自覚する話
スープも飲みほし、食休みとばかり身体を伸ばしている昼頃。
彼女はぼんやりと小動物を見ていた。
彼女の視線の小動物をみればひどく俺を警戒している。
よくわからない三すくみがうまれていた。
動物が俺を。
俺が彼女を。
彼女が動物を。
注視している。
いつもよりも明らかにありのままの表情を見せている彼女。
ここにきてからは遠慮がちな態度も今は全く見えない。
悪くなかった。
彼女の表情のひとつひとつを見逃さないように手で頬を支えながら見つめ考える。
飯も食べていながら小動物を彼女が観察する理由。
まだ?
お腹がすいているのだろうか?
しかしあれらを食べるのは駄目と言っていた。
つまり食用ではないのだろうか?
ならば何故だろうか?
考えてもわからない。
同じように、もう一度小動物たちを見た。
小動物達は散り散りになって逃げていった。
「あっ」
タリアが残念そうに声をあげた。
「タリ」
「逃げちゃいました」
声をかけようとしたらむっとした表情で彼女はこちらを見ていた。
これも初めて見る表情な気がする。
「えっと、どうしたの?」
「なんでもないです」
彼女はぷいっと顔をそむける。
すねたらしい。
そこのところは、年相応の少女だった。
貴族で、多少大人びて見えるといってもまだ子供らしい。
ならば、とズボンのポケットからあるものを取り出す。
「オカリナ?」
「うん、そう」
興味を引いてくれたらしい。
彼女の瞳の色が変わった。
ゆっくりと息を吸い込み、オカリナを構える。
音をはじく。
旋律。
これを得意としていた仲間から習いよく奏でた曲。
あの頃を忘れそうになった時によく奏でる。
指も呼吸もすべてを旋律のために。
思いを伝える。
曲とはそういものだから。
乱れた心はそれだけ落ち着く。
これをくれた仲間は言ってくれた。
自分の気持ちを伝える。
そうすれば人は安心するもんだと。
「ふぅ」
一通り吹き終わっただろうか。
タリアの方を見ると彼女は呆然としていた。
「意外でした」
「そう?」
「はい、これほど上手に弾けるとは」
「これが、娯楽でもあったから」
砦には遊ぶ場所なぞどこにもない。
食事も貧相で、周囲の風景も荒れ果てたものでしかなかった。
楽しみといえば、月に一回にある小さな酒盛り。
その時にこれを、吹ける者たちでよく奏でた。
騒ぎ歌った。
あの瞬間は何一つとして悪くなかった。
嫌なことも辛いことも、すべてを洗い流してくれた。
「ほかの曲も聞く?」
「はい、もちろん」
どうせなら自分が作った曲でも奏でよう。
旋律を紡ぐ。
戦場で得たもの、失ったもの。
あそこは天国ではなかったけど地獄でもなかった。
悲しみはあった。
忘れたいと思う時もあった。
でもそこにはあいつらがいた。
決して苦しみばかりではなかった。
弾き終えてタリアを見る。
「えっ」
彼女は泣いていた。
動揺する。
仲間にもなんども聞いてもらったことがある曲だ。
その時の評判は決して悪くなかったはず。
少なくとも泣くほど聞くに堪えないものではないと思っている。
「ごめん、嫌な思いをした?」
「うんん、違うんです。すごく、きれいな音なのに。私にはまぶしくて聞こえて」
涙が止まらない。
彼女はうつむいて小さい声でなにかを言う。
うまく聞こえない。
焦りながら、手持ちからハンカチを取り出して彼女に渡した。
普段なら多少汚れた物のままだっただろうが、今回のために隊長が新調したものを渡してくれていた。
彼女は、ありがとうといってそれを目元に当てた。
正直それから、どうしていいのかわからない。
生き物を殺す術ならば、場数を踏んでいる。
こういった時のすべは何一つとして知らない。
「どうしたら、強くなれるんでしょうか?」
彼女がうつむいたまま問いかけてくる。
「タリアは、十分強くなっているよ」
「それは、確かに手応えは感じています。けど、やっぱり心は」
強くなれないまま。
彼女が顔を上げると虚ろな瞳。
迷い、悩み、答えを見いだせない者の眼。
「騎士の中で、うまくいかないの?」
迷った後の首肯。
「はい、情けないですけど。今も一人浮いています」
「自分で理由はわかる?」
「いえ、最初は騎士としての実力が足りないからだと思っていたのですけど、違うみたいです」
おそらく。
彼女の何が足りていないのか。
なんとなくだろうけどわかる。
けれどそれを口に出してしまう事は出来なかった。
これは、彼女と彼女の仲間の問題であって。
俺は完全な第三者。
身分が下の者が口出してよい事でもない。
だからだろうか。
少し寂しく感じるのは。
彼女が遠くに感じ。
俺に出来る事は、こうして一緒にいる事だけ。
それだけ。
こうして手を伸ばせば届く距離にいるのに。
俺と彼女はどうしても生きる場所が違うんだ。
そうして浅ましくもこうしている時間がもっとあればいいのになぁと。
願ってしまっていた。




