第10話 蒲団が吹っ飛んだ!
いよいよ鉄扉の向こうを確認する時が来た。
鉄扉は黒い塗料が塗られていて、草花の象嵌装飾が金でほどこされていた。両開きで中央付近の左右に、真鍮製の取っ手が付いている。
俺は両取っ手に手を掛けて引っ張った。
「あれっ!?」
開かない。
もう一度力を込めて引っ張る。
やはり開かない。
内側から鍵が掛かっているのか?
「日本式の横へ開く引き戸だったりして…」
そんなわけあるか!
逆に押してみたら、あっさりと開いた。開く向きが反対だったのね。トホホ。
扉の向こうは薄暗かった。かと云って真っ暗でもなく、手前と同じ様な洞窟の壁がほんのり光っていた。光苔とか云うやつか? オヤクソクだよこれ…。
奥の方で、何やらざわざわと気配がする。
あ~、これはますますアレっぽい。
俺は扉を数回開け閉めして、中に入っても閉じ込められないことを確認した。ユージのオートロックの知識があったからだ。
アルムス村の近辺ではオートロックなんて見た事がないが、そんなに高度な機構でもあるまい。俺の世界にないとは云い切れないのだ。
閉じ込められて餓死するのはごめんだ。
安全を確認すると、俺は扉の向こうの暗闇へ足を踏み出した。
背後で鉄扉が重い音を発して閉まる。
扉の向こうの空間は、漏斗状にに広くなっていた。
俺の手前、5~6メートル先に黒く蹲る影が有った。
「あのサルか!?」
俺はその場に立ち尽くして、暗がりに目が慣れるのを待った。
目が慣れるまでの数分が、まるで永遠のように感じられた。
洗面器を伏せたような形状。体毛がなく艶やかに光る透明な被膜。内部では、緑色のゼリー状体液が所々渦を巻きながら流動していた。
そう、ダンジョン一層の定番モンスター、『グリーンスライム』だ。
グリーンスラムと云えば、冒険者に成り立ての初心者が相手にする最弱魔獣である。
アルムス村にも、水辺や湿っぽい草むらに、こいつの近縁種である水色のアクアスライムが生息していた。活発な村の子供たちが、冒険者ごっこするときの恰好の敵役になっていた。
ちなみにアクアスライムの体液は、トウガラシと一緒に煮込むと風薬になる。隣村の薬師の婆さんが、たまに買い付けに来るんで、子供たちの良いお小遣いになった。
「なんだ、スライムか…」
ほっとした俺は少し気を抜いた。
これがいけなかった。
お椀状のスライムが一瞬丸く成り、次いでそろばんの珠みたいな形に潰れた。
次の瞬間、俺は腹に強烈な衝撃を受け、吹っ飛んだ。スライムの体当たりだ。
蒲団が吹っ飛んだ…なんて、冗談を云ってる場合じゃない。
俺は鉄扉の所まで吹き飛ばされると、背中を強か打ちつけた。
胃液が食道を逆流してきて、口の中に溢れた。
呼吸が出来ん…。死ぬ。
俺をふっ飛ばしたスライムは、綺麗な放物線を描いて跳ね返り、ポヨヨン、ポヨヨンと衝撃を吸収するように転がった。有り難いことにさっきより距離が開いた。
何とか呼吸を整えた俺は、脇腹の痛みに顔をしかめた。
「あばらにヒビいったか?」
ダンジョンのスライムがこれほど強烈だとは思いもしなかった。外のスライムと比べると、段違いの強さだ。
そう、俺は既に確信していた。
「ここはただの洞窟じゃない。未発見のダンジョンだ!」




