気づいた事
「どういうことだ?」
語気を強くして、ジオはマックを睨んだ。事、返答に寄ってはマックを彼は殴りかねないと感じさせるものだった。
「俺は。また魔物の血、肉を食らいました」
「おまえ、魔物の血は毒だって知っているだろ」
「でも、魔力の源でもあります。力を失い生きるには食べなければ、俺は本能でそうしていました」
力つきる前に彼は、魔物を肉を血を吸った。それが存分に発揮される事はなかったが、それをノーリスクで可能とさせる程に彼は血に対する抵抗力が出来ていた。それほどまでに魔物の毒に犯されて来た。
それは異常だった。ただの人が口にすれば1日も保たずに死ぬかもしれない毒を彼は平気で口にする。果たして、それは人間と呼ばれるのか。行為をも忌諱しない精神が正常と言えるのか。
「俺は、もうおそらく人間じゃない」
その言葉をジオは否定する事ができないかった。お前は人間だと応えてやれない。いや。言ったとしてもマックが、それを受け取らないと知っているから。
「おまえが、人間じゃないなら。俺はどうなるんだ」
「隊長は人間ですよ」
「俺だって」
「隊長は、魔物の血と肉を食えないでしょ」
持ち場の違いもあった。常に最前線で戦ってきたマックと、その後方比較的仲間に守られた場所で戦ってきたジオの違い。敵の奥深くで取り残されたマックは、回服するために魔物を食らい続けた。援軍にきたはずの将軍の部隊にすら牙を剥き、将軍に取り押さえられた精神が摩耗していた。意識がもどらない仲間達と同じになっていてもおかしくなかったのだ。
「ずっと思ってはいました。魔物を食らう俺が、無事でいれる俺が、果たして人間なのか」
魔物を食えるのは、魔物だけ。それがこの世界に生きる人間の常識。それを逸脱している、マックはおそらく人間を外れた存在。
「姫様はどうするんだよ」
「1年だけ、傍にいてそれからは俺は離れます。騎士の大会にも出るつもりです。けど、結果は関係なく去ろうと思います」
「で、何処で何をする?どうやって生きていく?」
「戦場に出ます」
「おまえは!」
ジオによって、マックは胸ぐらをつかみ上げられる。マックは表情をかえなかった。
「俺は、死ぬつもりで戦いません。後悔もありません」
「その先が、死だって言うのにか?」
「生きていれば、いずれ死にます。ただ、戦場ではそれが少し早いだけです」
マックの声は落ち着いた、安らかな声色だった。諦めている訳でもなく絶望している訳でもない。ただ受け入れ、納得した、彼の答えただとジオはわかった。ジオは手を離してから、地面にへたり込んだ。マックはその隣に座る。
「信じられねぇ」
「俺は、信じます。姫様は、絶対に幸せになれます」
「勝手すぎるぞ。おまえ」
「俺は隊長には謝りませんよ。俺がいれば、彼女は汚れる。彼女を俺は汚したくない」
ジオは、マックの腹を殴った。くぐもって声をあげてマックは背を丸める。
「痛いです」
「俺も痛んだよ」
はぁーとジオはため息を吐いた。
「隊長にお願いがあります」
「なんだよ?」
「姫様をお願いします」
マックは頭を下げた。ジオは苦虫を潰したような顔になる。
「嫌だともいえねぇのな」
「はい、隊長は断らない」
「おまえ、嫌な奴だな」
「今更です」
マックだった、本当は傍にいたい。だが、また戦場を経て気づかされた。彼女に言った事が嘘になろうとも、人が獣と一緒になることはない。
「うじうじ、悩みたくないので」
「悩んでいろよ、そこは」
マックは首を横に振った。
「無理です。隊長達、いつここをたちますか?」
「半月くらいか?まぁ、他の騎士団がいるしな。長くはいないだろうな」
「そうですか。それならよかった」
「どういう意味だ?」
「長くいない方がいいかもしれません。王都よりここは危険です」
マックは、じっと傷だらけになった城壁を見た。
「そんなの、まぁ。王都はどこよりも安全か」
「そうです。だから、王都に帰った方がいい。遅れてなければ、隊長達がリーンの騎士団みたいなっていました。別に、騎士団は戦果なくても存続は出来るでしょう?」
「それは、どうだが」
