第14話 迷いの森
今は脳内麻薬が出ているから痛みをあまり感じないでいるが、じきに痛みが耐え難いものになるだろう。
ダンジョン最弱の魔獣・グリーンスライムを一匹倒しただけで、もはや俺は戦闘不能状態だ。
効き腕を破壊され、肋骨にヒビが入り、脇腹の擦過傷から血が流れ出ている。
俺とスライムとの戦いに気付いて集まって来たんだろう…。
さっまではサワサワと遠くでざわめいていた気配が明らかに変わった。今まで様子見だったのが、仲間のスライムを殺られ、背後のスライムたちが殺気立っていた。
その数、数十匹。
洞窟いっぱいに広がったグリーンスライムたちが、一斉に俺に向かって突進を始めた。
俺は慌てて扉の方へ逃げた。
倒したグリーンスライムを回収する余裕なんかもちろん無い。
そのまま撃ち捨てて、鉄扉を開くと、ダンジョンの外へ脱出した。
ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガガンッ!
数十匹のグリーンスライムが、鉄扉に体当たりする轟音が続いた。
「もし扉が破られたら…」
腕の痛みも脇腹のことも、その時俺の頭に無かった。
俺は背嚢を引っ掴むと、洞窟の外へ逃げ出した。けもの道を急いで駆け降りる。
木の枝に結びつけて干した洗濯物がちらりと目に入った。
残念ながら右手首を折られた今の状態では回収することが不可能だ。
俺は断腸の思いで洗濯物を諦めた。俺の世界の衣類は本当に高価なのに…。
葦原を掻き分けて川べりへ出る。
前回のようにズボンとブーツを脱いで川を渡ることは無理だった。
そのままじゃぶじゃぶと川の中へ入る。
川を渡っている最中は何と云うことが無かったが、対岸に上がってからからが気持ち悪かった。
濡れたズボンが脚に纏わり付き、ブーツの中の水がぐちゅぐちゅと音を立てる。
俺は昨日滑り落ちた急斜面を見上げた。
奥に背の高い例の木が見えた。
とてもここを登ることは出来ない。
俺は下流へ向かって歩いた。30分程歩いたところで、どうにか登れそうな箇所を見付けることが出来た。崖の上は笹の密生した雑木林だ。
俺はそのまま川に対して垂直に歩き始めた。
今思い返せば、何てバカな判断をしたんだろうって思うんだが、当時の俺は心神耗弱だったんだ。
右わき腹がズキズキ痛み、何より折れた右手首が腫れて熱を持ち、その熱が全身に広がっていた。
頭がぼーっとして正常な判断が出来る状態じゃなかった。
俺は川が曲がりくねりながら流れていることを忘れていた。
川に対して垂直に歩いたとしても、街道へ突き当たるとは限らないのだ。
本来なら川沿いに背の高い木のところまで引き返し、そこから昨日付けた藪の移動跡を逆に辿って街道へ戻るべきだった。
そのことに気付いたのは、川から歩き始めて一時間も経ってからだった。
目の前に小高い山が立ちはだかっていた。
「迷っちまったな。どうする…。川まで戻るか?」
笹藪が倒れた跡を辿れば川までは戻れるだろう。そこから川沿いに30分。二時間あれば街道に辿りつけるだろうか…。
しかし俺の忍耐力が限界だった。
俺の下した判断は、右に90度折れること。
冷静に考えれば誤った判断だったろう。
15分程歩いた末、ターデントとマイダスを結ぶ街道に行き当たったのは、本当に偶然だったのだ。
ほっとした俺は、そのまま道端へ倒れ込んでしまった。




