カストレの街防衛戦3
嫌な予感がした。身体から湧き出てくる不愉快な感覚。
「休んでいる場合じゃない」
私は、重たい腰を上げて立ち上がる。扉に控えていた兵士に声をかけた。
「外は、どうなっているの?」
「わかりません。しかし、いずれはここまでやってくるでしょう」
兵士の顔は暗く疲れて果てていた。同様な顔を私もしているのだろう。
「騎士様?」
「私も、最後の一踏ん張りをしてくるよ」
「ええ、はい。ご武運を」
扉を開けれてそれをくぐった。薄暗い城内の中を私は駈けた。
「皆、私もそっちにいくよ」
声も身体ももう震えてはいなかった。
魔物の侵入は、私がいた場所の近くまで許していた。非戦闘員がいるその場所に近づけるわけにもいかないので、数多くの兵士が頑強な抵抗を行っているが、それでも相手の勢いは止められないようだった。疲労困憊の私一人が加わった所で状況はあまりかわらなかった。
「これ以上の侵入を許すな。家族を、女、子供を守れ!」
若い兵士が声を上げて魔物達に切り掛かる。いつ倒れても可笑しくない程傷を負っているものもいる。もう止めろと。戦える身体じゃないと。それでも戦い、だから死んでいく。
「もう、嫌だ」
剣を持って突き進む。死んだ兵士達の屍を乗り越えて魔物を駆逐していく。死ぬ怖さより、誰かが死んでいく声と瞬間を見るのが、見続けるのが身体を震わす。
「押し返せ!」
声を張り上げた。今も昔もあまりに感じた事がない感情が、全身を駆け巡る。
「おおおおおぉぉぉ!」
生き残った兵士達もそれに応えてくれた。攻掛る勢いに押されたのか、魔物達がひるんだ。逃げ腰になった奴らの首をはねて逃げた奴らを追い回す。不思議と息がきれることはなかった。
「ここは」
魔物を追撃しているうちに、城内の最前線だった場所へとついていた。既に突破されたここには、魔物と兵士達の屍で埋め尽くされていた。
「あ」
誰か戦っている姿があった。逃げきた魔物達に、新手の魔物。そして、その戦っている人に槍が突き立てられた。血を吐いても彼は剣をもって、その魔物達を斬りつける。
「させない!」
私は駈けた。魔物達に攻撃を受けて、地面へ倒れた人がいた。そこに迫る刃を私は受け止める。重くて受けきれなかった。剣が弾かれて刃が肩口から切り裂かれる。
「うぅ」
魔物の顔が、オークの顔が映る。気持ちが高っているのか、全然怖くなかった。
「らぁ」
反対の手で風の魔法をぶつけてやった。なけなしの、魔法ではあるがオークの胴体を貫いて吹き飛ばす。
「無事ですか」
兵士達も続いてくれて魔物達を押し返していく。相手の数も思ったより減っていてこの場は勝てそうであった。
「聞こえないのですか?」
寝てしまった、彼に私は声をかけた。もう意識がないのかもしれない。でも、私は彼に声を駈ける事はやめなかった。
「残念です」
肩口から胸部にかけて、流れる血。気道にはいった血を吐き出そうと吐血する。傷が深すぎたのだ。
「ねぇ、おきてください」
揺する。回復魔法も使えるような余力のある人間はもうこの場にはいない。傷を癒すよりも敵を倒す事を優先させるべきだった。彼に、聞きたい事があった。伝えたい事もあった。
「なかなかうまくいかないものですね」
声が、出なくなっていく。意識がだんだんとはっきりとしなくなってくる。彼の傍に寝転んで、手を取った。彼の身体がまだ熱い。だけど、彼もこのままでは死んでいくのがわかった。
「くやしいですね」
「諦めるのは早いよ、ミリア」
声がかけられた方に眼を向ける。
「団長」
「傷、直すね」
彼女の魔力に包まれた感覚。
「後は、任せてよ」
彼女が遠のいていった。
「私も、戦えます」
傷がいえて、立ち上がる事はできた。剣を支えにして彼女の傍に立つ。団長が戦うので、傍に控える騎士がいないといけない。
「もう援軍も来ているから、休んでてて」
「私は、貴方の騎士団の一人、お供します」
「そう、そうだね。お願い」
「ええ」
残った彼に団長は、傷を癒してからここにいた兵士にお願いする。一度彼の様子を見た後、私は彼女についていった。
彼女が放つ魔法に、ほとんどの魔物は近づく事も出来ずに死んでいく。威力も落ちない事から彼女がどれだけ、魔力を膨大に有しているかわかる。それだけの力を残している彼女が、あまりにも強大で恐ろしく、それだけ安心感があった。
「ねぇ、ルゥを見なかった?」
「団長の傍にいなかったのですか?」
「ずっと、前線を支えているはずなんだ」
リーン団長に不安の表情が浮かぶ。
「大丈夫ですよ。そう簡単に死ぬ訳が」
「彼、マックが倒れたのに?」
「それは」
団長に余裕がないのか足取りが早い。怪我をしている私では少し辛い。
「どこにいたのですか?」
「門、だよ。門にいるもん。上からずっと見ていた。でも、感じられなくなったの。どこにいるかわからないの」
城内には戻っているのではと聞けなかった。戻っていたのなら、リーンの性格を知っているルゥならば必ず一度は戻っているだろう。それが出来ない状況ということは限られた。
「ルゥ、嫌だよ。私」
リーンが駆け足になりそうになるが、私が手を掴み止めた。
「離して」
「駄目です。まだ残存している魔物がいるんです。不意を打たれたらどうするんですか」
