帰還の話
「そこから、ルゥはお父様に打ち勝ったんだ」
うきうきとのろけ話を語るリーンに頭を抱えるルゥ。
気を引き締めて進んでいるが、流石に公爵家であり常識を掟を覆した話に騎士団の全員が耳を澄まして聞いていた。
あの失敗の後。
誰も気落ちして、暗い雰囲気になっていた時。
リーンが、おずおずと話をし始めた。
「皆、失敗なんか気にしちゃ駄目だ。ねっ、ルゥ!」
「ああ、そうだな」
今まで赤の他人。
出会って間もない人間に一生懸命に励まそうとする彼女に、周囲の人間は明るい色が帰ってくる。
いいことだが、他の人間の被害もあるけれど。
顔を真っ赤にして、自らの表情を隠そうと俯いたルゥの気持ちはよくわかる。
一人の少女のために、自身の投げ出した馬鹿の話。
こうして円満に終わったとはいえ、被害は出ただろうし、どうのようにして決着をつけたのかが気になった。
がこれ以上は聞けないだろう。
明らかに精神的ダメージを追っているルゥだが、彼女はそれに気づく事はない。
周囲の和ますような勝ち気微笑みを浮かべて周囲を励ます。
彼の表情に気づいてやれよ。
と思わなくない。
彼女に悪気はないからルゥは黙ったままだし、現に彼女の話した言葉が今の騎士団に随分と聞いているのがわかるから止めようもない。
「これもカリスマなのかな」
俺や隊長が持たない。
人へ活気を与える力。
「ただ、それ以上に」
平民が公爵令嬢と結ばれる。
そんなあり得ない事をなした、彼らが少しばかり羨ましい。
下手をすれば死んでいた。
造反ととらえられれば、二人してこの場にいなかったかもしれない。
だけど二人は現状に生き残ったのは確かだ。
向かい合ったし、諦めなかった成果でもある。
その強さを自分や残った仲間達は持っているのだろうか。
「隊長、たぶん。今、俺たちがだれよりも前に進めていないと思う」
今この場にいない。
自分の上司に対して、小さく愚痴を漏らした。
城に帰ってから、俺は今度の日程を隊長と組んでいるとベオ爺から呼び出しを受けた。
「なんですか?」
「タリアが、傷を負ったそうだな」
「はい、当分動くの無理です」
呼び出されたベオ爺の執務室で、ベオ爺は無表情だった。
誰にもぶつけられない苛立ちを隠すかのように感じた。
「姫様はどうした?」
「タリアのところです。今は二人きりさせておくべきだと」
「そうか」
「おっ、なんだマックじゃん」
「ガルベス」
くすんだ赤色の髪の男。
顔一面に傷を作り、消えないやけど右頬にある。
剣が抜かれて、息をするように切り掛かられ、とっさに首をひねり躱す。
頭をかすめるように放たれた剣戟は空を切った。
「ひひ、元気そうだな」
「ええ、元気です」
「死にたいなら、何時でも言ってこいよ。いつでも殺してやる」
「今の所はお世話になるつもりはありません」
「ガルベス、じゃれてないでさっさと用件を話さんか」
爺が、ふざけてないでさっさと用件を話せとせかす。
ガルベスは、入ってからずっと浮かべている薄暗い笑顔を崩さないまま頭を下げた。
「ひひ、すんません将軍。どうやら今回の件。裏で動いていたごみがいたようで」
「それで」
「臭い奴は全員殺しておきました」
彼の言葉に、俺も将軍も息が詰まった。
彼の言葉が冗談というには彼は壊れていたから。
「冗談です」
俺は彼の頬に向かって全力で拳を打ち込む。
うぉっととと、慌てるように躱しながら蹴りを放ってきて逆の手で押さえた。
「ガルベス。いい加減にしろ」
「へい、まぁ目星が多すぎる程度の情報しかありません」
「つまり、駄目か」
「ええ、木を隠すなら森と言った状況で、これじゃ貴族過半数を殺す事になりそうで」
楽しそうに愉悦をこぼしながら彼は嗤う。
それもまた一興だと彼の口から聞こえた。
「あ、そうだ。将軍、他に人員の当てありますか?」
「なんだ、急に」
「いやー、王都の影どもなかなかうざくて手が足りないんすよ」
「ああなら、増員」
「いや、そこの」
ガルベスは、俺を指差した。
「人間じゃねぇ奴が欲しいすよ。全てを殺せるような化け物が」
「情報収集だろうが、ガルベス」
爺が、ガルベスを睨みつけると彼はふるふると首を横に振った。
「これ以上の情報を求めるなら、よりたくさんの血を流す必要があります」
ぎらぎらと滾るような眼。
未だに戦場に要るのだと錯覚するような感覚に陥る。
「ほら、そこの隊長殿もくれたら。将軍の敵を全て」
「駄目だ」
「なぜだ? 全員いれば、全てを壊せる自身があるぞ」
ガルベスは俺を見た。
生き残った連中。
生粋の戦闘狂い。
全員が集まれば何もかも破壊できる。
壊し、潰し、斬って、食べた。
血肉に染まり、生き血をすすって戦い抜いた。
「っつ」
頭を抑えた。
思い出したくなかった。
「おいおい、マックちゃんよ。逃げんなぁよ」
「誰が逃げるか」
「ひひゃ、それなら上乗だ。おまえもまた血に染まりたいだろう?なぁ?」
「ガルベス」
「将軍には、わかんねぇよなぁ。生きたままの肉を食らいながら戦った事をなぁ」
同意を求めてくるガルベスの視線に声に何も返す事が出来ない。
「生きるために肉を食らった。あの感触がまだ忘れられねぇ」
彼から視線が離せなかった。
アグリアに出会うまで王都で狂ったように訓練していた頃の自分を思い出すようだった。




