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月夜の話

ガルベスから逃げるようにして、ベオ爺の部屋を退出した。

彼はまだベオ爺と離す事があり残ったが、しつこく勧誘してきた。


「だれがいくか」


今いる場所。

それを放り投げる訳にはいかない。


アグリアと出会わなければタリアが怪我をしてなければ。

この部隊を離れる可能性もなくはなかった。


「隊長も不安定」


リーンという少女のおかげで士気は持ち直しはしたがぼろぼろだった。

アグリアとタリアの様子を見に行こうと、足を運んでいると見知った人影見え城の外の木に腰を下ろした。


「副団長?」


初実戦を得た部隊の人間は、全員強制的に休むように指示されていた。

なのに、部屋からでて何をしているのか。


「よぉ」

「ガルベス」


後ろから声をかけられて振り向くと、先ほどの男がいた。

今はもう何をかんがえているかわからない。


「何を見てんだ」


窓から身を乗り出していた俺を、彼が隣に立ってその所に視線をやった。

ほんのかすかに、彼女の方から押し殺した泣き声が聞こえてくる。


「あー、何ないてんだ?」

「任務で失態をした」

「それだけでかよ」


ガルベスは、苦虫を潰したような顔をする。

この男は表情を表に出す。


怒りも喜びも嘲笑も。

ありとあるゆる感情の全てを表に出す人だった。


彼が微笑んでいるところ見たのはいつだっただろうか。


「むかつくんだよ。なぁ」

「ちょっと」


窓から飛び降りようとするところ、寸前で止める。

より怒りが増したような、視線が向けられるが何をするかわからない彼を理由を知らずにいかせる訳にもいかない。


「なんだ?」

「そっちこそ、何しにいくの?」

「っち」


舌打ちをしてから、彼の拳が目の前に飛んでくる。

反射的に手を離した。


「俺の勝手だ。馬鹿が」


俺を罵倒する声。

その一瞬、昔みたい笑っている顔に見えた。














「おい」

「っつ


木に頭を据えていたファリナはすぐさま振り返った。

泣きはらして、赤みを帯びた顔を隠さずに話し掛けてきた人間に眼を向けた。


「あなたは?」

「何故、泣いている?」


男は、ファリナの言葉を無視をして問いかけてくる。

彼女は、今身を襲っていた感情が苛立ちに変わるのを感じながら相手の観察する。


身なりも兵士のそれで、要するに平民。

だが、まがりなりにも強くなった彼女は、相手が自分よりも強いのを感じた。


まただ。


黒くひどく醜く歪んだ感情。

自負したプライドが折られ、騎士としての誇りが揺らいだ今。


彼女にとって平民は守るものだったのに。


「おい」

「うるさい」

「はぁ?」


男の声が気に食わなかった。


例え、実力が自分より格上だったとしても。

彼女にとって、平民は守るべきものだ。


絶対に、引くもんかと彼女はじっと睨むようにして男をみた。


逆に男は、その様子に若干の戸惑いを見せていた。

話し掛けたものはいいものの、名もない人間から明確な敵意を向けられていたから。


これが戦場であったならば容赦なく殺していた。

とりあえず、どうしよう。


これが男の思考だった。


励ますとかそういったつもりでここにきた訳ではない。

かといって、喧嘩を売りにきたわけでもない。


ただあの場で何が起こったか。

報告書でおおまかな内容はしっていた。

あとは現場の人間からの情報も得ようと行動しただけだ。


「貴方なんて知らない。どこかに行ってください」


けれどその当人は全くもって聞く耳がもたないし剣を突きつけられる。


「俺はベオルフ将軍の人間だ。少し話が聞きたいだけだ」


向けられた剣先に男は両手を挙げた。

しかし、彼女は一向に剣をおさめる気配がない。

それどころか、より警戒心が増した。


「用があるなら、日を改めてください」

「わかった。確かに仕事って時間でもないな。じゃぁ、私用だが、何故泣いているんだ?」

「そんなの、貴方には関係ない!」


彼女の黒い感情が、さらに増した。

剣を突きつけられてなお冷静な男。

それだけじゃなく、こちらの心配をしてくる。


「なんだ。本当に、ただの子供か」

「うるさい」


男がもらした、言葉にファリナは向けた剣を伸ばした。

本来なら守る人間である平民。


だが自分より強者。

当たる訳もない。


「え?」


呆然とした声。

空振りにしては、なにか刺さった重い感触。


「いい一撃だな」

「どうして」


あわあわと彼女の口が震える。

剣から滴り落ちる血に、まだ彼女の頭はついていけてない。


腹へと突き刺さった剣。


「離すな!」


とっさに柄を手放しそうになったファリナに男は吠えた。

ぎゅっとファリナは本能的に握り直す。


「よし、引き抜け」

「う、抜けない、なんで」

「呼吸だ、おもいっきり吸い込め」


男の言う通り、ファリナは深呼吸した。


「抜け」

「っつ」


深く刺さった剣が引き抜かれる。

ぺたんと地面に尻を打ち付けた、ファリナを見ながら男は刺さった場所を止血する。


「これでよし」


痛みによる苦痛も見せずには、虫に噛まれたかのような軽い表情。

剣を刺した事。

言うべきことはたくさんあるはずなのに。


ファリナは立ち上がれなかった。

ぽろぽろと大粒の涙が頬を伝って落ちる。


それをした意識した瞬間、さらに欠壊していく。


「ふぇ」


止まりない。

止めようと思っても。


崩れてしまったものは治らない。

うずくまりようにして、彼女は泣く。


声も押し殺せない。

赤ん坊のよう声が出そうになったところでそこにぽんと誰かの手のひらが置かれた。


「泣くなよ」

「だって、わたし」

「これくらいで死なねぇよ」


違う。

とファリナ首を振る。


「あ、心配してくれねぇの?」


これもまた違うと彼女は首をふる。


「そ、じゃぁ、訓練での怪我ってことで」


何の訓練よ。

いつもならそういう風に返したファリナだが、そんな余裕もない。


「あ」


離れていく手に、ファリナが手を伸ばした。

止まる手に、ファリナの手が重なる。


触れてからファリナははっと、表情を変えて男を見る。

男は、まじまじとつながった手を見ているだけ。


顔を赤くしながら彼女は手を話す。


「何が聞きたいんですか」


顔を地面に向けたままファリナ言った言葉に男は返事をしない。

返答が変えてこない事に、男に視線を向けたファリナに男は静かな口調で言った。


「月がきれいなだぁ」


のびた木々の枝の間から見える満月。

太陽のように見る者の眼を焼くような光ではない。


「ええ、ほんとうに」


ファリナはその姿を見る男の姿にただ眼を奪われた。

月の光りによって、鮮明に彼の顔がファリナに映る。


傷だらけだった。


彼女が出会った将軍の兵士。

他の二人も大なり小なり傷を持っていたが、この男のものは見るべき人間によっては眼をそらす程の。


ただファリナに取ってはそれすらも、惹きつける要因の一部ですらあった。


「なぁ、そう思うだろ」


ファリナの声が聞こえてなかったのか、男は同意を求めるように彼女を見た。


「っえ、ええ。そうね」


我にかえったファリナは、熱くなった頬を抑えながら頷いた。

月を背景にした、貴方に見とれていた。


そんな言葉は口から出るわけもなかった。

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