◇1.斧の勇者
ここは、勇者の国『ベイクドランド』。
その王城の一室です。
ちなみにですが、この勇者の国は数百年前まで魔族の国だったのですよ。
まあ、勇者という名の兵器を用いて奪った国です。
わたくしですか?
わたくしは、勇者の国ベイクドランドの第二王女、ショコラです。
国王シュトルーデルの二番目の娘です。
彼には、隠し子を含めると二十人程の娘がいます。
え?なぜ娘だけですって?
簡単ですよ。儀式に使えるのが女性、それも王族の血でなければならないからです。
わたくしには、兄、弟はいたのかもしれませんが、彼の野望の邪魔になるだけです。
処分されたことでしょう。
ですので、彼には娘だけです。
そして、わたくしには姉妹だけです。
まあ、そんな話をしたところで…今のわたくしには意味がありませんわね。
血肉を儀式に使われたのですから。
長女であるシフォン姉さまは亜人を受け入れるべきだとずっと言ってきましたからね。当然、真っ先に儀式候補だったことでしょう。
わたくしの魔族の『角』に対する性癖も知られていたのなら、こうなったことも仕方ないですね。
そう考えると、獣人好きなスフレに…
人間が嫌いなエクレアも…
それにあのこも…
あらあらまあまあと国王の娘たちはどうしてこんなに。
だから、儀式に15人も使われてしまったのですか…
それ以外の意味もあったのでしょうけど。
「どうなっている…。たった二人か?娘たちを15人も消費してコレだけか?」
今の声はお父様ですわね。
消費…ですか。物や道具としか思ってないのですね。
それでも、残された者達は色んな意味で可愛がられているか、もう既に穢れているか、幼すぎて使えなかったのでしょう。
「シュトルーデル陛下。お言葉ですが…。二人も、と考えるべきでは?それに、召喚されたばかりだというのに片方はすでにレベルが50に届きそうなのですよ?まあ、男のほうはレベル3でしたが、ね。レベル1じゃないだけましですが…。」
大臣ったら言うわね。
まあ、よかったわ。
わたくしが憑いたのがその高レベルな勇者のほうで。
雑魚な男の勇者には誰が憑いたのか知らないけど、意志の強さが反映されるかもしれないし、誰かしら?
まあ、お姉さまではないでしょうね。
それに、召喚された勇者が二人だけとは限らないもの。
呼ばれたのが勇者だけとも限りませんし。
別な場所に、奇怪な魔物やら、怪生物が…
過去の文献にも実際、勇者とは程遠い生命体が近隣の森に呼び出されて、災害が起きたこともあったそうです。
もちろん、王族しか見れない文献ですから、王が呼び出したなどとはその当時の民達は知らなかったでしょうね。
その時は、まあ、再度召喚を行い、数多くの犠牲を出しながらも撃退したそうです。無論、呼び出した勇者様は同士討ちということで処分。
この国は血塗られた歴史によって成り立っています。
今回の勇者召喚は、シンフォニアと呼ばれている魔族の国を手中におさめるためでしょう。(魔王が亡くなられたそうなので。)
いえ、そこだけでなく、獣人国も襲うでしょうし、下手したら他の種族の国にも攻め込むつもりで、大勢の勇者を召喚するつもりだったことは容易に想像できます。
自分の代で、より多くの国を従え、絶対なる王となられるつもりだというのが、何よりも滑稽に思えます。
大陸統一を目指すなら、他の種族を容認できるほどのお心がなければ無理なのですから。
「ふむ。そう考えれば確かにそうだが、未だ光る魔法陣が一つ残っておるし、もしかしたら三人目が現れるやもしれん。だが、男より女のほうがレベルが高いというのもなんだな…。ただたんに、男が役立たずなのか、女のほうが優秀なのか。」
「見た目で言うなら、女のほうが元の世界でも鍛えていたのでしょう。現に、禍々しいほどの腹筋を持ち合わせています。男のほうは筋肉はついてはいるようですが、ガリガリに近いですから。」
…。
禍々しい腹筋て、なに?
ちょっと、いえ、かなり怖いわ!
そう思っていますと、魔法陣が一際輝き…召喚される!
上着!
上着のみである!意味が分かりませんわー!
「な、なんだとぅ!服だけ呼び出されたのか!意味が分からん!ズボンはないのか!上だけなのか!」
「へ、陛下!落ち着いてください!勇者たちが目覚めますよ!」
さらにその上着の近くに…靴下、靴の順番に現れる。
マジで意味が分かりませんわー!
「……。なあ、プディング。これは、欲張りすぎたのか?それとも、呼ぶには半端だったのか?ある意味怖いんだが。」
訊かれたプディング大臣はハンカチでハゲ頭を拭いながら…
「流石に、分かりません。理解が追いつけません。確かに、怖いです。」
手が震えているようです。
確かに、不気味ではありますからね。
「隊長。確認してみてはくれまいか?」
今まで黙って見ていた王国騎士団1番隊隊長ウエハースに頼むプディング大臣。
「は!(えー、マジかよ。気持ちわりーなおい。)」
ウエハース隊長が渋々ながら召喚された上着に近づき、手に取ろうとしたときそれは起こりました。
――ザンッ!!!
