すり合わせ
オタク要素しかない
しばしのすりあわせを経て分かったことだが、私と姉には『商人だって恋をする~愛と打算の取引~』の登場人物としての記憶があった。姉にはヒロインの義理の姉(ただし同い年)である買手屋皐月の、私には金梨千佳としての記憶だ。鏡を見て確認した限り、姉だけでなく私もゲームのキャラデザに準じた姿になっている。パーマっけの強いセミロングのやや茶色い髪、やや茶色が強いのたれ目がちな目、いろいろ小さくて華奢な体躯。二次元を三次元にしたらまあこんなものでしょう。
直前までしていたゲームの中に入り込む、なんてことは一笑に付される想像だとは分かっていたが、ゲームをしないはずの姉がアキコイの、しかもライバルキャラに当たる皐月のキャラ設定を知っているはずがない。まして、実際に見た目がこうも変わってしまっては信じざるを得ないだろう。
「でも千佳ちゃん、落ち着いてるね」
姉が首を傾げるので私はそういう小説を読んだことがあるのだと答えた。そして頭痛をこらえながら一通りの説明した私に対して姉が発したのが冒頭の姉の言葉、
「千佳ちゃんは夢小説派だったのね!」
なんのこっちゃい。
「いやさ、お姉ちゃん。何なの夢小説って」
私の言葉に姉は驚いた顔をした。
「え? 千佳ちゃん、夢小説読んでたんじゃないの?」
「いや、だからその夢小説っていうのは何なのさ」
私が心底わからないという顔をしているので、姉はそれが真実だと悟ったらしい。
「さっき千佳ちゃん、言ったじゃない。乙女ゲームの中にトリップしてその登場人物に憑依転生しちゃったりする話読んでるんでしょう?」
「う? うん、まあ異世界トリップだけどさ。憑依転生?」
「うん、で、幼少期からとかあるいは原作時間軸になってから原作介入してバッドエンド回避したり本来のキャラが崩壊したりするんでしょ? 場合によってはTS転生でBLの場合もあり、と」
なぜか姉は顔を輝かせている。
「最近はピ○シブでいろんな作品一括で見れちゃうからサーチとか同盟とかもすぐ下火になってるジャンル多いじゃない。まして夢サイトやオリキャラなんて他の同人してる人からは蛇蝎のごとく嫌われるジャンルだし検索よけも念入りだし、ピ○シブではスクリプトが対応してないから名前変換できなくど扱ってないジャンルだし、そもそも知らない人だって多いと思うし……憑依転生も結構人気だけど原作改変なんかもあるある王道よね。私としては存在するはずのない家族パターンも嫌いじゃないけど原作未登場のクラスメートとかパターンの方が好きだわ。嫌われ系の話は地雷だけど」
目を輝かせながら語る姉に若干引いたのは内緒である。
「い、いや、って言うか私が見てるの『物書きになろう』っていう小説投稿サイトだから、夢小説? ってやつじゃないと思うよ?」
「え、じゃあオリキャラなの? 名前変換なし? 最近の同人は懐広いね。あ、それともア○カディア的なノリなの?」
「待って、なんか前提が違う。そもそも『物書きになろう』は二次創作禁止だし」
「は?」
この後、私と姉による現状とは全く関係のない意見のすりあわせが再度行われた。
いわく、夢小説とは名前変換小説とも呼ばれる二次創作のジャンルである、と。
その中でも割と人気のトリップ物と呼ばれるジャンルでは、物語を知る主人公が原作介入するというパターンが多いらしい。純然たる無知でのトリップ――つまり原作を知らずにその世界へ行ってしまうというパターン――もあるが、人気があるのは原作を知った上でトリップするパターンだ。通常のトリップは体一つで原作世界に飛ばされてしまうというもので、その場合は家族や友達といった元の世界とは完全に切り離されてしまうらしい。そうでないパターンもいくつかあって、人気の例でいくと、
憑依もの=主人公が登場人物のいずれかの体に乗り移る。そのキャラに転生という場合もある。
家族もの=原作にない原作キャラの家族に転生し、幼少期から関わる。
オリキャラ=原作にいないキャラ(過去含む)として原作に関わる。
という、大体この三つが主流らしい。あくまで姉の基準である。
他にもあるらしいが面倒くさいので割愛。
基本的に原作を知っていることが多いため、原作の悲劇フラグをことごとくクラッシュしていくのが王道らしい。そのためキャラ崩壊が起こったり、主人公至上主義や逆ハーというのはごくごくありがちなパターンらしい。あとリア厨作者に多いのは原作のおいしいとこだけヒロインが掻っ攫っていくパターンなんだとか。
「乙女ゲームにトリップっていうと、私のときは金○ルとか遥○とかが人気だったわねー。あ、でも金○ルは主人公一言もしゃべらないからアニメ化前はそもそも夢設定じゃないのも多かったわねー。キャラ解釈分かれてて面白かったよ。無印アン○ェリークはすでに下火だったわ。八人目のコンクール出場者、とかもう一人の巫女! とか設定多かったねー。あ、テ○プリも最強テニヌプレーヤー設定多かったよ。全国大会出場しちゃったりね。本来はいないはずの人間が舞台に上がっちゃう感じね。場合によっては原作ヒロインの性格が改悪されてたりして、そういうのが夢小説ヘイトの原因になってたりするのよねー。逆に主人公自体の性格が作者的には天使、読者的には最悪ってことでヒドインとか言われたりするパターンもあるけど」
な、なんとなく心が痛むのはなぜだろう。
「って、ていうか、お姉ちゃんって同人してたんだ?」
「私もサイト作ってたよ。今は閉鎖したけど」
あっけらかんと姉は言い放つ。ん? も?
「っていうか、うちの家族みんな同人スキーよ? お父さんは昔は健全ギャグ中心の二次漫画作ってたし、お母さんはBL二次でしょ、弟だって百合イラストサイト作ってるし。っていうかお母さんに合宿厨が押しかけたのをお父さんが撃退手伝ったのが付き合うきっかけだかんね?」
さらに説明を求めたところ、その昔同人誌の奥付に住んでいる住所を書いていた(!)時代にその作者の家まで押しかける迷惑な人がいたんだそうで。
私は絶句した。現状の状況より家族の同人活動状況に絶句した。家族の一般人を装う擬態が完璧すぎる……
「うーん、っていうことはそうかー。千佳ちゃんはオリジナルネット小説の方が趣味になっちゃったかー。やっぱりそれとなく誘導しとけばよかったなー」
同人ものの血筋って怖い。
「にしてもやっぱり流行っていつの時代も大して変わらないものねぇ。その内嫌われもの流行るんじゃない?」
「嫌われ?」
「そ。簡単に言うと主人公が大体性悪女のせいで特定のキャラクターたちにめちゃくちゃ嫌われて迫害されるの。で、真実を知る別のキャラからには協力してもらえて、最終的に形勢が逆転して主人公を迫害するキャラたちをみんなで弾劾するってやつ」
……もう流行ってます。