◇一夜の追憶。
キーワード:歌声,月,雨上がり
月が綺麗な夜だった。
愛を伝えるにはうってつけの夜空だった。
憂鬱な雨が止んで空中を舞う塵が地面に落ちたからか、澄んだ夜空が万華鏡のようにキラキラと燦然の輝きを放っていた。
そんな空を眺めながら夜風に当たりたくなって、僕は気の向くままに足を運んでいた。
近所のコンビニ、行きつけの喫茶店、気になっている漫画の最新巻を買わないといけないなと思いながら通り過ぎる行き慣れた本屋。
深夜独特の顔を見せる街並みに新鮮さを覚えつつ、足を運んだのは家の近くにある小さな公園だった。
鉄棒とベンチしかない寂れた公園には、昼も夜も人はほとんどいない。こんな廃れた公園に来るよりは少し遠くにあるブランコも砂場もある大きな公園で遊ばせた方が子供も喜ぶし、大人も気兼ねなく遊ばせる事ができるからだ。
ベンチにでも腰をかけて一休みしようかと公園に足を踏み入れると、スポットライトのように降り注いだ月明かりに照らされる黒髪の少女がいた。
少女の横顔は、泣いているようにも笑っているようにも見えてひどく不安定なものを連想させる。
彼女はじっと公園の真ん中に立って一向に動く気配は見せなかった。
ベンチに座ろうかこのまま立ち去ろうか悩んでいると、少女はオルゴールのように歌い出した。
その歌はよくショッピングモールなどで流れている聞き覚えのある曲で、題名は知らないけれど耳が覚えているそんな日常に溢れた曲だった。
彼女が音を紡ぐたびにその歌声は、星のように降ってくる。
金平糖のようにキラキラとコロコロと。淡い光を放つそれは、星の雨。
手を延ばしすくい取ろうとしても、雪のようにホロホロと崩れ落ちていく。実態のつかめない、淡い淡い音の塊。
幻想的なその空間に飲み込まれて、現実だとか科学だとかそんな当たり前だと思っていたものが否定されている現象を不審に思う事なく受け入れていた。
温かなオレンジの光。
心に染み込んで行くように、僕の上で弾け飛んで行く。
光を生み出す彼女は止む事を知らないこの雨にこの身を投じて、天上のお月様に笑顔をふりまいた。
それはどこか挑戦的な、これから先の未来への高揚感と期待に満ち足りた笑顔だった。
そんな小説のような出来事は、とある一夜のできごと。
それから何があったかなんて僕には知る由も無いけれど、もしかしたらあれは夢だったのかもしれないけれど、どうしても忘れる事が出来ない記憶の1ページとなった事実だけがここに残っている。
読んでくださりありがとうございます!