私は、周囲を探れる程の魔力を残していない。せいぜい、団長の盾になればいいくらいで、今の団長が対応出来るとも思えない。
「大丈夫だもん。それより、ルゥが呼んでいるんだ」
「ですから、貴女が傷ついたら、彼が」
「そんなの治せば良い。私は傷を癒せる」
「いい加減にしてください!」
私は彼女の頬を叩いた。
「今貴女が傷いたら、守る者はいないんですよ。今の私では、魔物から守りきれない。貴女が生きないといけない。でなければ、命をかけて戦った仲間も悲しむ」
「うぅ」
「お願いです。無理をされないでください」
私は泣き崩れた彼女の手を引いて門へと足を進めた。
「リーン様」
迎えられたのは、援軍に来ただろう騎士団だった。遅いと罵りたくなるが、彼が来たおかげで助かったのだろう。文句をいうのは正しくはない。彼らは何度かの戦闘を行ったのか、血で鎧が汚れていた。駆け寄って来た、騎士団長の女性にリーン団長は詰め寄った。
「ルゥを、見なかったか!?」
団長が、声を荒げて彼らに尋ねる。彼らは首を盾にふった。
「どこで、どこに!」
彼女は泣き叫ぶ。彼女に掴まれて揺さぶられた騎士団長は、激しく揺さぶられて声もでないようだった。
「ここだ」
「ルゥ!」
男に抱えられたルゥさんがいた。片腕をなくして生気を感じさせない。
「生きていますよ。リーン、ミリアさん」
飛びついた団長についていた私に、彼、ルゥさんは眼を開けて応えた。
「るぅ。よかった、本当によかった」
「よくぞ、ご無事で」
「途中から逃げいただけです。追いかけまわされて逃げれませんでした。腕を失ったのは予定外ですけど」
彼は、いつも通りの捉えようとのない表情を見せてから笑みをつくった。
「るぅ。るぅ」
彼に抱きついて泣く、団長を彼は撫でた。
「生きて帰って来たでしょう」
「遅い!待ってたのに、戻って来たの人たちの中に、おまえがいなくて」
「これでも、必死に遅延戦闘繰り返していたんですよ。可能な限り戦ってました」
「わかってる!だけど、もっと早く無事に帰って来いと言っているの!」
ぎゃぁぎゃぁと彼の残った手を掴んで、吠える団長に私は彼女の肩を叩く。
「彼の治療あります。ひとまず、城内にもどませんか?」
「そう、そうだね。ルゥ、戻ったら覚えておいて」
城へ戻る際に、ついて来た騎士団の雰囲気が変わる。どこかしらもボロボロになり、人、兵士達と魔物死骸転がっている。城壁や城門付近でもあっただろうに、緊張した面持ちはやはり実戦経験が薄いのだろう。とはいえ、これほどの多くの仲間を失ったのは私も初めてだ。
「あの、マックさんは無事なのですか?」
「マック?ああ、彼は」
リーン様が騎士に質問されて、私に顔を向ける。
「無事ですよ。今は、城内で治療でもされているのではないでしょうか?」
その応えに、騎士は安心したのかほっとした表情を見せた。
城に戻り責任者であるリーン団長と援軍に来た三騎士団の団長達、それに街の領主が会談に望んでいる頃。私は、ある病室の一室を捜していた。
「いました」
「ん?」
その一室の当人も起きていたらしく、こちらに顔を向ける。
「元気そうでなりよりです」
「丈夫ではあるから」
彼は一度、私に視線を向けたあと、天井をぼけーと眺めていた。何をかんがえているかわからない彼の傍に私は腰掛ける。
「私は、騎士を止めようと思います」
「そう、これからどうするの?」
動揺もなにも見せないで、彼は聞き返してくる。それに少し面白みがないなと思いながら、私は彼の問いに応えた。
「貴族と言っても三女でありますし、もどっても居場所もありません」
「ん」
ベットのシーツを握る。今から言う事は、私にとって転機でもある。まだ騎士団をやるだろうリーン団長達には裏切りになる行為かもしれない。
「旅に出ようと思うんです」
「そっか」
彼は私の言葉に頷いた。
「気をつけてな」
「ええ、貴方こそ、死なないでくださいよ」
「そう簡単に死なないよ」
「嘘、もう少しで死ぬ所だったくせに」
私の言葉に彼は、口を閉ざした。言い返せる理由はなかったらしい。
「全く、ほんとに無茶をしているものです」
「それは、そうだ」
仲間が失った。それを引きずってない自分。それを怖いと思う自分。その全部を受け入れるために私は、旅にでる。きっと、その悩みを忘れさせる程に世界にはいろんなものがあるはずだ。
「何か、旅に出てわかればいいのですが」
「何もわからなかったら、聞きにくればいい。一つの答えくらいあげれる」
「いいえ、自分で捜しますよ」
くすくすと私は笑った。失った者が多すぎた。でも泣いてばかりでもいられない。
「ああ、そうです。街を立つ前にここで戦った人たちと宴会を行うみたいです。それに参加してくれますか?」
「もちろん」
「それはよかった」
私はそれだけですといって席を立つ。私自身も身体は鉛のように重く、休んでいるべき人間にはいるだろう。
「宴会の時間まで、たっぷりあります。しっかりと休んでいてくださいね」
「そっちこそだ」
二人、にやりと笑みを浮かべる。次ぎ合うときは、祝宴の場だ。この街を守った英雄達が集まり、亡くなった英雄達を追悼するための宴会の時だった。




