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5.仮面と『右手袋』

 頬を膨らませたまま、バルちゃんは立ち上がる。


 服装は喪服のような黒のワンピース。その上からフード付きの黒いケープ。靴も黒だ。黒づくしだが白い髪を引き立てる役目を担っている。


「お兄ちゃんは?ねえ、お兄ちゃんは?名前。」


 そう言いながら、俺の側に近づくと俺のローブの裾を引っ張る。拗ねてるの?


「俺の名前は、トライ・タケル。まあ、トライオスって呼ばれてもいるが…先ほど魔王になった。よろしくね?バルちゃん。」


 俺の自己紹介に満足したのか「ん。タケル」っと短く頷きながら答えると今度はディオンのほうを見た。


「私の事は知っているだろう?アコー姉さんの弟のディオンだよ。」


「…う。アコーいつもうるさい。弟のディオンもうるさい?」


「ははは…バルちゃんにすら迷惑かけているのか姉さん。困ったものだね。私はうるさくないから大丈夫だよ。」


 騒がしい姉を持つとは大変だね。俺は一人っ子だったからな、苦労もわからんや。


「ところで、バルちゃん?こんな所でどうしたんだい?」


「バルは泣いちゃったの。」


「タケル陛下。彼女の種族であるバンシーは、死者のそばで泣く習性を持っているのです。その所為で住んでる所から追い出されることがあるのですがね。」


 誰かの死に涙することが習性か。でも、他人のために涙することができるなんてそうそうできることではないと思うがね。


「俺が思うに、死んだときに泣いてくれるやつがいるなんて幸せだと思うんだがな。誰にも見向きもされず、ただ朽ちるような最後ではなく、こんな綺麗な少女に泣いてもらえるんだぜ?報われたと思えるね。それがただの習性だといわれてもな。」


「陛下…。」


 俺とディオンの会話についていけないのかキョトンとしているバルちゃん。だが…


「タケルお兄ちゃんはバルが泣いても追い出さないの?」


 追い出されたことがあったのか…。この子に害があるのではなく、ただ泣いているだけでそんな仕打ちができるのか?


 不幸の象徴としてでも扱われたということなのか?


「どうしてだい?追い出す理由がないじゃないか。」


 俺は屈むと、バルちゃんの頭に手を置き優しくなでた。


 最初は驚きビクリとしたが、くすぐったそうに身をよじりながら笑みを浮かべる。


「んふ~♪大きくてあったかい。」


 まあ習性といわれてもやはり、泣かれるより笑顔でいてもらいたいよな。


 くいっ、くいっ!


 おや、引っ張られる。ナデナデから開放されたバルちゃんはいつの間にか俺の後ろに回ってローブを引っ張ってる。


「ね、おんぶ!おんぶして~、お兄ちゃん。」


 参ったね、子供には懐かれやすかったか俺?


 せがまれたのでしゃがむとよじよじと上ってきた。ん、角を握られているようだ、首を動かし辛い。


 ポンポンと頭を軽くたたかれたので立ち上がる。


「んふふっ~!高~い!ね、ね、どこ行く?」


「この部屋だよ。」


 俺がそう言うとディオンが扉を開けた。


 先ほど来たときと変わりないな。まあ、魔法陣は消えてしまったようだが。


 壁際に落ちている杖に近づくと側に落ちている首飾りが光る。


「な、何事でしょう!?」


 壁に映像が映し出され…


 カエルの魔王!


 俺は拳を握った。


『まて、まてまてまて!今回は流石に殴るな!もう諦めてるんじゃ、せめて遺言ぐらい言わせてくれ!』


「遺言か?では、死ぬ前に撮った映像ではないわけだな。」


「タケル陛下。冷静すぎやしませんか?」


『ワシの時もこれくらい落ち着いていればな…。ちょ、拳を握るでない!話す、普通に話す!』


 記録映像ではなく、先ほどの怨念のような感じでもない。だが、カエルだ。


『ワシがカエルなのは別にいいじゃろ、して、話とはな…。ヴィオロンとの約束じゃ。あヤツが先に逝くような事があればワシは実行に移すと言っておったのじゃ。どんなに家臣や民に嫌われるような事があっても、この国を残すために実行すると言っておいた。そのはなしをするたび悲しい顔をしておったよ。バグパスお前が先に逝けとも言われたな。』


 いや、そんなこと言われちゃったのかよ。それはどうかとおもうぜ?


