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役得と災難の話

それから数十秒ほどお互いうつむいていた。

先に顔を上げたのはタリアのほうだった。


「泳ぎにいきましょう」

「はい?」


唐突の誘いに頭が追いつかない。

水泳?

どうして急に?


「こういう時は、身体を動かすに限るんですよ」


彼女は、微笑みを浮かべて言う。

訓練場で俯き剣を振るっていた頃とは違う。


出会って数日も間もない頃は、何もかも抱え込んでいた。


なにかしらの問題が発生した時。

ずっとふさぎ込んでいた。


かわっていっている。

成長しているんだ。


少しだけ胸のところがあつくなるとともに自分はかわってないまま。

冷たくなったままのもう一人の自分が見つめている。


「どうしたのですか?」


ぼーと彼女を見ていたのだろう。

彼女が不思議そうに問いかけて生きた。


「うんん、なんでもない」


ひな鳥がいつか空を羽ばたくように。

彼女もいつか奇麗に空へと旅たつ。


その場所には俺はいないけど。

地面から見上げる事になるけれど。


彼女が俺に手を差し出す。

少し逡巡したが、それをしっかりと握った。






先ほど釣りをした場所で泉で泳ぐ事になった。


普通ならそのための水着かそれに準ずるものを用意する必要がある。

が泳ぐ予定もなく、もちろんそんなものを準備している訳がない。


彼女の格好は、下着にシャツ一枚。

自分は短いズボンのみとなった。


なったがいいが正直、眼のやり場にこまった。

最初は恥ずかしがっていた彼女だが順応能力は高いらしい。

次第に気にしないようなっていたので、その表情を見れなくなったのは残念だ。


ただ、泉へ入ることに思うところがある。

俺は水兵ではないから、水の扱いが苦手。

泳げないというわけではないが、水中で戦えるほどの技量はない。


「こっちこっち」


タリアは、既に水際にいて手招きをしている。

こちらの心配などお構いなしである。


「すごく冷たくて気持ちいいですよ」


彼女は足を水に浸からせて言う。

けど視線を下に向ける事ができないので頷くしかない。

けっして、彼女の生足を直視するのが出来ない訳ではない。

戦場からの習いで視線を下に向ける習慣がないのだ。


ばたばたと彼女が水面を蹴って水しぶきが飛ぶ。

彼女と同じように足を水につけるとひんやりとした冷たさがあった。

どうですかとばかり、彼女はこちらを見ている。


「心地が良い」

「そうでしょう」


足から伝わってくる包み込む感触。

それと同時に何かの視線を向けられている感覚。


その方向である足元を見やると黒い陰が近づいてきていた。


「まずい」

「えっ」


急いで、タリアを引っ張り抱きしめて陸の方へと飛んだ。

お互いほとんど何もきていないために感触が直に伝わるが、それどころではない。


彼女を抱えたまま着地をして、元いた場所に視線を向ける。


「ォオオオオ!」


雄叫び。

水竜がそこにいた。


「ああぁ」


それを見たタリアが腕の中で震える。

武器は竜の足元。

先ほどいた場所においていた。


どうするべきか?


水竜。

普通の竜よりは条件がそろわない限り恐ろしくはない。

それこそ密閉された洞窟の中でもない限り危険ではない。


彼らには陸の上で、移動能力が著しくないから。

剣一本で倒せるくらい弱点もある。


「タリア、動ける」

「ごめんなさい、力が入らなくて」

「竜の眼を見た?」

「は、はい」


強者の重圧。

タリアは完全に飲まれていた。

これではこの場から動けない。


お互いにらみ合いの状況が続く。


「タリア、一度降ろすよ」

「え、あの」

「大丈夫」


彼女を安心させるように声をだしながらゆっくりと地面におろす。

震えながらも彼女は地面にたつ事は出来た。


少しずつ萎縮が収まっているみたいだ。


相手は竜だ。

力はピンからキリまでといっても街や国をも滅ぼす可能性のある存在。


本能的に硬直してしまうのも仕方はない。


「さぁ、動くよ」

「はい」


彼女は恐る恐るながらも頷いた。

二人して竜に備える。


いつ仕掛けるか。

それを待つ。


出来るなら、水竜が動き出してからの方が都合がいい。

じわりじわりと、お互いの間を探る時間が過ぎる。


慣れて少しばかり余裕が出てきたのかタリアが、震える声で話す。


「しかし、動きませんね」

「ここは、陸だから」


だからこそ水竜は動かない。

最初の攻撃からずっと様子を見ている。

向こう側もじっとこちらの隙をうかがっているのだ。


そういう賢さも兼ね備えているからこそ竜という存在は危険だ。

今回ばかりはそれがタリアを平静に戻せる時間にもなったけれど。


「さて、どう料理するか」

「マックさん、食べた事あるんですか?」

「ん、いやないけど」


少し引き気味にタリアが質問してくる。

返答によかったと冗談まじりに二人して笑う。


ここにきて俄然、余裕が出てきたらしい。

初めて竜と相対するというのにである。

ある意味、戦場をかけたそこらの兵士より胆力があるかもしれない。


「くるよ」

「は、っはい」


しびれを切らしたのは竜の方だった。

竜の周りに、人の身体ほどある水の玉が生成される。

それがこちらに向かって咆哮とともに打ち出された。


「ついてきて」

「はい」


タリアを誘導するようにして水の玉を回避する。

彼女と一緒に何度も訓練した。


彼女の速さと水玉の動きを計算して、竜と距離をとるようして後退する。

水玉をよけ続け竜が見えなくなる位置まで離れると、より大きな咆哮が聞こえた。


獲物を逃したことへの怒り。


「はぁ、びっくりしました」

「がんばった」


へたり込んだタリアに、ねぎらいの言葉をかける。

正直、初見であそこまで動く事が出来れば上等である。


場合によって、何度か水の玉を身体で止めて弾く可能性も考えていただけに完璧について来れたの予想外。

へたり込んだ彼女に手を貸そうとして止まった。


見えるのは二つのふっくらとした山。

日頃の騎士服から隠れていたものがそこにあった。


すぐさま視線をそらす。

これまで可能な限り直視しないようにしていたのに。


彼女もそれに気づいたのか、顔を赤らめて立ち上がる。

早く着替えないといけない。


「マックさん、服は泉の方においてあります」

「そうだった」


額を抱えた。

このまま王都にかえる訳にもいかない。

かといって戻れば水竜がまだいるかもしれないが。


「取りにいきましょう」


ズボンをつかんで言う、タリアの言葉に頷くしかなかった。

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