ゾンビと幽霊はどちらが本体なのか
「しくじったなぁ……」
自分のバカさ加減に呆れ、はぁ、と溜め息を一つ。
目の前には、全身傷だらけで血塗れになった、俺の死体。
俺は死んでしまったのだ。
--どうしてこうなった。
事の発端は一週間前。俺は些細な事で仲間達と喧嘩して、一人で行動する事になった。
金を殆んど持たずに仲間から離れた、すぐに金が尽きたので、何か実入りの良い仕事が無いかを探していた。
そしてようやく見つけた仕事。街から少し離れたところに、誰も知らないうちに豪華な屋敷が出来上がっていたので、誰が何の目的で作ったのか調査してほしいと言われた。
誰がどう聞いても罠だ。普段の俺なら絶対に受けなかった依頼だ。
でも、金も無かったし受けるしか無かったんだ。
貧乏はダメだな、思考も判断も腐らせちまう。
屋敷に入って最初は順調だった。何も出てこなかったからな。
問題は、四つ目に入った部屋だ。室内を探索していたら、地下室への階段があったから降りたんだ。
地下室には、たっぷりの金銀財宝と、ミミックがいた。
獣よりも鋭い牙に、人間よりも狡猾な知恵と残虐な精神を持ち、全く別の物体に変身する能力を持った宝の番人だ。
遭遇してとにかく、俺は頑張った。アレほど頑張ったのは、20数年の人生で初めてだった。
そして何とかミミックをぶっ殺した。その時点で満身創痍ではあったけど、死ぬような怪我じゃなかった。
そこまで考えてようやく思い出した。一体倒して気が緩んだ瞬間、二体目が仕掛けてきたのか。直前の戦いが印象深すぎて、そっちは忘れてた。
まぁ、二体目の攻撃で致命傷を負った俺は、地下室から逃げて階段を上って行った。
ミミックは厄介な存在だが、宝から離れて行く奴には無関心だからな。
でも、階段を上り切ったところで意識を失って……どうやら、そこで死んじまったみたいだ。
「ほんと、どうしてこうなっちまったんだか」
死んだ俺は、未練が残り過ぎていた。遊び足りないし、実家の家族の事も心配だし、何より喧嘩別れした仲間達がどうしているか。
死んでからどのくらいの時間が経ってるのか分からないが、気が付いたら俺は幽霊になって、俺の死体を眺めていたんだ。
自分の死体を眺めるのに飽きて、どうやってここから出て未練を解消するか考え始めたところで、急に俺の死体が起き上がった。
「……あ?」
思わず声が出た。どういう事だ。死体だと思っていたが、実は死体じゃなかったのか?
「うーん……俺はどうなって……あれからどのくらい経ったんだ……?」
目の前の「俺」は、普通に独り言を言い始めた。
「うわ、何だこの傷……あー、ミミックにやられた傷か。……傷口は開いてるけど血は出てない……あー、俺ゾンビになったのか」
ゾンビ。動く死体と呼ばれる怪物だ。ほとんどのゾンビは人間のように思考をすることは無く、全ての生物を憎悪し、動く物に反応して破壊活動を行う、性質の悪い存在だ。
しかし稀に、意思を持ったゾンビが生まれる。このゾンビは殆ど人間と変わらないが、三大欲求が無くなり、自然治癒が発生しないだけで、ほぼ人間と変わらない無害な存在だ。
……どうやら、起き上がった俺は後者のようだ。それは良かった。……いや、良くない。では、俺は一体なんなのだ。
「おい」
俺は目の前の「俺」に声をかけてみる。「俺」は声を掛けられて警戒しながら振り返り、すぐに驚いた表情になる。
「俺の事が見えるんだな?」
「ああ、見える、お前は俺だな?」
「そうだ、お前こそ、俺だな?」
「なんで俺が目の前にいるんだ?」
「それは俺の台詞だ、お前は何で起き上がったんだ」
不思議な問答だと思う。しかし当然だ、互いの目の前に、死体と幽霊の「俺」が存在するのだから。
「ゾンビの発祥について聞かれたって知らねぇよ、そういうお前こそ何で幽霊になってんだよ」
「幽霊になるのなんて、未練があるからに決まってんだろ。何が未練なのかは分かるだろ?」
「ああー……まぁ、そうだな……とりあえず、仲間の所に戻るか?」