『まあ、ワシが嫌われ者の邪悪な魔王として名を残すことを心配しての事じゃったがな。孫娘ヴィオリーンの事はワシの後に確実に魔王にしてやるとは言っておいたがの。』


 どの道、魔王の座を降りるつもりではいたのか。


『ヴィオロンという魔族国の大きな壁が無くなれば、欲望に支配された勇者の国の王族が必ず勇者を召喚して攻めて来る。簡単なことよ、「新しき魔王により世界は混沌となる~魔物が増えた~勇者が必要だ~邪悪な魔族たちを滅ぼせ~我らの土地を奪還するのだ~これで世界は平和に近づいた!尊い犠牲の果てに…。」この世界において、このような事を続けているのじゃよ。面白いじゃろ?魔族の所為で魔物が増えたと噂をたてれば民は信じ、耕してある畑やさまざまな技巧を凝らしてできた品々を奪えば民は奪還したと大はしゃぎ、そりゃあ豊かになるからのう…。肥えた豚共(貴族)が増えるワイ。最後は、危険な存在である勇者をそれとなく犠牲として処分。平和に近づきましたとさっ!けっ…筋書きがお決まり過ぎて反吐が出る。それも、決して平和になったとは言わない所が性質が悪いわい。』


 リーナからも同じような話を聞いたな。人間不信になりそうだが、人間国の民たちは舞台の上で踊るだけの存在か…欲にまみれた王や貴族が肥えるという話だな。


「で、俺に何が言いたい?」


 俺がそう尋ねると、くっくっくとのどを鳴らしながら…カエルだから似合うね、その動作。


『褒めてるのか、貶してるのか…。まあいい、だからワシは勇者を兵器ではなく魔族のために動く駒としたかったのじゃ。おぬしが魔王になったので、わしは満足じゃ。ヴィオロンとの約束はヴィオリーン姫を守る勇者をとの事と、国に向かってくる欲望の魔の手を討ち果たす力ある勇者であることじゃ。これでワシも問題なく逝ける。』


