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当面の方針

 閑話休題、現状の私たちの状況である。

『商人だって恋をする~愛と打算の取引~』、通称アキコイは、未来の商人――つまり未来の経営陣たちが愛と打算にまみれた恋愛をするという乙女ゲームである。

 ヒロインの父親は非常に優秀な人で、将来は買手屋グループというかつては商社から成り上がった企業グループの総統になると目されていた人だった。ところがどっこい、孤児院出身のヒロインの母と恋に落ちて出奔。駆け落ちしたはいいものの、ヒロインが生まれて数年後に二人は事故で死亡してしまう。

 そこでヒロインは一応本来の跡継ぎの娘であるとして、世間体やら何やらを気にした買手屋の現総統、買手屋家永に引き取られることになったのだった。この買手屋家永はヒロインの叔父に当たる人物だ。ヒロインの父にはいろいろと複雑な感情があり、また、ヒロインこそが買手屋グループの正統な跡継ぎだという声も出始めたことによってヒロインのことはかなり疎ましく思っている。

 そしてライバルキャラであり姉が現在憑依(?)しているのが家永の娘、買手屋皐月である。まあ設定は割愛。事情をある程度知っているのでヒロインを憎んでいるというのが概要だ。

「記憶を確認した感じ、高校の入学式前日ってところね」

「そうだね。本編開始直前ってところかな」

 ヒロインが皐月の部屋にいるのは、どうやら直前まで皐月がヒロインをいびっていたかららしい。

「千佳ちゃんは何周くらいやりこんでたの?」

「まだそんなには。各キャラ一回ずつくらいかなぁ。あと今は攻略wiki見ながら富豪ルート二回目挑戦中だったよ」

 とりあえず一週目は攻略サイトを見ないでプレイするタイプの私である。とりあえず各キャラ一回ずつ直感にしたがってクリアしてから細かい分岐をつぶしていくのだ。

「最近の子はいいわよね。私のころなんて攻略wikiどころかインターネットが未発達だったせいで、攻略本と広技○とか大技○とかの裏技本買わなきゃ分からなかったのに」

 はぁーあ、と姉はわざとらしいため息をつく。知らないよ、私たちのせいじゃないのに。っていうかあなただって今は攻略サイト見てるでしょ!

「でもヒロインの名前が千佳だとありがたいね。呼び間違えとかしなくて済むし」

 私は姉の言葉にすっと目をそらした。そしれ姉は目ざとくそれに気づく。

「もしかして千佳ちゃん、実名プレイ派?」

「だってこれE○Sはついてないけど普通の名前だったら音声出力してくれるんだもん!」

「あ、あらかじめ登録のある名前ならOKってやつね。学園祭の王○様みたいな。よかったね千佳ちゃんが一般的な名前で。苗字は実名にしなかったの?」

「ゲームの仕様上苗字は固定だからしょうがないじゃん!」

 恥ずかしいカミングアウトである。自分でも何を言っているか分からない。

「私デフォルトネーム派だけど、私は学園○ンサムみたいな主人公の名前を『んぁぁあ』みたいに適当に濁すパターン好きよ」

「あれ一発ネタじゃん!」

 どうでもいいカミングアウト合戦である。姉が学園ハ○サムやってるとか知りたくなかった。

 恥ずかしくなってきたのでわざとらしく咳払いをして仕切り直す。

「っていうか、どうやったらこれ戻るのかな?」

 姉は美少女然とした顔でこてんと首をかしげた。

「さあ? 実はあの本には特殊なウィルスがついたとかそもそも呪いの本なんてなかったけど何らかの事故や病気で現実では昏睡状態に陥っていてリアルな夢を見ている可能性も微レ存」

