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そして再生

 どれくらい泣いていただろうか。

 気づいたら眠っていたらしく、運んでもらったのだろうか自分のベッドで寝ていた。

「起きた?」

 ベッドに腰掛けていたらしい姉が顔を覗き込んでくる。

「うん……」

 泣きすぎたせいか、声が少し変だ。

「ほら。お水。飲みなさい」

「ありがと」

 どれくらい時間が経ったんだろう。窓から差す日差しは赤い。それを見て遊園地での出来事を思い出して、また目が潤んできた。

「夏休みでよかったね」

 姉は軽い口調で言った。何かを言い返したくて、でも何も言い返せなかった私はただうつむいた。

 しばらくはお互い何も言わずにいて、ただ時計の音だけが室内に響いていた。

 しばらくして、私の気持ちが落ち着いてきたのを見計らったらしい姉が話しかけてきた。

「福増君が残してくれたものがあります」

 斎の名前にどきりとする。

「な、なに?」

 姉は真剣な顔で言った。

「学力」

「……へ?」

「学力」

「いや、聞こえなかったわけじゃないんだよ?」

 なんというか、今までのしんみりさとか諸々の感情とかぶった切るような言葉に呆然としただけで。

「とりあえず千佳ちゃん、T大目指しなさい」

「……なんで?」

 一番のモチベーションであった、斎と同じ大学という理由はとうに消えうせているのに。

 私の問いに、姉は困ったような顔をした。

「100%とは私も言い切れないからあれなんだけど……これが理由かな」

 姉は立ち上がると、机の上にあったものを取って私に渡してきた。渡されたのは私のゲーム機だった。姉が部屋に来る直前、私が引き出しに入れたものだ。胸がずきずきと痛んだ。

「電源入れてご覧」

「……今?」

「今」

 言われてのろのろと手を動かして確認してみる。今にも涙が出そうだった。

 と、オープニングと共に流れ出した音楽に私は違和感を覚えた。そしてその原因はすぐに分かる。

「何、このゲーム……?」

 流れるオープニングはアキコイに似ていたが――レーベルは同じだった――登場キャラが違うし、音楽も違う。声優もそうだ。

 そして表示されたタイトルは、私が全く知らないものだった。

「千佳ちゃんが寝てる間に勝手に見せてもらったんだけど――」

 さらっと聞き捨てならないことを姉が言った。

「千佳ちゃんがあっちに行く直前までしてたゲームって、それだったはずでしょ? なのに本体に入ってるのはタイトルすら違うゲームだし、それ、システムデータがまだ全然記録されてないんだよ」

 言われるままに、スタート画面を確認する。なるほど、ニューゲームとオプションしか存在していない。

「メモリーカードの中も確認してみたけど、それらしいセーブデータはなかった」

「さも当たり前のように言ってるけど、他人のゲーム機のセーブデータを確認するのは他人の隠し本棚確認するくらいには嫌な行為だからね!?」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ」

 そうなんだけど、ぐぅ。

「これはあくまでも私の推論。あってるって保証はできないんだけど」

 言いながら、姉は意味ありげに笑った。

「ねえ千佳ちゃん。私が前に言ったこと覚えてる? 夢小説の話」

「え? あ、うん、覚えてるよ」

 唐突な話題転換に私は目を白黒させた。

「トリップものの夢小説って、完結する割合は低いんだけど、大体オチは二パターンなんだ。一つは主人公がトリップ先で永住するもの。そしてもう一つが主人公が元の世界に帰るもの」

 姉はまるで芝居のように大げさな身振り手振りをする。私はそれに釘付けになっていた。

「後者の場合、主人公が帰った元の世界にいるはずのない人が存在することがあって――」

 期待で胸が高鳴っていた。

「存在するはずのゲームが存在していない理由。どうしてだと思う?」

 いたずらっぽく笑う姉が天使に見えた気がした。

「一緒にT大に行こうって約束したんでしょ?」


 神様、どうやら私には不純な動機ができたようです。

 

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