 魔王バグパスの姿が薄れ始める。


「バグパス様。…アナタ様もまた国の事をお考えで…。」


『結果で言えば、まだじゃ。勇者の国が呼び出そうとしたのがタケルだけとは限らん。だから、心しておけ…この国に勇者が攻めてくる可能性は拭いきれておらぬことを…」


 凛々しい姿だった。国を思う魔王の最後の姿として心に刻んだ。


 そんな俺の頭に、少しあたたかい雨が降った。


 静かな部屋にくすんくすんと泣き声だけが聞こえる。


「魔王様よ、こうして泣いてもらえたんだ。幸せモンだな…。」


「誤解されたまま、悪しき魔王のままで終わるより、誰かに聞いてもらえたので逝けたのでしょうね。」


「うう~ぐすっ…。」


 殺しちゃったのは俺だが。まあ、バグパスの分まで頑張らないとな。最後に言った勇者は俺だけではないね。確かに可能性はある。


 あまり考えたくは無いが、その時がこないでほしいと願うことしか今は出来ない。


「さて、彼の遺志も聞いたし、バルちゃんも泣き止んだからな杖を頼む。」


「はい。おや?首飾りは壊れていますね…。力を使い切ったということでしょうか。このローブと共に遺品として丁重に扱いましょう。」


 紐が切れ、ヒビが入っている首飾りをローブに包みながらディオンが言ってくる。


「そうしよう。それに、バグパスは己が命をもって俺を呼び出したということは伝えるべきやつには伝えておかないとな。」


「でしたら、将軍方には伝えるべきでしょう。」


 将軍ね。そいつらにも挨拶とかなきゃな、それに勇者のことも話しておくべきだ。


 魔王の杖はしっくり来る。馴染む!じつに馴染む!うん。


「ふぁあ~。おんぶに移行~」


 バルちゃんはそう言うと、肩車から背中にしがみつくような位置に降り、俺の肩に手を添える。


 俺は右手に杖を持っているので、左腕を背に回し、バルちゃんが落ちないようにする。


 微笑ましいのか、ディオンは俺の背に優しい笑みを送りながらローブを抱えている。


「戻ろうか?リーナの部屋に。」


「そうしましょう。」


「ん~。」


 魔王の間から出て、廊下の角を曲がると…


「ふはははは!魔王っ覚悟!今度こそ退場願いますよ~ふふ~♪」


 うわ~どっちが悪者なのかと聞かれたらすぐに指差したくなるよ。


 兜を取り付けられているのでオシオキ中なのだろうが、反省とかはしてなさそうだ。


 ガントレットを両腕に装備し、モップのようなものを振り回している。


「な、魔王め!バルちゅわ~んを人質?にするなんて!それに弟よ!なぜそいつと一緒に居る!」


「姉さん。見苦しい真似はやめてくれ。それにバルちゃんはタケル陛下に自分からおんぶしてもらうように頼んだんだよ。」


 プルプル、カタカタとモップを握り締めながら震えだす。


「なんですって!私だと拒否られるのにぃっ!」


「む~うるさい。アコーすぐ頭落ちるんだもん。」


「今の私なら頭は落ちませんよ!さあ!私の元に!」


「やだ、へいかがいい。うるさいアコーはどっか行って。」


 完全拒否。ちょ、スリスリしないで。くすぐったい。


「笑ったな?ぐぐぐ…魔王っ!笑ったなああああ!」


 誤解です。バルちゃんの頬ずりがくすぐったかっただけです。


「きいいぃ!『スタン!』『スタン!』はあっ!?『スタン!』効かない!」


 あのモップ、杖代わりなの?


 俺に向けながらひたすら魔法を放つ。


 アコーは、あの時麻痺してて俺には状態異常が効かないことを知らないのか?


「姉さん!タケル陛下には効かないんだよ!もう止してくれ!」


 そう言いながら俺の前に出るディオン。


「ええい!だまれえぇ~『スタンショット!』」


 な、自分の弟に向けて放っただとっ!間に合え!


「『レジストボディ!』」


 右手の杖が光ると、ディオンの身体に変化が起こる。


 鎧が蒼く輝きだしたのだ。


 それにより、彼に向かっていたバレーボールサイズの光は鎧を覆う蒼い光に打ち消された。


「へ、陛下これは!」


「先ほど覚えたんだよ。アコーに回復魔法を使ったらね、熟練度が上がったんだ。」


 当のアコーは呆けてしまった。


「弟に向けて魔法とは…。堕ちたものだな、それでよくも俺を糾弾できたものだ。」


「私はいくらでも汚泥を被っても、不名誉な扱いをされてもいいのです。リーン様が、ヴィオリーン様が魔王になるのならばなあっ!『ブースト!』」


 個のため力を使うか。ブーストの掛け声と共に彼女のガントレットが淡く輝く。身体強化の魔法ということか?


 あら、モップを投げ捨てたぞ?


「ふふふっ!私は弟より近接戦闘は強いわよ?回復魔法を使うだけのアナタに私を止めれるかしら?」


 フェイスガードを上げ、不適に笑うと足を開き上体を下げ、拳を構えた。


 戦うメイドさんか…。バルちゃんをせおっててもお構い無しのようだ。だが俺は…


「残念だよ。個のためにその身を捨てるか。俺はな、国や民のために拳を握ると決めたんだ。だからな、易々と終わるつもりは無い。」


 俺の言葉に歯を食いしばり、目を細めながらアコーは駆け出した。


「黙れえええ!私の思いはこの際どうだっていいのよ。あの子が明るい世界に居てくれれば!皆に慕われていれば!王で居てくれれば!いいんですよ!だから、アナタは退場してください!退場しろおおおおお!!!」



 ゴスッ!



 腰の入った右ストレートが俺の胸部を襲う!