「そうだな、とりあえず戻って、あいつらと仲直りしよう」
俺は「俺」と連れ添って、屋敷を脱出する。結局この屋敷の謎は解けなかったが、それは多分、他の誰かが解決してくれるだろう。
死んじまった俺が、どうにかする問題じゃない。
「ところでよ、お前ってやっぱ俺なんだよな?」
考えながら歩いていると、「俺」がそう問いかけてくる。
何を当たり前のことを、と聞き返すと、
「いや、それだったら、じゃぁ俺は一体何なんだ? ってなっちまうだろ?」
「……まぁ確かにそうだな、幽霊の俺は、魂って言いかえる事ができる。でも、そう考えると、魂が無い筈の死体のお前は、何なんだ? って事だろ?」
「おう、そうだ、魂が無い死体の俺が、俺としての記憶や人格を持ってるんだ、って事は……俺にも魂があるのか?」
「あるとしたら俺の残りカスのようなもんだろ? って考えると、記憶に欠損も無く、人格がしっかりしてるのはおかしいと思うんだよな」
「残りカスって酷くね? まぁ幽霊ってのが魂そのものなんだから、俺にある魂は確かに残りカスだろうけど……やっぱおかしいよなぁ」
俺と「俺」は歩きながら会話を続ける。どちらも「俺」なので、会話自体は長年の友人のように行えるが、頭の出来は変わらないので中々話が進まない。
「……いや、待てよ。生霊ってあるだろ? アレなら俺とお前が同時に存在できるぞ」
生霊……誰かに対して強い感情を持った生きている人間が、その相手の近くへと送る幽霊か。
「確かにアレなら、肉体と幽霊が同時に存在するけど……生霊って、それこそ残りカスみたいなもんだろ?対象に影響を与えるくらいで、俺みたいに普通に会話したりとか……そういう事はできないだろ」
「それもそうか……」
あっさりとその線は潰える。
「そうだ……この話を覚えてるか?」
「何だよ?」
「俺」が何かを思い出したように話し始める。
「ある男が、遠く離れた町から家に帰ろうとしていた日。その日は天候が悪く、いつ雨が降ってもおかしくなかった。男は急いで家に帰りたくて、沼地を通ったんだよ」
「ああ、その話か。男は沼地を通っている最中、プーカに襲われたんだったな。」
沼地に生息する妖精の一種、プーカ。
妖精の中でも特に凶悪で、人間を襲って殺す事を楽しんでいる残虐な存在だ。
「そう、それでプーカと戦ってる時に、男とプーカの間に雷が落ちたんだ」
「その雷で男は死んじまった」
「そうだ、だけど男は家に帰る事ができた」
「実は男は確かに死んでいた。けれど同時に、プーカも雷に撃たれていた」
「プーカは死ななかったけれど、雷に撃たれて突然変異を起こし、近くにいた男の体と魂を持って、家へと帰って行った」
だから、雷の鳴る日は外に出てはいけない。プーカと入れ替わってしまうから。っていう怪談で、親が子どもに言い聞かせる物語だったなこれは。
「で、その話がどうしたんだよ?」
「分かんないか? その状況と一緒なんだよ、今の状況は」
「ほー……って事は何か? 俺はプーカなのか?」
「いや、お前はプーカじゃないと思う。あの場所にプーカはいなかったからな。でも、それに近い何かなんじゃないか?」
つまり、ゾンビである「俺」が「本物の俺」で、俺はあくまでも本物の俺にそっくりなだけの「偽物の俺」だと、「俺」は言ってるわけだ
「……面白くねぇな、そりゃ」
「まぁな、俺だって、「お前の方が偽物だ」って言われたら気分悪いわ。……でも、他に理由が付かないだろ?」
「いや、ある筈だ……例えば、俺の本当の肉体は既に消滅していて、今動いている俺の死体は、実は俺じゃなくて……ドッペルゲンガーなんじゃないか?」
ドッペルゲンガーは、気まぐれに人間の前に現れる化け物だ。人間と同じ姿をしていて、姿を見た物は数日以内に非業の死を遂げると言われている。何故そんな事をするのかと言えば、そうして死んだ人間の魂をドッペルゲンガーが食う為だ。
「俺がドッペルゲンガーだとしたら、どうしてお前とこうやって会話してるんだよ」