騎士団を否定するようなものいいに、ジオは言葉を濁す。ジオだって、彼らがおかざりにはさせないように訓練をさせてきた。それだけに思入れもある。お飾りであってほしいと思わない。だがそれは、本来の騎士としての職分を全うするという事になる。
「騎士として死ぬ、それを今回で考えさせられたと思います。ですが、本当にそれでいいのですか?」
「それは」
「やめたい人もいると思います。覚悟していても実際に経験すれば違う」
マックは小石を取って城壁に投げつけた。小石がくだけて散った。なんど投げても城壁に小石は砕かれる。
「ただ、死んでいく。そんなの認められる人間なんていません」
「ああ」
「だから、隊長は彼らに教えるべきです。戦場に出るということがどういうことか」
「わかっている」
「俺たちは、生きるために戦った。けれど、彼らは生きた以外の思いを持って戦場にたっている。それは危険な事だから」
マックは、立ち上がった。
「隊長なら出来ますよ」
立ち去っていくマックをジオは止める事ができなかった。
マックは城壁の上に上る。周辺のの街からも男で来て、総出で城壁の補修をおこなっている。あとは、街を守る戦力であるが、騎士団が滞在すれば今回みたい事にならない限り問題はない。
「アグリア」
「あ。マックさん」
ぱたぱと地面を鳴らしてアグリアが駆け寄ってくる。魔法を使えれば、壁の補修も並の男でよりも力になる。彼女も手伝っていたのがわかり、太陽の光を浴びて、肌から汗の臭いと太陽の臭いが混ざったのがマックの鼻をつく。
「大丈夫ですか」
ぴくりとして止まってしまった、マックにアグリアが心配そうな顔をする。マックはすぐ首を横に振った。戦いの傷で体調が優れないと勘違いしてくれたのだ、性的に反応してしまったとばれるのはあまり好ましくない。
「うん、ところでどう?」
「修理状況ですか?それなら、進展状況は7割と言った所ですね」
「はやいね」
「騎士団が三つもきてますから」
魔法の力。それがフル稼働すれば一週間もしないうちに城を建てる事ができるのではないか。そうマックは思いながら、彼女の手を見た。土と泥に汚れていた。その視線に彼女は気づいたのか、さっと隠す。
「これは、その」
「魔法の失敗?」
「違います!子供達と泥遊びをしていただけです!」
「そっか」
アグリアが、街の子供達と混ざって泥で遊んでいる姿を想像してマックは、喉を鳴らしてわらう。アグリアが、顔を赤らめて頬を膨らませた。
「笑う事はないでしょう」
「確かに、それが立派な騎士の仕事だよ」
血を浴びて心が荒んだ人間が、目つきも格好もボロボロの自分では出来ない事だ。奇麗どころが多いに彼女達ならば、子供達も馴染みやすいだろう。何より血で荒んだ、ボロボロの兵士達よりもずっといい。
「なんだか、馬鹿にされているような気がします」
「いいや、そんなことない」
生き残った彼らには希望がいる。その希望たる子供達の笑顔を作り、彼のあこがれの対象になれる騎士との交流は大切な事だ。
「そうだ」
「どうしました?」
「アグリアに、渡しておくのがあって」
マックは、ポケットから青い鉱石を取り出した。
「この街の名産で、幸運の石らしいよ」
「きれい」
手に取ったアグリアは、その薄く輝く青の鉱石をじっとながめた。
「観賞用だけじゃなくて魔力も貯めておけるみたい」
「ありがとうございます」
アグリアは嬉しそうに微笑んでから、その石をポケットにしまった。
「他にもいろいろあるみたいだし、暇があったら買ってあげると言い。この街に今はお金が必要だろうから」
復興の金は国から出ているが、それらがこの街の民に渡る訳ではない。人を呼び、街を再建し、元に戻してはじめて民達の手に渡る。
「はい、それなら何か食べにいきませんか?」
「部隊の人たちと?」
「はい」
マックが聞き返すと彼女は頷いた。マックは悩む。彼らに会うのがいやでない。が、女性の食事の中に混ざるのもなかなか度胸がいることだ。事実、マックはジオと一緒に飯を食べているのがほとんどだった。
「えー、そうだ」
手が掴まれた。マックの表情が、引きつる。
「逃がしませんよ」
にやりと口を三日月にして笑ったアグリアだが、頬はどことなく朱に染まっていた。