「そんなものか?俺の片足すら下げれないような一撃だったな。余りにも軽い拳だ。」


「ぐ、ぐうううっ!!!らああああっ!!!」



 ドス!ガスッ!ドウッ!ドドドドドドッ!



 ひたすら殴る殴る殴る…だが、弱い。弱すぎた、虚しすぎた。


「どう、して、どうして…倒れてくれないの、退いてくれないの、なんで…。」


 俺の胸板に頭を押し付け肩で息をしながら呟く。そして、嗚咽がもれた…


「ダメなんだよ。俺はな、リーンからも言われたんだ。自分が魔王になるより、この国のためになってくれるならそれでいい。自分はそれを支えるだけだとな。だから、俺はこれから期待に沿えるように頑張らなきゃならないんだよ。」


 俺は、右手に持っていた杖を今までただ見ているだけだった光るディオンに押し付けると、震えるアコーの背中を優しく撫でた。


「そんなぁ~私の頑張りが…私のやってきたことが…ううう、え~ん。ぐすっ。」


 泣く子に挟まれた状態だな。


「ふ~ん、アコーも泣き虫なのね?少しはやしさくしてあげる。」


 そう言いながら手を伸ばしたバルちゃんは兜を撫でた…。


 幼女に撫でてもらう武装メイドってどーよ?


「えへ、えへへ~やさしさ貰っちゃいました。わかりましたよ、こうなったら私もアナタを手助けして、リーン様に褒めてもらうんですからっ!…ふひっ。…それもアリですね。」


 何かを想像したらしく、いやらしい笑みを浮かべている。怖いな。


 そんな俺たちのやり取りを…


「アコーを追いかけてきて損したじゃない。はあ…私もトライオスに撫でてもらいたいわ…って、私なんてこといってるのよ!去れ、私の煩悩よ。下手したらアコーと同じ頭かと思われるじゃない…。」


「…。声に出ていますよ、ヴィオリーン様。」


「やっぱりタケルは強いね。アコーのブースト状態の攻撃ですらビクともしないなんて。ふふっ、流石ボクの魔王様だよ♪」


「またそれ?私たちの、でしょう?そして、三人にとっての勇者でもあるんだから。」


 三人は階段の所から覗いていた。



 アコーが落ち着いたので階段まで移動しはじめる。


「タケル陛下。私はいつまで光っているのでしょうか?自分の身体が魔光石にでもなった気分です。虫が集まらなきゃいいけど…」


 そう言われてもね…。どれくらいの間効果があるのか分からんのだよ。


 てか、虫集まるのかね。


「いいじゃない。目立つわよ~。虫の二三匹なんてどうでもいいじゃん。物静かなディオンには丁度いいわ。」


 いえいえ、アナタのキャラが濃いだけですよ。ディオンにそれを求めてはいけない。


「きらきら~ディオン!ふふ、明るいね~。」


「バルちゃんまで…。私は別に目立たない、静かなほうでいいんです。夜中は特に騒がしいと迷惑ですからね、姉さんのようにはいきませんよ。」


「ぶー。ね~ね~魔王様もディオンは静か過ぎると思うでしょ?」


 ローブを引っ張るんじゃありません。


 何か急に懐かれたな。先ほどまでのレイジングな感じが全く無い。


 泣いて吹っ切れたのかね?


「俺に言われてもな…。覚えたばかりの魔法だったし。それに、時間制限はあるんだ。そのうち効果は切れるさ。アコーみたいに騒がしいと夜中は迷惑だからな、今のままで構わないよ。無理にキャラ変するなよ?いろんな意味で心配しそうだ。」


「ご心配には及びませんよ。迷惑だそうなので、姉さん静かにしましょうね?」


「ふっふっふ~無☆理。無理ね。朝方から昼間なら静かなんだから、その分を夜で取り戻さなきゃ♪魔王様、寝かせてあげないわよ?」


 取り戻さなくていいんだけどな。夜中に行動しやすいのがアコー達の種族特性だとして考えとかないといけないよな。


 夜行性?


 夜型生活?


