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プロローグ

 夏休み、有給を取って実家に帰ってきていた姉がくれた怪しげな革張りの本。それが突如光を放ちながら開いたかと思えば、私と姉はその中に吸い込まれてしまった。

 そして次に気づいたときには、私は姉が来る直前までやっていた乙女ゲーム『商人だって恋をする~愛と打算の取引~』、通称アキコイ(さらに一部ファンの通称はアキンド)というゲームの登場人物になっていた。具体的に言うならヒロインに。

 ……そしてそれは私だけではなく、一緒に吸い込まれた姉もだった。彼女はヒロインの義理の姉そっくりの容貌になっていた。中身はともかく。


 流行のネット小説の読みすぎかと思いつつ、頭痛をこらえながら事態を説明した私に姉は興奮した面持ちでこう言ったのだった。

「千佳ちゃんは夢小説派だったのね!」

 違います。



 事の起こりは三十分ほど前にさかのぼる。

 私には年が十歳離れた姉と、八歳離れた兄がいる。

 大学受験を控えた夏休み、私が自室で現実逃避に励んでいたところ、普段は一人暮らしをしている姉が有給を取得して実家に帰省してきたのだ。

「知佳ちゃーん? 受験勉強はいいのかなぁー?」

 ノックもなしに踏み込んできたのは姉だった。というか、思春期女子の部屋にノックもなしに突入してくるのは姉くらいなものである。姉に対する私の認識は、変人、の一言に尽きる。

「お姉ちゃん、ノックくらいしてよ!」

 私はゲーム機をあわてて引き出しの中にしまった。

「大丈夫よ、扉前で気配はうかがってから明けたから」

「何一つ大丈夫じゃないよ!」

 思春期の繊細な乙女心は男社会でばっさばっさと道を切り開いていく姉にはいまいち理解してもらえないらしい。もしくは理解した上で無視しているのか。

 黙っていれば美人と評される姉は、理系の道に進み、今では研究職の道で成果を挙げているらしい。らしい、というのはその研究がどんな風に役に立つのか私の頭ではさっぱり理解できないからだ。

「じゃじゃーん。呪いの本~」

 そう言って姉が取り出したのはいかにもといった革表紙の本だった。表紙には謎の魔方陣が描かれ、文字は英語っぽい――しかしまったく読めない――言葉が書かれている。

「わっ、すごい。なにこれどこでこんなの買ってきたの!?」

 ファンタスティック! と思わず心中で叫ぶと姉はにやりと笑った。

「ふふふ、蚤の市というやつよ」

 姉がもったいぶった言い方をするのは昔から――記憶の限りでは中学生くらいから――のことだ。

「ああ、フリマアプリとか?」

「若い子はロマンがない!」

 私の返答がお気に召さなかったのか、姉はぷりぷりしながら蚤の市のよさを語りだした。しばらく放っておけば自己完結して終了することを知っているので私は聞くふりだけして放置。

「――とまぁ、そんなこんなでイヤリング一個から様々な物々交換を経てそのローブをかぶったおばあさんと呪いの書を交換したのよ。分かる?」

「うん」

 あ、案外面白そうな話だったんだな、と最後だけ聞いて思う。話が長い人を相手にしていると、こちらに話を振られたときだけ相槌を打つというスキルが発達するものだ。

「で、その呪いの本で何ができるの?」

「未知の体験、よ!」

「ヘーソウナンダー」

 どや顔で言う姉にいささか冷めた視線を向けてしまうのは仕方がないだろう。

「なによぅ。厨二病発症は治まったけどまだまだ厨二病要素大好きっ子の知佳ちゃんが喜ぶと思って買ってきたのにー」

 そう言いながら年に似合わないぶりっ子のようなしぐさで姉は肩をゆすった。

「ちゅ、厨二病とかなってないから!」

 私が慌てて否定すると、姉は分かっているとでも言いたげなにやにや顔で私の顔を覗き込んでくる。

「作ったんでしょ? 黒歴史ノート」

「作ってないし!」

「じゃあ『私の考えたサイコーに面白い設定集』? それとも『カッコいい呪文集』?……あ、そうか、最近はサイトの方か」

「違うから!」

 冷や汗が浮かぶのを感じた。

 なぜ姉が私の黒歴史を知っているのか。お母さんかお父さん? いや、でも二人とも特に触れずにいてくれたしな……


 姉は考えにふけっていた。私もこの場をどうごまかすか考えていた。

 そのため、呪いの本が突如開かれ魔方陣が広がった瞬間に対応できなかったのだった。



 まばゆい光に包まれた後は、なんとなく温い水の中を漂うような、不思議な感覚を味わった。

 そして気づけば、私は知らない場所に立っていた。

 一言で言うなら金持ちっぽい女の子の部屋。一目でお高いと分かる花瓶、ベッド、机、ソファ。目の前には気の強そうな顔をした美少女。ストレートの長い黒髪、釣り目がちな大きな目、赤い唇、高い背に、ボンキュッボンのナイスバディ――つい先ほどまでプレイしていたゲームに登場していた女の子の顔に酷似していた。

 そして私の中にある、もう一人の『千佳』の記憶。

 頭を抱える私に、目の前の美少女は首をかしげて口を開く。

「呪いの本、すごくない?」

 美少女の中身は姉のようだった。

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