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処女迷宮 -ヴァージン・ダンジョン-  作者: 如月青河
第二章 マイダス迷宮編
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第29話 スライムに負けた男

「それにしても見慣れないガキですが、こいつも冒険者なんですかい?」


 ドロテオが副ギルドマスターへ訊ねた。


「いや、まだ登録前の一般人のはずだ。田舎からマイダスへ出て来る途中で魔獣に襲われたとか何とか…」


 リリアさんからの又聞きなのか、ゲルハルトさんが自信なさげに答えた。


「おい、ガキ。大そうな大ケガをしてたみたいだが、何にやられたんだ?」


 ドロテオが外された添え木や膏薬を指差した。


「ガキじゃありません。カイルって立派な名前があります」


 俺は下唇を突き出して、不満を表明した。


「クソ生意気なガキだな」


 ドロテオが不快気に顔を顰める。


「腕を締めあげられて骨折しているから、大蛇(ワイルドボア)か何かではないかな…。いや、それだと擦過傷と体当たりによる肋の骨折の説明がつかんか」


 ゲルハルトさんが首を傾げた。


 そうだよな、俺だってあの時まで、たかがスライムにあんな大ケガさせられるとは、思ってもみなかった。


「いえ、大蛇じゃありません。俺にケガを負わせたのはスライムです」


 俺が正直に告白すると、場の空気が固まってしまった。


 リリアさん、ゲルハルトさん、イケメン男性、丸顔の中年女性、『漆黒の覇者』の三人が、全員目を点にして俺の方を見て来る。


「ヴァハッ、ヴァハハッ、ヴハハハハハハ! 腹痛え! スライムに負けるやつなんて初めて見た!!」


 その一瞬の静寂は、ドロテオのバカ笑いによって破られた。腹を抱えて爆笑する釣り目の男。ドロテオのバカ笑いは、その場の他の皆にも伝染していった。


 『漆黒の覇者』の背の低いのと小太りがつられて笑いだす。リリアさんは手で口を覆っているけど、目が笑ってますよ。中年の女性治療師とイケメン治療師は遠慮なく笑ってる。ゲルハルトさんは必死に笑うのを堪えてるようだが、こんなことを云いだした。


「ううむ、久々に良い肉の少年だと思ったんだが、スライムに敗れるようでは見込みはないか…。ワシの目もくもったか」


「いや、俺負けてねーですよ! ちゃんと相手(スライム)倒しましたから!!」


 俺は顔を真っ赤にして必死に否定した。


「スライムに大ケガさせられてる時点で負けなんだよ! いいか、スライムってえのは、田舎から出て来た農民の息子が最初に相手する超弱え魔獣だ。百姓の息子なんかろくに戦闘訓練受けちゃいねえ。それでもスライムに大ケガさせられたなんて話聞いたことがないぞ。しかしもお前は未だ冒険者になっていねえって云うじやねえか。お前がケガさせられたのは、迷宮のグリーンスライムじゃなくて、外のアクアスライムなんだろ!?」


 ドロテオがバカにしたように鼻を鳴らした。


「グッ!…」


 俺はドロテオに反論することが出来ず、唇を噛みしめるしかなかった。


 俺が未発見のダンジョンに入ったことを他人に知られるわけにはいかない。俺が相手をした魔獣は、迷宮にしかいないグリーンスライムであってはならないのだ。


「いいか、クソガキ。冒険者は遊びじやねーんだ。俺達冒険者は命を懸けてダンジョンに潜ってるんだ。スライムに負けるような弱っちい奴が居て良い場所じゃねーんだよ!」


 ドロテオが上から目線の長い演説を締めくくった。ドロテオの言葉が若い冒険者への衷心からの助言だったのか、はたまた単なるケガの八つ当たりだったのか分からない。だがドロテオの言葉が俺の心を揺さぶったのは事実だった。


 俺ってば、ひょっとして弱かったのか? 幼い頃から剣を振り続けて来た。毎日の鍛錬も欠かさなかった。それなりに強くなったつもりだったのに、叩き込まれた対人戦闘技術はスライムにまったく通用しなかった。


 思い返してみれば、俺は父はもちろん、兄にも幼馴染のダミアンにも一度も勝ったことが無かったのだ。俺は成人を迎えただけで、ただ一人前になったつもりになっていただけなのかも知れない。


 俺はどうしようもなく落ち込んだ。

カイルは『スライムに負けた男』の称号を取得しました。

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