 まあ、そう言う人間は元の世界でも居た。俺も時々は深夜のシフトにも入ったしな。


 適材適所として夜中の見回りしてるんだろうし。


 それにしても…去れ!俺の煩悩よ!なんだよこの柔らかさは!胸元が開いてるしよ…視線が下がってしまいそうだ。


 今までの女性の中ではダントツだな。ぐ、腕に押し付けられるたび形が…わざとだろう?なあ、わざとだな?目が笑ってやがる…。お色気担当でも目指してるのか?



 …ギリッ。



 この歯軋り…ヴィオリーンだな。


「リーン。アコーは多分キミのためにタケルを篭絡してるんだよ。…多分。なんだろうか、不安になってきたな。あんな嬉しそうにしてるアコー見たこと無いよ?もしかして、本気なのかい!?ボクを…ボクを差し置いてタケルをっ!!!許さんぞっ頭軽女めっ!ぐぎぎぎ…」


「リーナ様落ち着いてください!ヴィオリーン様も無言で攻撃魔法の用意なんてしないでください!」


 物騒だな。レベックもそんな女性陣に挟まれて疲弊してるな、疲労をうかがえる。


「あらあら、私に嫉妬だなんて♪ふふっ、かわいいわ~。魔王様のおかげでイイものが見れたわねぇ~これからも色々と魅してもらえるのね?楽しみが増えちゃったなぁ。」


 爪先立ちになりながら俺の耳元で囁く。くすぐったいな…柑橘系の匂いがほんのりしてくる。だが、なにより二の腕が見事な双丘に包まれる。



 急に静かになった…。だが、なにか負のオーラを感じる。


 ひぃっ!レベック!


「…。ふふっ、陛下?どうなさいましたか?」


 その声を聞いたディオンがカタカタと震えている。


 ネコ怖い。と言いながらバルちゃんがしがみつく。


 先ほどまで抑えられていた二人も決して視線をレベックに向けようとしない。


 そして、最後にこの原因を作り出したアコーは…


「ひ…レベックちゃん!こ、ここここれは誤解よ!決してわざとじゃないの!魔王様の背が高いからこうなったのよ!不可抗力よっ。だから、お願いお願いよ~このと~り。ね?」


 土下座している。かなり必死に謝っている。怖さを知っているのだな…


「…。」


 俺は無言で階段側に居たレベックに近づくと


「『ヒール!』『レジスト!』」


 頭をネコミミごとくしゃくしゃっと撫でながら回復魔法をかけた。


 そして、囁いた。


「ごめんよ。気分を害させてしまって。今の俺にはこんなことしかできないからさ、謝るよ。レベック。」


 プルプル…カタカタ…


「うにゃ、うにゃにゃーーーーーーん!!!」


 むぎゅっ…


 顔を真っ赤にしたレベックが鳴き声を上げながら俺に抱きつく。


 あれ?やわらかい?


 男のような筋肉質な感じが全くしない。おかしいね?


「レベック?キミは…」


 俺が声をかけると、バッっと勢いよく離れた。


「へへへへ、陛下っ!リーナ様の部屋に戻りりりりましゅ!よ!さあ、自分についてててきてください。」


 かなり動揺している。一人で階段を下りだしてしまった。


「…ずるいわね。さて、気を取りなおして戻りましょ?トライオス。」


「タケル~行こうか?完成品が見てみたいだろう?」


 近づいて気付いたが、二人の首元にはいつの間にかネックレスが…ん?ついている黒い宝石のようなものがなぜか気になる。見覚えがあったかな?


「これかい?余ったからね、有効活用させてもらったよ。まあ、製作費だと思っといてくれないかい?」


 俺の角の欠片ということだな?俺は文無しだから仕方ないよな。でも、こんなものでいいのか?いや、魔王の角だから下手したら凄い額かな…。


<おそろいなんて、ずるいですね。>


「いーな。バルちゃんもそれ欲しい、よ?」


 また角を折れと?それに、声の人は何を言っているんだ?


