培われた感情の話
マックは、ベオ爺から与えられた仕事。
騎士団の仕事。
多忙を極めるような、情報量が彼の元に舞い込んでくる。
眠たそうに何度か眼をこすりながらも静かに書類と見た。
今、彼の役割は多い。
タリアの負傷。
隊長の精神が揺らぎと騎士団の内部の不和。
特に団長と元隊長格との睨み合いようの状況がたたあった。
よって、細かい指示から大まかな方針まで調整をいマックが代わりにやる必要があった。
アグリアもタリアが負傷して以来、元気がいつもよりない。
「あの」
「ああ、うんそこに置いておいて」
各自の訓練を見ている余裕もなく報告書だけが積上っていく。
「大丈夫ですか?」
「別に、普通」
報告書を置いた、アグリアが書類に埋もれているマックを見て心配そうに声をかける。
どれもこれも、本来なら彼の隊長と騎士団長と副団長が処理しないといけない案件。
「アグリアのほうこそ大丈夫?」
「私は、別に」
「タリアの事」
歪に積み上げられた書類を整理する手が止まった。
「本当の事を言えば、驚いていて、今も嘘じゃないのかって」
「ん、確かに」
アグリアの言葉に、マックは小さく頷いた。
その事に関して言えば、戦った事もあるマックだからこそわかる。
「ベットで、包帯を巻いたタリアを見て。私は、震えました。悲しかったしつらい、胸が鷲掴みされたような」
彼女にとって初めての身内の負傷だった。
彼女が幼い時から関係だけに、その経験も強い傷となった。
「騎士をやるなら、もっとたくさん味わうかもしれないよ」
マックは、それに追い打ちをかけることになっても言う。
タリアは、まだ生き残ってからいい。
今度は、彼女が親しくしている小隊の面々のだれかが死ぬかもしれない。
「わかってます。私が目指した場所がそういった所だったのなんて」
覚悟はしていた。
でも、実際には出来ていなかった。
「私は、大切な仲間が」
「死ぬのは見たくない」
マックも感じていた感覚。
慣れてしまった人間と、慣れていない人間。
合理的と理想的。
二つの間にあった狭間。
死地から生き残る事を重視する兵士と誇りと栄誉を求める騎士。
教えられた物が違いすぎる。
ただ戦場に求まられるの生き残る事。
そして、生きるために何をすればいいか。
これを言う事はマックには出来なかった。
戦場にでない事が一番いいんだ。
ということを。
「えと、強くなれば大丈夫。アグリアなら才能があるよ」
「皆を守れるんですか。だれも傷つけずにすむのですか?」
アグリアの質問、マックは口を閉じた。
何も言い返せなかった。
「教えてください。私は」
どうしたらいいのですか。
その言葉は、彼女から漏れる事はなかった。
今、揺らいでいるのはアグリアだけではない。
誰かを失う可能性を感じ始めているのは、騎士団全員だ。
ただひたむきに強さを求めていけばいい。
その先にあるのは、強者と弱者。
生者と死者。
「アグリア」
「はい」
「怖い?」
「それは」
言葉が濁る。
「俺も怖かった。ずっとずっと。でも、諦めたんだ。どうしようもない、仕方ないんだって」
「でもっ!」
「うん、アグリアが認められてないなら、つければいい。そのすべてを守るための力を」
アグリアは、否定しなかった。
マックは無茶を言っているのがわかっていた。
「それで、やってみればいい。駄目でも誰も否定なんてさせないから」
「はい、そうですよね。くよくよしても仕方ないですね」
マックは、サムズアップをした。
信念も思いも、マックは彼女に預けた。
支えてやればいい。
それだけの言葉を吐いた。
「じゃ、行った行った。部隊の皆が待ってるよ」
今は昼休み前。
食事の時間も削りさせてしまう訳にはいかない。
そう思ってかけた言葉に、アグリアは不満そうな顔をする。
「あの」
「ん?」
「な、なんでもないです」
去ろうとしたアグリアに、マックは手を伸ばす。
首元に手がかかり、ぐいっと引っ張られた。
「ひゃ」
マックとなりにいたアグリアは、そのまま座っている椅子へと重なる。
