抑え込んだ。男がじたばたと逃れようとするが、これもこの世界に無い技術だ。完全に極まったジュードーの固め技からは簡単には逃げられない。
「おい、キンモ、アマド。ヴェルネリの野郎を引っ張って来い。逃がすんじゃねえぞ!」
部屋名主のサムエルさんが、同室の仲間に命令した。二人は慌てて部屋を出て行く。
「こいつはスリのテッポじゃねえか。スリから夜盗に商売変えしやがったか」
サムエルさんが強盗の顔を確認しながら、床に転がった短剣を拾い上げた。
「ちっ、違うんだ。誤解だ。俺は強盗なんかじゃねえ。知り合いに会いに来て、部屋を間違えただけだ」
テッポが情けない声でわめいた。
「云い訳にも大概にしやがれ! 何処の世界に抜き身の短剣持って深夜に人を訪ねて来る奴がいる。大方、ヴェルネリの野郎から金持ってそうな新入りが入ったって、連絡受けたんだろう」
サムエルさんが、手にした短剣をテッポの目の前の床にぶっ刺した。テッポが短い悲鳴を上げる。
「おい、誰かこいつをふん縛れ」
何時の間にか他の大部屋からも大勢の住人が集まって来ていた。総勢三十人を優に超える。何処からか持って来られた麻縄で男が縛り上げられたんで、俺は抑え込みの態勢から解放されることが出来たんだ。
実際、鳴子が警報装置として有効かどうかは疑問が残ります。
風が吹いただけでも鳴ってしまいますからねえ。