舞うは肘から下。
そう、人間の腕である。
鮮血すら上がることなく、ぼとりと落ちると、忘れていたように切り口から血が流れ出す。
もちろん、斬られた本人の肘の辺りからも。
静寂の中で、ポツリと呟かれた言葉は…
「触れるな下郎。それは、(私にとって)神聖なモノだ。」
底冷えする冷たい声色。
聞く者によっては美しいと称えるであろう美声。
もちろん。声の主は勇者である。
わたくしが憑いている、『斧の勇者』の…
「ぎ、ぎひぃ~あ、あ、あ、あ~!うで~!うでぇえぇ~!」
叫びながらのた打ち回る隊長。
その隊長の腹の部分を蹴り、飛ばす。
大の大人が軽々と宙を舞い、壁に激突する。
「下郎が、血で汚れてしまう。」
床に広がる血で服や靴下、靴が汚れないようにそれらをいそいそと回収する斧の勇者。
え?なぜ斧の勇者ですって?
そりゃあ、隊長の腕を斬ったのが勇者の身長をゆうに超える戦斧でしたから。
ここで説明しておきますが、勇者は必ず、己の武器や武具と共に召喚されるのです。
ですので、勇者は名の前に武器や武具の名をつけて『○○の勇者』と呼ばれるのです。
ソウルウエポン。
魂の一部なのです。
壊れても再度生成可能。
持ち主のレベルが反映されます。
ですので、レベル49の勇者がレベル49に相応しい威力を持った武器を振るったのです。
隊長は前任が辞めたところに、貴族枠からの推薦で入ったお飾りな部分もありましたが、レベル53と、それなりの実力者でした。
ステータス的には分かりませんが、そんな男を軽く蹴り飛ばしちうゃなんて!
女だけど惚れちゃいそうだわ!
あの隊長、わたくし嫌いでしたから、ね♪
「な、ば、ばけもの!まずい、これはまずいぞ!こうなれば仕方あるまい!『我が命ずる!我を、我が国の民を傷つけるのを禁ずる!』」
よっ!まってました!
わたくしは、即座に…絶対的命令権が『二回』消費された、と。勇者にメッセージを送ります。
<国王シュトルーデルへの攻撃が禁じられました。>
<勇者の国ベイクドランドの民への攻撃が禁じられました。>
ふっふっふー。当の勇者はわたくしの声に首を傾げるだけです。
精神会話もしてくださらないのですね。
いえ、ただのメッセージと認識しているのであれば、わたくしが声をかけたとは思いませんわね。
でも、疑問に思うこともしないのはちょっと…
疑問に思ってくださればそれとなくお伝えできるのにぃ。
『ふーんそうか。』
え?
『さっきからちょいちょいというか、めっちゃ聞こえてるから。安心して。』
…oh。
マジデスカ。
『マジマジ。勇者とか言われても困るわ。私は、恋する乙女なのよ!』
えぇー。下郎発言が嘘のようだわ!
って、私にとって神聖なモノって言ってましたよね?
『そう。渡来先輩のお洋服。それに靴下!なんと、靴まで!』
で、でもー。召喚されたのはそれだけですよ?
『そ・れ・だ・け?』
ひっ!な、なんでもありませんわ!
『先輩はきっと別な場所にいるわ。これは乙女の感よ!間違いない!』
笑顔が怖いわー!
私がそう思っていると…
「へ、陛下。アレはどうやら、勇者の物なのでしょう。まさか、実力行使にでるとは思いませんでしたが。」
「お主の所為だと言いたいところだが、我が大声を出した時に反応していたのかもしれんし、服が魔法陣から現れたときかもしれんから一概には言えんな。」
動かない勇者を見て安心したのか、お互いに何が悪かったのかを話し合う大臣とお父様。
隊長はスルーなのですね。いえ、他に控えていた兵が腕を回収し、くっ付けてから魔法を使います。
なかなかやるわね。回復魔法だなんて、そうそう覚えれるものじゃないし、万能なんかじゃありませんから。
失った部位は再生させれませんが、切れた箇所同士をくっ付けてから魔法を行使すれば繋げ治すことはできますからね。
MPの消費が激しいですから、隊長一人のために使い切ったようですね。
マインドダウンで倒れたようです。
『回復魔法なのに不便ね。』
魔法自体のレベルが上がるもしくは本人のレベルが高ければ負担は減りますよ。
後、魔法を使う者より使われるもののレベルが低ければ低いほど消費も減るみたいです。
『それじゃあ、今、回復魔法使ってる兵隊さんがレベルが低すぎるってことね。』
どちらかといえば、怪我の度合いが酷かったほうかと…。
『ふーん。』
斬った本人様は動じませんわね。
『そう、心がけてるから。それに、どっか他人事な感じが拭えないもの。』
そうかもしれませんわね。
レベルもそれなりで、異世界召喚されていますから耐性やらなにやら色々と手に入れているのでしょうね。