進む時間
それから体感二年。いい感じにお金を稼ぎつつ攻略対象と仲良くなりつつしていた私は、姉から非情な現実を突きつけられた。
「千佳ちゃん、受験勉強しなさい」
「わ、私富豪エンド目指してるから……」
富豪エンドはその名のとおり、求められている金額の三倍を稼ぎ出し、さらには所有不動産が十件以上、投資したベンチャー企業が上場までこぎつけていた場合に生じるエンディングである。恋愛とは関係ない。あと未成年の癖に投資? とかいう突っ込みはこの世界では野暮である。
「必要最低限のお金は稼いでるし、不労所得も入るようになったんでしょう? なら勉強なさい」
日々のアルバイトや投資にせいを出している私に姉はにこやかーな笑顔で迫った。こわひ。
「福増君に来てもらったわ。勉強なさい、受験生」
「ふ、付属大学に入るくらいの学力はあるしっ!」
姉が連れてきた秀才(ただし性格がキツイ)の福増少年を見ながら私は顔を引きつらせた。
「内部進学ぅ~? はっ。そんな緩々な受験勉強でどうするの。どうせなら日本の最高学府目指しなさい」
「無理だよ私の実力じゃ! っていうか自分こそできるの!?」
割と目がマジだったので反論してみたところ、
「できるに決まってんでしょ。大体、家族や友達とトリップした場合、主人公が最強じゃない場合は、主人公じゃない方が万能チート暗黒微笑キャラって相場が決まってんのよ」
「いや言ってる意味分からないからね!?」
姉が自己完結して通じないネタを言うのはいつものことだがいつにもまして分からない。
「じゃあ福増君、ふつつかな妹だけどよろしくね」
にっこりと余所行きの笑顔を浮かべる姉。いや、さっきあなた素を出してたでしょう。
「というわけだから、やるぞ、アホ千佳」
まさかの発言である。ちなみに彼、福増斎とは名前で呼び合うくらいには仲良くなっている。
普段は仏頂面のくせに、こういうときだけ笑っている。いや、嗤ってる。
「ちょっと待とう斎君。ほら、勉強だったら私家庭教師か塾がいいと思うんだ」
私の言葉に斎は切れ長の目を細めた。
「お前のために家庭教師が呼べると思ってるのか? あの買手屋家の当主がそれを許すと?」
む、と私は言葉に詰まった。
彼はなまじ私と姉と仲が良いため、家庭の事情がもれているのである。攻略の進行度でいえば友達以上恋人未満。親友と言い張れなくもないレベルだ。
「でも斎君が家を出入りするほうが外聞が悪いんじゃない?」
「俺は皐月に頼まれて家庭教師に来てるだけだ」
斎が前髪をいじりながら言う。そういうポーズが様になるのも、やはり彼の顔がいいからだろう。
つまり、対外的には姉の家庭教師、その実態は私の家庭教師というところか。
「そして基本的に俺が教えるのは学校でだ。今日は休みだから来てやったけどな。ありがたく思え阿呆」
めがねこそ掛けていないものの見た目は普通の優等生という感じの斎君は、真面目そうな外見とは裏腹に口が悪い。
「自学自習もできるよ。あんまり迷惑掛けたくないし。お姉ちゃんには私から言っとくから大丈夫だよ」
私の言葉に斎はため息をついた。
「そういうの考えなくていいから。ほら、勉強すんぞアホ」
私の抵抗もむなしく、こうして私は勉強付漬けの日々を送ることになったのである。
商取引と勉強、両立は当然難しく、私の金稼ぎスピードは格段に落ちた。
「――そりゃあさぁ、借金返済額分くらいは稼いだけどさぁ」
思い出したように不満をこぼす私に、斎はでこピンを放ってきた。
「ばぁーか。学生の本分は勉強だろ」
「……斎君だって、おうちのことやらなきゃいけないんじゃないの?」
私は返す刀で切り返す。
斎の家はでっかい製造業だ。斎の兄が家を継ぐことで決定しており、斎自身は兄のサポート役となることが望まれている。大学もそれに向けた大学と学部を受験するはずだ。昔から兄のほうが優秀だったこともあり、何かと比べてけなされている斎は何とか兄の鼻を明かしてやろうとわき目も振らず努力していたはずであった。少なくともゲーム上では。
「友達のカテキョとかさー。将来の役に立つわけでもないのに引き受けなくてよかったのに」
私の言葉に斎はむっとした顔をした。
「お前な、人にベンチャー企業の共同出資持ちかけといて言うのが『友達』か?」
「イチレンタクショーのマブダチどぇーす」
「お前それ漢字で書けるか?」
「オブコース……ノット」
「四字熟語の書き取りも追加しとくか」
「ぎゃぁ」
まさにやぶへびである。
私は心で泣きながら問題を解いた。
「……富永とか財津とかにも共同出資持ちかけてたんだってな。俺より先に」
斎はなぜか不機嫌そうに言う。
「成功する確率は高いって分かってたけど頭数必要だったからね。斎君とは仲良くなるの遅かったから声掛けようか迷ってたんだよ。ってか、クラスメートの女子から儲け話持ちかけられてオッケーするようなチャレンジャーな人なんて早々いないから」
富豪ルートには必須のベンチャー企業への投資は、攻略対象もしくはライバル(兼友達)キャラ三名以上に共同出資してもらう必要がある。一人でやるには、それこそTAS的な奇跡の連続でも起きない限り不可能な金額が必要となる。します、させます、させません、なんて実機では不可能だ。そのためなるべく頭数で割る方が有利なのだ。ただしその分得られる利益も頭数で出資額に応じて割られるので共同出資者はぎりぎり三名という状態が望ましい。この場合共同出資を引き受けてもらうには、ヒロイン自身のパラメーターが一定以上必要なことはもちろんとして、相手との親密度が必要となる。いずれも友人以上恋人未満――つまりマブダチである必要があるのだ。女友達に対して恋人未満という尺度を使うのは何でやとは聞いてはいけない。
富豪ルートに向けて満遍なく親密度を上げている身としては、パラメーター依存で親密度が増す斎は後回しにしがちだったのだ。ありていに言えば、パラメーターさえ上げれば仲良くなれる。なお、パラメーターがなければごみくず扱いである。
「……そういう言い方をすると、俺たちがとんでもなく無謀なことしたみたいに聞こえるな」
「したよ。してたよ」
私は正直ゲームだからとなめている節があるが、リアルで考えてみると未成年が巨額の金をベンチャー企業に投資ってなかなかできないよ! ゲームと思ってたって手が震えたし!
「で、借金返済のめどは立ってんのになんで千佳は金稼ぎ続けたいんだ? 富豪? になりたいって言ってたっけ?」
「あー……」
私は言葉に詰まった。ゲーム的に無難なエンディングを目指してます、なんて言えない。
「うーん。まぁ、人生何事も目標を持ったほうがいいことってあるじゃない? そんな感じ」
「ずいぶんと偏った目標だな」
一刀両断である。私はうなだれた。
「……今度の模試判定、BかAだったらどっか遊びに行くか。奇跡を祝して」
斎の独り言のようなつぶやきに私は頭を上げた。
「き、奇跡を祝してって酷くない!? その場合は実力だよ!」
「だとしたら教えた俺の手柄だな」
「そりゃそうかもしれないけど、私の努力もあるからね?」
何故か鼻で笑われた。