第9話 錬金術師の手帖
せいぜい20~30年前のものだと思っていた。
160年間もこんな山奥で誰にも見付けてもらえず、ひっそりと朽ち果てて行ったのか…。
俺はお骨の人物を気の毒に思った。家族はもう誰も生きていないだろう。
逆に俺にとっては都合が良かった。
王国の法では、旅の途中などで行き倒れた者の荷物は、発見者のものにして良いことになっていた。
但し、行き倒れに家族がいる場合は引き渡さなければならない。その場合は遺族は相応の謝礼を払わなければならない。
行き倒れなんてたいがい根なし草で独り者が多いんで、後者のケースは殆どなかった。
こう云う法律がなかったら、トレジャー・ハンターなんて冒険者の職種は成り立たないだろう。
俺は黄ばんだ羊皮紙をパラパラとめくった。
青黒いインクで、細かい文字がびっしりと書き込まれていた。ところどころに薬草や、魔獣の部位と見られる精密なイラストが描かれている。
「癒し草乾燥粉末××ドンク、グリーンスライムのゼリーXXヴァルツァー、煮出し時間は…」
ドンクは重量、ヴァルツァーは容積のそれぞれロスマイセン王国の単位だ。
多分これはポーションのレシピだな。
どうやらお骨の人物は、160年前の薬師のようだ。
冒険者志望の俺にとっては関係無い知識だ。
「下級回復薬、中級回復薬、上級回復薬。下級毒消し、下級解麻痺薬…」
手帳には、様々な種類の薬の製法が記されていた。薬だけじゃなく、下級ゴーレムの製造なんてものもあった。
ひょっとしたらこの人は、薬師と云うより錬金術師だったのかもしれない。錬金術師は薬師の上位職種で、魔法使い、魔道具職人の上位職種でもある。この三つの職種をすべて修めないとなれない超難関職種なのだ。
俺は直ぐに興味を失い、途中をすっ飛ばして手帖の最後の記述を探した。あの扉の向こうのことが、何か書いてないかと思ったからだ。
この当時の俺は、その手帖がどんなとんでもない価値を持つものか、まったく理解していなかった。
結論から云うと、扉の向こうのことは何も書いてなかった。お骨の死因が扉の向こうと関係ないのか、扉の向こうから帰って来た直後に死んだのか。いずれにしても、俺自身が入って確かめなければ何も分からない。
そうそう、油紙の中には、もう一つお宝が包まれていた。小さな革製の巾着袋だ。
中には見慣れない大きさの金貨が5枚と、黒ずんだ銀貨が8枚入っていた。
明らかに王国の通貨ではない。外国人だろうか?…いや、住居がマイダスだからそれはないか。
外国の通貨でも、両替すればそれなりの大金になるだろう。ありがとさん。
俺は手帖と巾着袋以外のものを布袋にしまうと、お骨の傍に戻した。お骨に向かって手を合わせる。
本来ならば埋葬してあげたいところだが、俺はスコップも鍬も持っていない。手で掘るわけにもいかないんで、申し訳ないがこのまま放置するしかない。
そこで上着のポケットが少し膨らんでいることに気付いた。
右ポケットを探ると、小銭入れが出て来た。中身は十数枚の銅貨だったが、完全に緑青を噴いて互いにくっついてしまっていた。
銅貨の価値なんてたかが知れている。、錆を落としてまで回収する意味はない。
俺はそっと小銭入れを元の場所に戻した。
右ポケットからは親指の先ぐらいある楕円形の石が出て来た。
宝石だろうか。水晶のように透明だが、少し金色がかっていて、見る角度によって虹色の油膜みたいな帯が見えた。曜変天目茶碗のようなアレだ。
その美しさに暫し目を奪われる。すごく綺麗だ…。
この宝石が後に俺とユージの運命を大きく変えることになるんだが、当時の俺が知る由もない。
結局俺の収穫は、
①羊皮紙の手帖
②外国の金貨と銀貨
③価値不明な宝石
墓泥棒になったような気分だった。
これは精神的にキツイな。
冒険者を続ければ、こういう場面は今後もあるだろう。死んだ仲間の装備を剥ぎ取るとか…。
そのうち慣れるのだろうか。




