騎士団長と対面する話
「......おい......お......きろ」
肩が揺れる。
まだ眠い。
もっとゆっくり寝かさせてくれよ。
「起きろってんだ」
「いだっ」
開きかけていた瞼が完全に開き、意識は覚醒する。
目の前に髭もそり全く似合ってない礼服をまとった隊長がいた。
「なんですか、隊長?」
「もう式は終わったぞ」
「え?」
「こいつ、本気で寝てやがった」
あきれる隊長に、周囲を見回せば空席ばかり。
式の会場から出て行く行列が見える。
新設の騎士団の式典は終わったらしい。
椅子から立ち上がり、身体をのばす。
ぽきぽきと骨が鳴る音がした。
「とりあえず、団長と顔合わせにいくぞ」
「え、でも三日後って?」
「責任者とは顔合わせと、挨拶と、日程の話くらいするだろうが」
「ああ、それもそうか」
「ったく、しっかりしろよ」
渋い顔をしながら歩き出した隊長の後ろをついていく。
「ジオ兵士長、マック小隊長。入ります」
珍しく身だしなみを整えた隊長が、全く聞き慣れない丁寧語でドアをノックした。
「どうぞ」
ドアの向こう側からひんやりとした感じの女性の声が聞こえる。
隊長がドアを開けた。
執務室。
机に本数冊ぶんはる厚みの紙束。
肩までにかかった青色の髪。
「よくきてくれました」
「「はっ」」
彼女の言葉に、二人して手を後ろにまわして気をつけの姿勢取る。
非常に面倒くさい。
「ふふ、そう固くならなくて良いわ」
「じゃ、遠慮なく」
隊長が姿勢を崩したの見てから俺も崩す。
「私がエーリカ、そっちにいるのか副団長のファリナ」
「ファリナです」
エーリカの隣にいたファリナという女性は、眼鏡をくいっとあげて耳にかかった緑の髪をかきあげる。
きつそうな人だな。
その分信念もはっきりしていてわかりやすそう人だけど。
「あー、よろしく」
隊長が頭を掻きながら手を差し出した。
ぴきっとファリナという女性から、何かがはじけるような音が聞こえた気がした。
眉にもしわが寄ってる。
「ええ、よろしく」
二人が睨みあいながら握手する。
水と油。
のように見えて相性はすごくよさそう。
馬鹿みたいに見つめ合っている二人は放っておいて、団長の方を見た。
「なにかしら?」
「俺らは、何をすればいいのですか?」
倍以上の魔物と戦う術。
命をとして、敵を殺す技。
魔物から逃れる術。
いったいどこからどこまで。
何の目標があって、彼女らを鍛えるのか。
その明確な線をはっきりしたい。
「貴方たちは、礼儀作法というものを知らないのか」
ファリナが、苛ついた表情で俺と隊長を見た。
「ファリナ、いいの」
「しかし」
「私が、許したのだから」
「......わかりました」
「で、団長さん。俺らは何をすればいい?」
隊長が、俺より一歩前に出て言う。
それは俺がさっき言った質問なんだけど。
「そうね、貴方たちが得たすべてを教えて。そういったら傲慢かしら」
彼女がそういった後、隊長は腹を抱えた。
「あっははは」
「なっ」
隊長が心底おかしそうに笑う。
またファリナと呼ばれた女性が突っかかりそうになった所をエーリカが手で制した。
「それは冗談でいってるのか?」
ひとしきり笑った隊長が、二人に視線をやった。
二人が硬直するのが見えた。
殺せる。
隊長なら彼女たちが声を上げる時間もなく。
「マック、帰るぞ」
「え? いいんですか?」
氷のように固まり、人形のようになった二人。
気絶している訳でもなく、眼には怯えと混乱の色。
今、彼女たちの身体に起こっている事に理解が追いついていないらしい。
「問題ないだろう、これくらいは」
まだ身体の自由が効いていない二人を放っておいて隊長について部屋を退出する。
ドアを閉めるとき声が聞こえた気はするが、隊長は完全に無視していた。
「貴族は馬鹿が多いとは思っていたが、あんな事をいうなんてな」
「仕方ないと思いますけど」
彼らは何も知らない。
彼らも戦う術を習っているのだろうが。
培った土台が違う。
魔物と人の死から生まれた血に染まった剣。
簡単に学べるというのなら、出来ると思っているのなら。
「一度、あの場所へ連れって行ってやりたいくらいだ」
「無理でしょ、それは」
隊長は、二人に殺気を与える事で示した。
示されてしまった。
最もそれ以前に、彼女たちは命のやり取りをやった事すらないらしい。
「あと、マック。おまえは敬語下手だから、いい加減に普通に話せ」
「仕方ないです、勤務時間だから」
「さっさとなおせよ、頑固者」
「隊長が言うな。だいたい、丁寧語や敬語が混ざってしまうのは。昔からです」
上下関係がころころと入れ替わった場所にいたんだ。
部隊を吸収しながら戦っていたせいで、急増の指揮官になったり指揮官が出来たりした。
これはその影響だと思う。
「それより、これどうするんだ。使い物になるまでに、何人死ぬんだ」
「死なしたら駄目でしょ」
「ああ? 死ぬぐらい、脱落するぐらいやるかって話だよ」
隊長の言葉に納得する。
本気で鍛えるなら、半数はいればいいんじゃないかと思った。
戦場で、生きる術を覚えた奴が出てくるのがそれくらいまで減った時だし。
「まぁ、軽くでいいだろう」
にやにやと隊長が笑う。
ああ、これは鬼だ。
ある鬼の魔物ときり合ったときと同じくらいの楽しそうな表情。
先ほどの二人とまだ見ぬ騎士たちに黙祷を捧げる。
やめずに一年は過ごせるようにと。
「お前もやるんだぞ」
訂正。
俺も手本として見せしめとして、鍛えられる側の一人に入っているらしい。
教導しながら、隊長の鬼訓練をさせられる。
これは死ぬかもしんない。
そう思った。