「共通の夢を見てるってこと?」

「ううん。これは私の夢かも。あるいは千佳ちゃんだけの夢かも? 同期しているかどうかは現実世界に戻って話し合うまでは不明よ」

 それもそうか。

 ……でも私の夢説は嫌だな。姉がこんな変人だったと深層心理で思ってるとかなんか申し訳ない。

「千佳ちゃんも可能性挙げてみよう。カモンナッ」

 せっかくの美少女っぷりが台無しである姉に言われて私も可能性列挙する。

「実はこれは夢、実は一時的なトリップである程度時間が経てば戻れる、あるいはあれが前世の記憶だった、ゲームをクリアすれば元に戻れる、とか? あ、あと実は前の私のほうが幻覚だった説。それかこれはリアルなバーチャルリアリティーのゲームの真っ最中で、私はそのことを忘れてる、とか」

「あると思います」

 姉は真面目なんだか不真面目なんだか分からない口調で言う。

「そういうお姉ちゃんはどういう可能性があると思ってるの?」

 私がじとりとした目で見ると、姉はにんまりと笑った。

「説明しよう! 私の有力説は、呪いの本が本物だった! ってやつ。非日常な体験ができるっていうから、ある程度面白体験したら元の時間軸に戻れるんじゃないかなって。レッツポディティブシンキング!」

 しまったこの人はこういう性格だった。

「ぶっちゃけて言うならば、この世界が胡蝶の夢みたいな誰かの幻想の可能性だってあるわけよ。現実世界では病室から出られないのに、この世界では『みんなのアイドル、マ○ちゃんだよー』とか言って友達に若干引かれたり、モノラカ○ノママーって唱えると願い事がかなったり、階段の踊り場で反復横飛びしてSP回復したりしてるのも全部セ○クの陰謀だったりする可能性もあるのよ!」

「ごめんお姉ちゃん、私元ネタわかんない」

「これだから平成っ子は! 4はやるくせに1とか2はやらないんだから!」

 姉は地団太を踏んだ。

「とにかく、今のときを全力で楽しむ。私は一炊の夢説を猛プッシュするよ。これで万事OK。アンダスタン?」

「コピー」

 結局、姉の有無を言わさぬ勢いに巻き込まれた私は、翌日から始まった原作時間軸に乗って、ゲームの舞台である学園へと通うことにした。



 入学式、豪華絢爛な講堂で私はこれからのことを想う。

 ゲームのあらすじとしては、まあそこまで奇をてらったものではないと思う。

 義理の家族から冷遇されるヒロインが、諸事情により父親の母校でもあった高校へ通う。そこで知り合う少年たちと仲良くなり、その進行具合やヒロインのパラメーターによって異なるエンディングを迎える、というやつだ。攻略対象はなにやかんや心の傷を抱えている時期社長の美少年揃いである。

 やや個性的といえるのは、作中でお金を稼ぐ必要があることぐらいだろう。買手屋家から養育にかかった費用+大学資金は自分で払えといわれているのだ。ヒロインは卒業までにアルバイトや先物取引、株、投資などによって資金を稼ぐことを強いられる。株価や相場の変動についてはランダムで複数パターン用意されているため、決め打ちできないのが難しいところである。私はこのゲームで先物取引なるものを知った。あ、一応落とした男の子に借金を肩代わりしてもらうのもありだ。

 恋愛パートと金稼ぎパートにおいて、それぞれ邪魔してくるキャラクターがいる。買手屋皐月は両パートにおいて邪魔をしてくるキャラクターだ。最終的にヒロインが勝てば、負け惜しみを言いつつも潔く去るか、あるいはそれなりに友情を育んでいい感じのお友達エンドもある。また、一番のバッドエンドは誰ともゴールインできずに借金も返せない、夜逃げエンドと呼ばれるものだ。自己破産よりはいいんじゃないかな。似たようなものだけど。

 いずれにせよ、クリアするだけならあと三年何もせずともバッドエンドなら迎えることは可能だ。死ぬことはないし。せいぜい胃に悪いだけで。

 新入生代表――攻略対象である――の挨拶を聞きながら、とりあえずやれるだけやってみようと改めて決意したのだった。

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