「良い匂い」
「あぅう」
彼女は、寂しいと思いがふっとびお茶を沸かせそうな程頭に熱がこもる。
求めていたとはいえ、それは別だった。
「アグリア成分補充中」
「あの、あの」
マックは、うなじに顔をよせてすーと息を吸い込む。
彼にとっても、ここの所書類に追われていたのでそのストレスを忘れるよう理由もあったかもしれないが、行為そのものはド変態にちかい。
自身の匂いをかがれているアグリアが、拘束から逃れないことをいい事により行為が加速する。
伸ばした舌が、アグリアの肌に触れる。
「あっ、んんぅ」
アグリアが吐息が漏れる。
水気とざらざらとした感触に、ぴりぴり脳を刺激をする。
訓練した後の汗の匂いを嗅がれて嘗められる。
羞恥心とあたえられた刺激に、艶のある声が漏れる。
が、何度も執拗に動くびりびりと刺激するそれをアグリアはなんとか手でつかんだ。
「ぅい」
舌をつかまれて、マックは彼女を見た。
怒りの形相。
それも、日々の嗜虐的な思いを募らせるものではない。
真剣に切れている。
どう謝ろう。
マックは、捕まえられた舌のせいで吊りそうなあごを気にしながら。
引き際を誤ったと自戒していた。
タリアとアグリアが、じゃれ合っている頃。
隊長は、タリアの元にいた。
「どうだ、元気そうか」
「なにを、元気に決まっているじゃないですか」
「ベットから起き上がる事もできないのか」
タリアの笑顔と厳しい表情のジオ。
「私は、後悔はしていないです」
「俺が、しているんだ。馬鹿」
どうして、タリアだけの部隊で洞窟に向かわせてしまったのか。
自分が待機させていた部隊もつれていけば、彼女が傷を負わなかったのではないか。
涙によってくしゃくしゃになったジオの顔。
それにタリアは手を伸ばした。
「泣かないでください」
「泣いてない。泣いてないからな」
「どうして、怒ったんです」
「怒ってなんか」
「マックから聞きましたよ」
「あの馬鹿」
ジオの頭が、抱きしめられる。
ぽすんと音。
ぎゅうーときつく抱きしめられて、タリアは苦しそうな顔を浮かべた。
「もう」
「大丈夫で、私はどこにもいきません。貴方一人を置いていきませんから」
「本当にか、俺の同期、皆いなくなった」
「はい、ですから安心してください」
残された隊長の一人ジオ。
彼の所に残された部下はマックだけだった。
他の上司も同僚も皆いなくなってしまった。
その時の事を思い出した。
「ほんとう、これじゃ戦場に出れませんね」
「うるさい」
やさしく背をなでるタリアに、ジオはくぐもった声でかえす。
ジオはわかっていた。
なぜ彼がここに残されているのか。
優秀な人材を余らせておく理由なんて、たった一つしかない。
使えなくなった。
限界という言葉。
それも全て、結局は自分にもあったもの。
「ちくしょう」
「私は、嬉しかったですよ。これだけ心配してくれたのですから」
「マックは、克服していっているのに」
「彼が、変わったのアグリア様のおかげでしょうね」
「ああ、そうだな」
仲間に対して強すぎる思いは身を滅ぼす。
だからといって、共に時間を過ごした人間の事は忘れることはできない。
「俺は、兵士になれなかった」
「いいえ、貴方は兵士の枠組みに収まらなかったのですよ。それに、ええ。恋をすれば人が変わると言いますよ」
「あはは、なら俺には無理だよなぁ」
ジオは、自身の身勝手さを知っている。
数多くの女性と関係をもってきた。
自身の性欲を吐き出しそこには愛情もなかった。
ただ戦場で得た感情を吐き出すための行為。
「私じゃ、駄目でしょうか?」
「は? お前と?」
「ええ」
少しだけでもわかる。
いつもより顔を赤らめて恥ずかしそうな表情。
「いや、でも」
「抱いてくれたでしょう。嫌いな訳でもないのでしょう」
「それは、そう」
「なら、責任をとってください」
勝ちほかったような表情で彼女は宣言した。
自分の負けることがないような、安らかな笑顔。
それに、ジオは。
言葉もなく静かに唇を重ねた。