「ごめんよ、バルちゃん。ちっちゃいのであれば作れるかもしれない。ボクたちのと同じ大きさは無理だけどいいかな?」


「ん。いーよ?」


 どうやら話がついたようだな。


「え~私には?」


 いつの間にか近づいてきたアコーに…


「だまれ!ボクをこれ以上不快な気持ちにさせるんじゃない!ぐるるる…噛むよ?」


 …はい?唸ってるよ。機嫌が悪いようだ。


「はいはい。リーナちゃんごめんね~。ほら、ディオン。アンタもここいらで退却だよ。いつまでもくっついとくわけにはいかないでしょ?見回りにゴー!」


「では、杖をおかえししときます。バグパス様の遺品は保管室に置いておきますので。リーナ様、ヴィオリーン様、バルちゃん。タケル陛下、失礼します。」


 光る鎧が去っていった。


 この後、彼は蒼く光る鎧の所為で新手のモンスターだと勘違いされることはまだ誰も知らない。


「魔王陛下。失礼いたします。」


 スカートの裾をつまんで優雅に一礼すると去っていったアコーだが、兜を被っているせいでシュールだったのは言うまでも無い。


「陛下!まだですか~自分はもう下りて待ってますよ~。」


 下の階からひょっこり顔を出しながら呼ぶレベック。


 やっぱり、かわいいよな?その仕草の所為で男の声に違和感が募る。その理由をリーナ達は知っているようだが…いつかは教えてもらえるかね?


 そして、リーナの部屋に辿り着くと、部屋に入って早々に…


「早く早く!かっこよくてお似合いですから~陛下。」


「ふふ~、くろくておそろいだね?へいか?」


 キラキラしているレベックが催促してくる。バルちゃんも嬉しそうだ。


 リーナの机の上には、顔の上半分を隠すくらいの仮面とレザーグローブ?まあ、右手袋が置いてあった。


 これらが完成品らしい。


「なあ、黒すぎやしないか?黒ずくめの男だよ、これじゃ…不審者だ!」


 黒い仮面に黒い右だけの手袋を指差す黒髪に黒い角を生やした男。手に持つ杖も白と黒の意匠。身に纏うローブも黒っぽい。


 わぁ、通報されちゃう!


 そんな俺の態度にリーナは口を尖らせながら…


「しょうがないじゃないか。素材も黒だし、タケルの角も黒なんだ。でも、兜被って徘徊しているメイドな不審者に比べれば雲泥の差だよ!せっかく喜んでもらえると思ったのに…」


 やめてくれ!そんな顔をしないでくれ。エルフ耳も力なく垂れる。その悲しむ姿に心が痛む…。俺は何てヤツなんだ、頼んでおいてこんな仕打ちを彼女に…



 ゴスッ!



「っ!?タケル、どうしたんだいっ!自分の頬を自分で殴るなんてっ!」


「ごめん。リーナに頼んだのは俺なのにさ…。不快な思いをさせてしまったクソ野郎のことを殴りたくなったんだ。驚かせてしまったことも謝るよ。」


 謝罪のために頭を下げた俺にリーナは近づき…


「ボクは…ボクは大丈夫。だから、顔を上げてくれよ?あ~あ、カッコイイ顔が赤く腫れて台無しじゃないか。ふふ、丁度いいところに仮面があるや♪これで気にならないね?痛みは消えないかもしれないけど…。」


 優しい声色で語りかける。殴ったせいで赤くなっている頬を優しくなでると、その手をそのまま頭のほうに持って行き、さらさらと俺の髪に触れる。そして、もう片方の手で俺の顔に仮面を取り付けた。


 俺がゆっくり顔を上げると…


「…っ!!!似合ってるじゃないか!えへへ…予想以上だ。」


「ちょっと、ちょっとリーナ退いて、見えないわ。…っ、い、いいんじゃないかしら。魔王様?ふふっ。」


「陛下、お似合いですよ。」


「ん。にあう♪くろだからだね。」


 ご好評のようだ。ならいいか…。それで、手袋の方はどうしたんだろうか?