「……俺の魂を食べる為か……」
「だったらもっと早くに食ってるだろ」
まぁ、これもありえない。ドッペルゲンガーは喋らないと言われているし。
しかし、偽物呼ばわりされて気分の悪い俺は、更に噛みついて行く。
「いや、突然変異で人間と会話する事に目覚めたドッペルゲンガーかもしれないだろ?」
「お前はどうしても俺をドッペルゲンガーにしたいみたいだな?」
そろそろ「俺」が苛立ち始めたようだ。この辺で切り上げよう。
「……まぁ何だ、さっきの話を考えれば、俺が二人も存在してるのにも理由がつく。実際には俺が二人存在しているんじゃなくて、片方は偽物と言うわけだけど……じゃぁ一体全体、何が俺の姿を形どって、記憶や人格まで持っているんだ?」
「そこなんだよなぁ……さっきのミミック?」
「んなわけねぇだろ、アイツは実態があるし、そもそもこうなる理由が無い」
「そうだよなぁ……んじゃぁ何だっていうんだよ」
「それを俺が聞いてんだよバカ」
頭の出来が一緒なので、中々話が進まない。三歩進んでは二歩下がる、そんな感じだ。
「……そういや、魔法で自分の分身を作る魔法ってあったよな?」
「コピーとかいう魔法か、あったなぁ」
高位の魔法に、コピーと言う魔法が存在する。自分と全く同じ存在を分身で作り出す魔法だ。
「……だとしたら俺は魔法なのか?」
「んなわけねぇだろ、俺にそんな魔法が使えるか」
「そりゃそうだ……いや、待てよ? 魔法ってのは魔素で生み出すものだよな?」
「おう、そうだな」
「って事は、魔法じゃなくて……魔素なのか?」
魔素。酸素と同じように、空気中に漂う元素の一つ……らしい、これについてはよく知らない。
ただ、魔法を使う為には魔素が必要で、魔素の無い場所では魔法が使えない。
これは酸素が無ければ生き物は生きていけないのと同じくらい当然の事だ。
「……あー、魔素が、さっきの物語みたいな形でコピーの魔法になったって事か?」
「そういう事だな、そうすると納得がいくんじゃないか?」
「……いや、でもそうだとすると、雷の代替品は何なんだ?」
「……意思か?」
そもそも魔法とは、魔素に干渉して様々な超常現象を引き起こす、科学技術の一種だ。
そして引き起こされる超常現象は、意思の力によって決まる。
つまり、炎を生む魔法であろうと、氷を作る魔法であろうと、それを生み出す手順に実は差は無い。
考え方一つで、結果が変わるだけなのだから。
「……なるほど、つまりこういう事だな? 死ぬ寸前の俺の意思が、周囲に漂っていた魔素に干渉した」
「そうそう、そして魔素に干渉した結果、幽霊の俺が生み出された」
「つまり、俺は俺では無く、俺に似た魔法……か」
「そういう事だ」
そう、俺の出した答えに「俺」が頷く。
「……ま、何でもいいや」
少し考えた後、俺はそう返す。たとえ事実がどうであろうと、俺は俺なのだ。
「そうだな、まぁ俺が二人に増えたって事で、これからは俺がやらなきゃいけない事を、俺とお前で分担してやっていきゃいいだろ」
「とりあえず謝るところからだな、頼んだぞ」
「ふざけんな、お前も謝るんだよ」
こうして俺達は、二人に増えた自分の事を気楽に考えながら歩いて行った。
俺が何で作られていようと、俺は俺に変わりはないのだ。
とりあえず、文字通り第二の人生を歩む事にしよう。
後日、仲間達の元に戻ったら喧嘩した仲間が俺達を見て泣きながら謝って来た。
あの時、喧嘩なんかしなければ死ななかったからだそうだ。
泣いている仲間を宥めながら、俺達は「実家に帰っても泣かれるんじゃね?」と、その後の対応のついて語り合う事になった。
「生前の記憶を持ったゾンビ」と、「生前の記憶を持った幽霊」どっちの魂が本物だろうか。
という前提を元にエッセイを書こうと思ったら一人称小説になっていた。
私の出した結論は、ゾンビの方でした。
考える人によってはまた別の結果になると思います。
ちなみに作中の物語は「スワンプマン」という思考実験が元になります。