「おや?手袋のことが気になるのかい。それはね、レベックやリーンがボクに言ってきたんだ。タケルの全体にかける魔法は眩しすぎる。ボクとタケルが眩しくなくても他の人は困るだろうってさ…。タケルは魔法を使うとき右手が手首から先にかけて白く輝くだろう?だから、そこまでの範囲を覆う物があったほうがいいと指摘されてね。できた品がこれだよ?最初は白い手袋だったんだけど…タケルの角を組み込んだら最終的にこんな感じに…」


 そう言って手袋を持ち上げながら見せてくれる。軽く伸ばすと白い溝?ライン?が入っている。


 あ~眩しいって言われたもんな。俺自身眩しかったんだし、そこの所を考えてくれたのか。


「まあ、とにかくはめてみてくれよ。サイズはエンチャントがかけてあるから問題ないし。魔法を使ってみたらどうなるのか確認しておきたいからさ。」


 受け取ると右手にはめる。ブーツの時のようにフィット感がはんぱない。指の開閉を繰り返す。


「実にいい。ありがとう、リーナ。それに、レベックにリーン。眩しい思いをさせてごめんな。」


「ぐ、その微笑が眩しい…。」


「陛下。回復魔法を使う機会が増える可能性がありますからね、周りの意見は大事です。はい。…うう、直視し辛い…。」


 顔を真っ赤にしながらそっぽを向かれてしまった。


 やっぱ、仮面が変なのか?


 小声だったから余りよく聞こえなかったし…。


「さてさて、魔法の方はどうかな?個人にかける魔法は淡く光るだけだからさ…エリアヒールを試してみてくれないか?」


「了解した。『エリアヒール!』」


 手袋の白い溝が輝く。


 光は抑えられているようだな…これは勝手がいい。


 だが、威力が上がっているような気もする。


 熟練度が上がったからか?


 杖のおかげもあるのか。


「おや?気付いたのかな?その手袋自体にも回復魔法の範囲が広がるように細工が施してあるんだ。一回の魔法で多くの民を救えるようにとのリーンからのプレゼントさ♪元は…お父さんの物らしい…」


「…。大丈夫、大丈夫よ私…。トライオスのためになら、いいのよ…。」


 ヴィオリーンはすこし無理をしながら微笑んだ…。


「…ありがとう。ありがとう、リーン。大事にするよ。キミ達に失望されるような魔王には決してならない。多くの民を守るよ、救うよ、導いてみせるよ。」


「…っ。」


 俺の言葉にヴィオリーンは涙を流し始める…。


「ホントよ?約束だからね?…居なくならないでね?お願いよ?独りにしないでよ…。」


 俺のローブにしがみつきながら喋りかける…。独りか…俺もあの時は、叔母が家に来るまでは…独りだったな。


 恐る恐るだが、俺はヴィオリーンの背に左手を添え、手袋をはめた右手で頭を包み込むように…優しく、優しく撫でた。



 しばらくして…


「もういいわ、大丈夫よ、トライオス。それに、お父様は左利きだったから余り右手袋は使わなかったのよ。左手袋のほうは大事に保管してるし…。魔王になることさえ叶わなかったお父様の持ち物が、魔王のために使われるのよ?光栄だと思ってくれるわ…きっと。」


 追究はしないほうがいいかな…。お祖父さんが長い間、魔王をやっていたのにも何かしらあったのだろうし、ヴィオリーンのほうから話したくなったら話してくれればいいだろう。


「流石に眠くなっちゃったわ。自分の部屋じゃないと熟睡できないの。じゃ、おやすみなさい。朝から忙しくなるわよ?トライオスも休めるうちに休んでおきなさいな。レベック…バルちゃんの付き添いをお願い。バルちゃんもそろそろ部屋に戻んなさい。困らせちゃダメよ?」


「えー、へいかといっしょはダメ~?」


「はい。バルちゃん、陛下もお休みになられるんですから、ささ、行きますよ。」


 行ってしまわれた。


 なあ、ヴィオリーンよ。さっきこの部屋でイビキかいて寝てたのは誰だったかな?


「まあ、リーンだからね。しょうがないさ。…ふふっ、ついにボクたち二人っきりだね?」


 そう言ってリーナは妖しく微笑んだ。

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